◆
(あんたは、そのままでいいんだ)
それが伊綱だ、と嬉し涙をもらったハンカチで拭い、澄玲もピザを食べ始める。ふわふわの生地、熱々の具、口いっぱいに広がるチーズの香ばしさに頬も緩む。
「姉貴」
「え? まだ何かあるの?」と変な期待をしてしまう。
「違う違う。これからの予定はどうなってんのかなって」
「……明日、何時頃帰る予定?」
「姉貴次第だけど、夕方までに家へ戻りたいかな。だから、昼過ぎまで?」
「だったら、これから唐揚げととり天の食べ歩き! それから今日は一泊して、明日はスイーツ巡り!」
「うん、わかった。でも、もう車中泊は嫌だな」
本当に嫌そうな顔をする伊綱。以前、宿代をケチって、車中泊をしたことがある。それがあまりにも寝心地が悪く、疲れがたっぷり残った記憶が澄玲にもある。
「ちゃんと宿は取るし、私がお金を出すから安心しなさい」胸を張り、やはり嬉しさで表情筋がだらしなく緩んでいく。「ハンカチ、大事にするね。にしても、センスいいじゃない」
ハンカチを眺めながらウキウキしていると、伊綱はさらりと言った。
「ああ、彼女が一緒に選んでくれたから」
――え? と身体が強張り、別の涙が出そうになる。まあ、そりゃあ年齢的にいてもおかしくはないし、澄玲の知らない交友関係があったとしてもおかしくはない。そもそも、双子の姉弟、どちらかが誰かと付き合おうとも報告する義務もない。それに、彼女ができるほど他人とのコミュニケーションが取れるようになったということは――澄玲がずっと願っていたことでもある。嬉しくて喜ばしいことで――しかし、この複雑な気持ちは、どうしたものか。
彼女ができた。だったらこの先、こういうふうに二人で出掛けるなんてことは、やめたほうがいいのだろうか。きっと、自分よりも彼女と一緒に思い出をつくっていったほうが、いいのだろうけれど――あれ? もしかして自分はお邪魔虫なのでは? とおろおろし始める。そして最後にはしんみりとした気持ちがじわじわ広がり、食欲が徐々に減っていく。ちびちびとピザを食べながら言う。
「じゃ、じゃあ……今度からは、彼女さんと一緒に色んなところ、行くといいよ……うん、いっぱい思い出つくりな」と、伊綱のほうを見て――目を見開き、一言。「伊綱」
――ほくそ笑む伊綱。即座に察する。あまりにも恥ずかしくなり、顔が間違いなく真っ赤になっている。やられた、この笑い方、完全にからかわれた。ということは――澄玲の気持ちだったり、思いだったり、全部が見抜かれている。さっきの地雷質問も、伊綱は。
身体がカッカし始める。ムスッとして、持っていたピザを伊綱の口に強引に詰め込む。
「フリーの間は私に付き合いなさい!」
ピザを飲み込み、伊綱は頷く。
「そのつもり」
伊綱の小さな笑みにつられて澄玲も笑う。
正直――不安もある、罪悪感もある。きっとそれも見抜いていて、それでいて一緒に居てくれる伊綱の優しさを、自分だけが知っている。だからこそ、いつか伊綱に良い人が見付かりますように、と願った。こいつは良い奴だよ、優しい奴だよ。良いところを全部教えてあげられる、知っていてあげられる――そういう理解者であり続けたい。
今日のことを、こっそり記事にして残しておこう。そう企みながら隣を見る。再認識、隣で満足げにピザを食べる微笑ましい伊綱を見て、やっぱりブラコンかな、と澄玲は照れ笑いした。
《そのつもり》 了
そのつもり 黛惣介 @mayuzumi__sousuke
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます