ACT.12 呪縛館の傀儡子(Ⅶ)


▽▲▽


 リオナたちの悲鳴が屋敷に轟くと当時に、カイトとレナはハイタッチを交わした。

「やったね、カイト!」

「あぁ、上手くいったな」

 事は全部、カイトの立てた作戦の通りに進んだ。

 まずは、相手も認識しているようなわかりやすい弱点を突いて、冷静さを失わせる。

 次にわざと混戦状態になって、こちらの意図に気づかれずに立ち位置を誘導する。

 最後に、わかりやすい挑発で勢いのついた攻撃を出させる。

 これらのことがレナのおかげでスムーズに出来たことが、勝因だった。

 ――もっとも、これら小細工抜きだった場合はだいぶ厳しい戦いになっただろう。

 そして、カイトの戦いが小細工頼りになってしまう一因は――

「――なんで俺、まだ奥義発現しないんだろうな」

 そう、カイトはいまだに奥義が発現していないのである。

 奥義は言わずもがな、プレイヤーにとって唯一無二の異能。

 多くのプレイヤーは、この奥義を軸に戦法や職業ビルドを構築する。

 そういう意味では、まだカイトはスタートラインにすら立っていないともいえた。

「言っちゃなんだが、さっきのリオナたちの奥義はかなり強力だったし、職業にも完全にマッチしていた。今後ああいう奴らを相手取るんなら、奥義はやっぱ必須だ」

 そう言って思い悩むカイトとは裏腹に、レナはだいぶ楽観的だ。

「あんまり考えすぎない方がいいんじゃない? 奥義なんてそのうちコロッと覚えるから」

 そんなことをケラケラ笑いながら言うレナに、カイトはジト目を向ける。

「そもそもな話、奥義って戦闘経験から最適なモノが発現するんだから、カイトのは決まっているじゃん?」

「ほう、どんなのだ?」

「――私に、殺されなくなる! ドヤ!!」

 カイトは無駄にドヤったその顔に、無言で手をかけ両頬をつねる。

「そりゃあ、確かに有用だな! 今んとこお前にしか殺されていないようなものだからなぁああああ!!」

 現状、カイトの死因はだいたいレナがらみである。

「いひゃい、いひゃい!」

 そんなピンポイントすぎる効果の奥義なんて、たまったもんじゃない。

 そんなことをカイトが考えたその時。

 ドン、と大きく屋敷が揺れた。

「え、ちょ、これは?」

「――地下からだ」

 カイトは瞬時にこの震源が地下――ボス部屋だと感づいた。

 そして、自分たちがリオナたちに時間をかけすぎてしまったことに気づく。

「まさか、拙僧さん私たちが倒されたと思って、先にボス戦に行っちゃった?」

「かもしれない! 急いで向かうぞ!」

「うん!」

 このクエストは、初心者むけだが難易度は高め。

 ゆえにボスもそれ相応に強力なはずだ。

 コンビやパーティーでの攻略ならまだしも、ソロ攻略はかなり厳しいだろう。

 そう思ったカイトたちは、急いで地下に向かった。


▽▲▽


 地下のボス部屋に到着した瞬間、カイトの真横にナニカ巨大なものがすごいスピードで通過した。

「なっ!」

 通過し、壁に衝突したのは紛れもない――満身創痍のクロスであった。

「せ、拙僧さん!?」

 慌ててレナが駆け寄る。

「せ、拙僧の名前は拙僧ではなくクロスと――れ、レナ殿、カイト殿!ご無事で!」

「いや、無事じゃないのはアンタだろ!?」

 クロスの装備は既にボロボロ、HPは一割を切ろうとしていた。

 そして、カイトが視線をクロスが飛んできた方へ向けると、そこには巨大な絡繰が鎮座していた。

 その姿は、無数の人形たちが融合したかのようなおぞましいものであった。

「面目ない、拙僧では力不足だったようで」

「いいから休め!あとは俺たちに――」

 カイトがそう言って構えを改めたその瞬間――

『KIKIKIKIKIIIII――』

 その絡繰が異音と共に凄まじいスピードで、その腕を一気にカイトに向けて伸ばした。

 伸びた腕は寸分の狂いもなくカイトの鳩尾をえぐる。

「――ごぶっ」

「カイト!?」

 そして絡繰は、その伸ばした腕をそのまま鞭のようにしならせ、レナを薙ぎ払った。

「うっ!」

 その攻撃でカイトは早くも悟る。

 ――今の俺たちじゃ、正攻法でコイツは倒せない。

