ACT.3 虎狼の族が住まう世界へ(Ⅲ)
▽▲▽
――中立国『影の国』、中央区“ミナト”――
キャラメイクとウォーミングアップを終えたカイトがスタートした場所は、戦乱只中の三国のいずれかではなく、中立の小国である『影の国』であった。
新規プレイヤー――新参のシノビたちはまずここからスタートするらしい。
そこの“ミナト”と呼ばれる中央区にある、小規模な公園がカイトたちの待ち合わせ場所になっていた。
「――ここか。どうにか遅刻しないですんだかな?」
件の公園に、マップを見ながらも迷わず、時間どうりに到着したカイト。
しかし――。
「人、多いなぁ」
その公園は、ゲーム内でも待ち合わせ場所として重宝されているらしく、他のプレイヤーが大勢いた。
「そういや、天神のゲーム内の顔もわかんないし、どう探せばいいんだ?」
まさか一人ひとりに声かける訳にもいかないし――と、考えたところでカイトはあることに気が付く。
「あ、そうか性別は変えられないんだっけか」
この殺伐とした世界観のゲームにただでさえ女性プレイヤーは少ない。現に今公園にいる女性プレイヤーだって二人ほどしかいない。これなら、話しかければ、二分の一で玲奈ではないか。
「そうか、そもそも深く考える必要はなかったな」
そう思って、手始めに一番近くの女性プレイヤーに近づいていくカイト。
しかし、その女性プレイヤーに近づく過程で実は事はより単純だったことにカイトは気づく。
「あんた、天神だろ?」
一番手前の女性プレイヤーに迷うことなくそう問いかけるカイト。――いや、その問いは最早確信であった。
「あ、もしかして君、凧谷君?全然変わってないのね!」
「――いや、お前に言われたくないよ」
それもそのはず。
目の前のその女性プレイヤーは、現実の天神玲奈そのものの姿をしていたのだから。
服装自体は派手に金銀赤をあしらった忍者らしからぬ装いではあったが、顔や髪型は寸分たがわぬほど現実の玲奈そのものであった。
「なんで、リアルと全く同じ顔してんの?」
「いやぁ、正直私の顔っていじるとこないじゃない?ほら、完璧すぎて」
「うわぁ、自分で言ったよ、自分で」
確かに、玲奈の顔自体は黄金比的にバランスが整っている為、変にいじらない方が可愛いのだろう。
だが、それを自分で言っちゃうところに、若干カイトは引いた。
「じゃ、さっそくだけどフレンドコード交換しましょう!えーと、はい!これが私のフレコ」
そう言ってメニューウインドウを開いてあれこれ操作した玲奈は、そのまま小さなウインドウをポップさせ、カイトの前に送る。
その小さなウインドウの中には、免許証のような画面が表記されていて、そこには『プレイヤー名:レナ ランク:中忍ノ五 職業:重拳士 副業:赤忍』と書かれていた。
ウインドウの下に現れた「フレンドコードを交換しますか?」というメッセージの承認ボタンをタップし、カイトが承認する。
するとカイトの手元にも『プレイヤー名:カイト ランク:下忍ノ五 職業:白忍 副業:なし』と書かれたウインドウが現れ、玲奈――レナのもとへ送られる。
「へー、カイトって名前にしたんだ。じゃあこれからカイトって呼ぶね、私のことも天神じゃなくてレナって呼ぶように!」
「わかった、レナ」
カイトに名前を呼ばれたレナは、満面の笑みを浮かべてうなずく。
「うん、これからよろしくね!」
「――で、これからどうすればいいんだ?」
「んー、まずはチュートリアルクエストを私と一緒に受ければいいよ。早速、クエストカウンターに行こう」
そう言って二人は、歩き出した。
カイトは、まだ見ぬ世界への冒険に少しの不安と期待を抱きながら。
レナは、ある企みを胸の内に抱えながら――。
▽▲▽
中央区“ミナト”の更に中央部。
そこには、この世界で最も大きなクエストカウンターがある。
