ACT.5 虎狼の族が住まう世界へ(Ⅴ)


▽▲▽


 “奥義”――それは、この『CO-ROU・THE・CHRONICLE』最大の長所であり、特徴であるといって過言ではないだろう。

 ある程度戦闘経験を積んだシノビが獲得できる、そのシノビのみが使用できる唯一無二のユニークスキル。

 その内容は、既存のスキルの延長線上のモノから、まったく異なる系統のものまで多種多様。形式もパッシブであったり、アクティブであったり、またはその両方の性質を兼ね揃えていたりと千差万別。

 例えば、空中戦が得意な者には飛行能力を。人を欺くことに長けた者には変身能力を。

 ――人ならざる力を求めるものには、妖の腕を。

 シノビ同士の戦いでは、如何にして相手の奥義を突破するか、またはどうやって自分の勝ち筋を押し通すかが重要である。


 ――そして、彼女が得意とするのは、後者の戦法であった。


▽▲▽


 レナの背中から生えた異形の巨爪を見た瞬間、カイトは自分の読みの甘さを後悔した。

 レベル差五倍?経験の差?――そんな甘い話じゃない。

 これは、その程度で覆ることのない絶望だ。

「なるほど、さっき私の一撃に合わせて、自分で後ろに飛んだね?それでまだ原型保って居られるんだ?」

 さらっと恐ろしいことをいうレナであるが、彼女の言っていることは全て事実だ。

 レナの言う通り、カイトが自分の悪寒を信じて、攻撃を中断しバックステップで逃げようとしたタイミングで、爪の背の部分での薙ぎ払いを喰らった為、辛うじて威力が緩和されていた。

 そしてもう一つ、カイトもある事実を確信した。

――あれが一発でも直撃したら、命はないと。


「くそっ!」


 そう言ってカイトは、左側へ全速力で逃げ出す。

 今は壁際、このままここにいるのはまずい。

 幸いにも、さっきの攻撃で吹き飛ばされえたゆえに、レナとの距離は空いている。

 とにかく今は逃げて時間を稼ぐ、そしてその隙に逆転の手段を――そう考えていたカイトだが、その考えすら甘すぎたことを即座に思い知る。


「逃がさないわよ?」


 レナがそう言った瞬間、巨爪を携えた歪なその足が――伸びた。


「なん、だと!?」


 元々2m近い長さのあったソレが、倍――いや、三倍近い長さに一気に伸び、カイトに襲いいかかる。

 ドドドドという轟音を響かせて、カイトの飛びのいた端から床に突き刺さる巨爪。その速度は、カイトよりも速い。


 「くっ!」


 三撃目までを持ち前のセンスでなんとかよけきれていたが、最後の一撃が軽く身体を掠める。

 ――そう、軽く掠めただけだ。だが、それだけでカイトのHPは三割持っていかれた。

 初撃で吹き飛ばされた分のダメージと合わせて、残り二割。


「ふーん、やっぱり避けるのね。正直こんなに頑張るとは思わなかったわ」


 そういって巨爪を床から引き抜くレナ。

 既に満身創痍のカイトとは対照的に、余裕に満ちている。


「はっ、ずいぶん余裕だな。初心者相手にご自慢の攻撃が避けられまくってるっていうのに」


「へー、そう。じゃあ、私も少し本気で行くわ」


 そう言って、レナは腰に装備してあったあるものを取り出す。

 それは、鎖鎌。

 分銅と鎌を長い鎖でつないだ、忍者にとって御馴染みの暗器だ。

 その分銅のついた方を掲げ、独特の構えをとるレナ。

 そしてその鎖鎌全体が、体術発動時と同じ光を帯びる――!