 紛れもない危機に、カイトは必死に策をめぐらせる。

 今の手札で何ができるか、レナとクロスはあとどれくらい耐えられるのか、敵の攻撃パターンは――そしていくら考えても答えは出ない。

 情報が少なすぎるのだ。

 そうこうしているうちに、偶々吹っ飛ばされた場所が絡繰に一番近い場所だったレナに、ヤツの攻撃が集中する。

「レナぁああ!」

 レナは声を出す暇さえない攻撃の嵐を必死で耐える――が、HPは見る間に減少していく。

 そしてその姿は、カイトの中から冷静さを奪うのに十分だった。

「畜生、化け物が! こっちを見やがれぇぇえええええ!!」

 そう言ったカイトが、彼らしくもない特攻を仕掛けようと走り出したその時――


 ――彼の真後ろから、一本の閃光が走り、絡繰を一瞬で両断した。


「――な!?」

閃光の正体は、巨大な――幅が1m近くあるような巨大な四方手裏剣だった。

 その手裏剣が、投擲物にあるまじき複雑な軌道を描きながら、二度三度と両断した絡繰に襲い掛かり、ソレを瞬く間に木塊に変えていく。

「――なにが」

 そして、その手裏剣は完膚なきまでに絡繰りを粉砕し、元の場所に戻っていく。

 それを目線で追うと、いつの間にか入り口に一人の男が立っていたことに気が付く。

 背中に例の手裏剣と同じものを背負った、黒い長髪の美丈夫だ。

 彼は、戻ってきた手裏剣を受け止めると、カイトたちに声をかけた。


「貴方たち、大丈夫でしたか?」


 そしてその声、その姿を見た瞬間、カイトは確信する。

 目の前にいる、この男こそが――


「――お前が、スズハヤ」


「そうですが、貴方は?」



▽▲▽


 そして、カイトたちは彼に事情を説明した。

 彼の仲間である彼女たちがなにをしていて、勝負を仕掛けたことなどを。

「――それは、大変失礼しました。僕の方からも彼女たちに謝罪するよう言っておきます」

「お、おう。助かる」

 正直、カイトは困惑していた。

 まさか、あの2人の仲間が、こんな話の分かる好青年だったとは。

「彼女たちも悪気があった訳ではなかったと思うので、許してもらえると嬉しいです」

「まぁ、再発防止してくれるなら別にかまわないよな、拙僧さん?」

「左様ですな。あと、拙僧の名前は拙僧ではなくクロスと――」

「ありがとうございます」

「――無視ですか、そうですか」

 何故かうなだれるクロスを後目に、レナが笑顔でこう提案する。

「あ、じゃあみんなでフレンドコード交換しない? ここで会ったのも何かの縁っだし」

「拙僧も賛成ですな!」

 レナの提案に、クロスは即賛成する。

 そこにカイトも賛成しようと声を出そうとした瞬間――



「あ、僕は遠慮します。弱い人と慣れ合う気はないので」



 ――その場が一瞬で凍り付いた。

「僕は近い将来、この世界の頂点を取ります。だから、この程度のクエストを失敗するような穂とたちとかかわっている暇はないんです」

 そう言って彼は踵を返して、この場を立ち去ろうとする。


「待て」


 ここで彼を呼び止める声が、木霊した。

 ――カイトだ。

「俺たちみたいな凡人っていうのは、失敗を繰り返して強くなるんだよ」

「僕は凡人には興味ありませんよ」

「――お前、確かまだ新人だったよな?じゃ、ジライヤ主催の大会には出るよな?」

「それが何か?」

 カイトは、この世界に来てから、レナと共に数多の失敗を経験した。

 些細なものから洒落にならないものまで。

 でも、それは今の自分を形作る大きな要因になっていると思っている。

 だからこそ、今カイトはかつてないほどに静かにキレていた。

 たった一回の失敗ですべてを判断し、切り捨てるようなスズハヤの物言いに。

 ――そして何より、そんな失敗を笑い合ったレナとの日々が、否定されたような気がして。



「――なら単純だ、そこでお前をぶっ倒して、凡人の牙ってのを思い知らせてやる!!」



 カイトは彼らしくもなく、そうスズハヤに宣戦布告した。








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