このクエストカウンターから各シノビはクエストを受けて各地に赴くし、カイトをはじめとした新規プレイヤーがこの世界にログインした時に、まず初めに召喚される場所がここであることから、プレイヤー間では通称“エントランス”と呼ばれる場所でもあった。
クエストカウンターで常設クエストの中からチュートリアルクエストを選択しようとしたカイトだが、ここで一つの疑問にぶつかる。
「なぁ、レナ。チュートリアルクエストが二種類あるんだが、どっちを選べばいいんだ?」
そう、ここに表記されているチュートリアルクエストは二つあったのだ。
一つは「シノビの入門」。もう一つは「シノビの教習」。
どちらも受けるべきチュートリアルクエストかもしれないが、どちらを先に受けた方がいいとかの順序もあるだろうとカイトは思い、レナに意見を求める。
「あ、それは教習の方だけで十分だよ。その二つは、仕様が違うだけで、中身は大体同じだから」
「仕様が違う?」
「入門はソロ向けでNPCがレクチャーしてくれて、教習はパーティー向けで私みたいな先達のプレイヤーが教えられるの」
「なるほど」
確かに、先に初めている友人がいるなら、その人に教えられた方がわかりやすいし、新規プレイヤーもやりやすいだろう。
殺伐とした世界観のわりにゲームシステム側は、意外と配慮が行き届いているんだなとカイトは思った。
「それじゃあ、教習の方を受注っと」
チュートリアルクエスト「シノビの教習」を受注したカイトが、レナに向き直る。
「それで、次はどうすればいいんだ?」
「あとは、そこの“ゲート”から外に出れば、自動的に対象エリアに遷移してクエストがスタートになるわ」
レナが指さしたのはエントランスのすぐそばにあるあけ放たれた状態の古めかしい鉄の門だ。これが所謂“ゲート”。クエストを行うエリアと安全圏の区切りなのだろう。
「OK。じゃあ、さっそく行こう」
こうして二人はゲートに向かって歩き出す。
「ところでさ、カイトはどのくらいこのゲームの事前知識ある?」
「いや、まったくないね。だから逐一教えてくれると助かる」
「――そう、わかったわ。ふふふ」
そういって笑うレナをカイトは訝しむ。
「なんか俺、変なこといったか?」
「あ、いやそうじゃなくて、なんかほらいつもと立場が逆で新鮮というか。なんか君に頼られるのがこそばゆくって」
そんなことを言ってほほ笑むレナの姿に、若干謎の居心地の悪さというか――ムズムズする感じがしたカイトは、眼をそらす。
そして内心慌てて話題を変える。
「レナ、昼間の葛城教授の授業だが――」
「うん?」
「――ノートのコピー取っといたから、明日渡す」
カイトは眼をそらしたまま、そう言った。
「え、自業自得っていってなかった?」
「うるさい、今チュートリアルで世話になるんだ。借りは作らない主義なんだよ」
そういうカイトの顔は、少し赤くなっていた。
現実では常時仏頂面で感情が読み取りづらい慎二であるが、ゲーム世界のカイトは違う。
この世界では、円滑にコミュニケーションをとるために、脳が発した感情をわかりやすい形で表情に出す機能が標準設定されている。
フルダイブ熟練者なら、この設定の上でポーカーフェイスをとることも可能だが、初心者なカイトはその方法も――なんなら、そんな設定があるのも知らない。
ゆえにこの世界のカイトは、現実の慎二より少し素直であると言えた。
そんな“うれしい誤算”を見たレナも少し頬を染め、ほほ笑む。
「私、君のそんなところ、好きよ?」
「――!?」
レナのそんな言葉がカイトに届くと同時に二人はゲートをくぐった。
その際のラグにかき消されて、ソレを聞いたカイトの表情が見ることができなかったことを、レナは少し後悔した。
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