「まずっ!」


 一瞬にして嫌な予感を感じ取り、距離を取ろうとするカイト。

 だが、それより早く、光を宿した分銅側の鎖をレナが投擲する。

 投擲した鎖は、まるで生きた蛇のような奇妙な軌道で飛び、カイトの右腕に巻き付く。


「なんだこれ、くそ!」


「暗器術:銀蛇鎖縛よ。まぁ、体術の派生技みたいなものね。――さぁ、これでこれ以上逃げられないわね!」


 慌てて鎖を外そうとするが、特殊なスキルで絡まった鎖はカイトには到底外せる代物ではなかった。


「更に念を入れて――火遁:阿修羅分身!」


 レナが、鎖を握っていない左手で複雑な印を結ぶ。

 すると次の瞬間、レナの四本の巨爪が、一気に十二本に増殖した。


「――っ!?」


「うち八本は分身、つまり虚像よ?でも、どれが虚像でどれが本物か、君にわかるかしら?――それとも、全部避けてみる?」


 レナがそう言い終えた瞬間、十二本の巨爪全てが一斉に身動きの取れないカイトに振り下ろされた――。


▽▲▽


 全ての巨爪が振り下ろされ、砕かれた床の木片が煙となって視界を一瞬奪う。

 そして、その煙が晴れたとき、カイトは――まだ立っていた。


「――ホント、ビックリした。なんで生きてるの、カイト?」


「はぁ、はぁ、こればっかりは俺もまさかだ。まさに“九死に一生”だ」


 カイトのその言葉に、レナは生存の理由に思い当たる。


「“九死に一生”のスキルが働いたのね」


 超低確率でHP10%でいかなる攻撃も持ちこたえるスキル、“九死に一生”。

 初心者に標準装備されているそのスキルが、奇跡的にカイトを救ったのだ。


「これが文字通りのビギナーズラックってことね」


 ――しかし、カイトの運はこれで尽きた。

 残りHP一割。巨爪の攻撃が掠りでもしたらゲームオーバーである。

 流石のレナも、初心者に対してやりすぎかと感じ始めた。


「そうだ、流石にこれ以上の弱いものイジメは嫌だから、ハンデをあげる。私に一回でも攻撃を当てられたらクリアにしてあげる」


「――おいおい、そんな余裕かましていいのか?」


「全然大丈夫。それに、このくらいのハンデで負ける気はしないから」


 俺も勝てる気はしねぇよ、そのセリフをカイトは飲み込んだ。

 弱音も泣き言も、すべては終わってから吐け――それがカイトの持論だ。


「どうする?降参する?」


ゆえに彼は、この程度のことではくじけない。


「はっ、冗談!これくらいの逆境――」


そして何より、彼は根っからのゲーマーマケズギライだった。


「――燃えるだけだろうがっ!!」


 そう言って彼はレナに向かって突貫した。

 悔しいが、ハンデを付けられたことで、彼の中で勝ち筋は見えた。

 まずはその勝ち筋を押し通す!


「火遁:狐火!」


 カイトはまず、レナの巨爪のリーチぎりぎりまで速攻で近づき、火遁:狐火を打つ。


「そんなもの!」


 レナは一本の巨爪を動かし、それを盾にして防御するのと同時に別な巨爪をカイトに向かって振り下ろす。


「――っ!」


 振り下ろされた巨爪の一撃を、大きく横に飛んでカイトは避ける。


「よしきた!」


 そしてカイトは、床に振り下ろされ、刺さった巨爪に全速力で駆け寄り、その上に飛び乗った。


「――な!?」


 予想外のカイトの行動に、レナは驚き、とっさにその爪を床から勢いよく引き抜く。

 その引き抜いたタイミングで、カイトはその勢いを利用して大きく飛び上がり、レナの背後に転がり込む。


「何を――!?」


 そう言って勢いよく振り返ろうとするレナを、カイトは――。


 ――後ろから、強く抱きしめた。


「――な゛、なななななぁああああああああ!?!?」


 レナの顔が、一瞬でゆでだこのように紅潮する。


「にゃ、にゃにをいきなりゅ――」


 唐突なカイトの行動に、レナは極度の緊張状態――いや、興奮状態に陥り急に呂律が回らなくなる。

 レナからすれば、いろいろと一足飛びなこの状況は、如何に対戦中だとしても簡単に振りほどけるシチュエーションではなかった。

 いや、欲をいうなら――抱きしめられるなら現実で、もうちょっとロマンのあるシチュエーションで、とレナがやや妄想に片足をつっこんだその瞬間。


「レナ」


 レナの耳元で、カイトが名前をささやく。


「ふ、ふぁい?」


「蜘蛛の足ってさ、構造状、背中には足先が絶対に届かないんだぜ?」


「――うん?」


 そしてカイトは、更にレナを強く強く抱きしめるホールド

 ここにきてようやく、レナは現実に戻ってきた。

 ――王手のかかった、この状況に。


「ま、まってカイト!悪かった、全面的に私が悪かったから待っ――!」


「――待ってもクソもあるかぁぁあああああ!!天誅ぅぅぅううううう!!!!」


 カイトはそう叫んで、綺麗なバックドロップを決めた――。


▽▲▽


「――まさか、まさかはじめて一時間の初心者相手に、負けるなんて」


 それからしばらく後のミナト。

 そこには無事にチュートリアルクエストをクリアしたカイトと、激しく落ち込むレナの姿があった。


「まぁ、普通にやってればレナの勝ちなんだからそう気にするなよ」


 そういって一応励ますカイトだが、そんな励ましの言葉が更にレナを追い詰める。


「いや、だってさ。最後のところだって、ほんとは余裕で振りほどけたんだよ?それができなかったのが、悔しくて――」


 実際のところ、そうである。

 レナとカイトでは、レベル五倍差相当のSTRの差がある。

 レナが、本気で振りほどこうとしたなら、いともたやすく振りほどかれてそのまま勝負は決まっていた。

 ――レナがそう、乙女心に振り回されていなければ。

 そんな理由で負けたことが非常に悔しいのは事実なんだが、“なんか役得したな”という下心満点てうれしがってる自分もあって、今のレナの気持ちはすさまじく複雑である。


「だよなぁ、あそこで振りほどかれれば終わりだったから、賭けではあったんだよ。けどまぁ、レナの詰めの甘さに助けられたというか、なんというか」


 しかし、そんな乙女の葛藤なんてつゆほども知らないバカが、ここに一人。


「――――――。」


「いっ、痛っ!ちょ、なんで無言で蹴っ、いたっ!?」


 乙女レナの心、朴念仁カイト知らず。


 かすかな恨みを込めて、レナは無言でカイトを蹴り続けたのであった――。



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