(あんたは、そのままでいいんだ)

 それが伊綱だ、と嬉し涙をもらったハンカチで拭い、澄玲もピザを食べ始める。ふわふわの生地、熱々の具、口いっぱいに広がるチーズの香ばしさに頬も緩む。

「姉貴」

「え? まだ何かあるの?」と変な期待をしてしまう。

「違う違う。これからの予定はどうなってんのかなって」

「……明日、何時頃帰る予定?」

「姉貴次第だけど、夕方までに家へ戻りたいかな。だから、昼過ぎまで?」

「だったら、これから唐揚げととり天の食べ歩き! それから今日は一泊して、明日はスイーツ巡り!」

「うん、わかった。でも、もう車中泊は嫌だな」

 本当に嫌そうな顔をする伊綱。以前、宿代をケチって、車中泊をしたことがある。それがあまりにも寝心地が悪く、疲れがたっぷり残った記憶が澄玲にもある。

「ちゃんと宿は取るし、私がお金を出すから安心しなさい」胸を張り、やはり嬉しさで表情筋がだらしなく緩んでいく。「ハンカチ、大事にするね。にしても、センスいいじゃない」

 ハンカチを眺めながらウキウキしていると、伊綱はさらりと言った。

「ああ、彼女が一緒に選んでくれたから」

 ――え? と身体が強張り、別の涙が出そうになる。まあ、そりゃあ年齢的にいてもおかしくはないし、澄玲の知らない交友関係があったとしてもおかしくはない。そもそも、双子の姉弟、どちらかが誰かと付き合おうとも報告する義務もない。それに、彼女ができるほど他人とのコミュニケーションが取れるようになったということは――澄玲がずっと願っていたことでもある。嬉しくて喜ばしいことで――しかし、この複雑な気持ちは、どうしたものか。

 彼女ができた。だったらこの先、こういうふうに二人で出掛けるなんてことは、やめたほうがいいのだろうか。きっと、自分よりも彼女と一緒に思い出をつくっていったほうが、いいのだろうけれど――あれ? もしかして自分はお邪魔虫なのでは? とおろおろし始める。そして最後にはしんみりとした気持ちがじわじわ広がり、食欲が徐々に減っていく。ちびちびとピザを食べながら言う。

「じゃ、じゃあ……今度からは、彼女さんと一緒に色んなところ、行くといいよ……うん、いっぱい思い出つくりな」と、伊綱のほうを見て――目を見開き、一言。「伊綱」

 ――ほくそ笑む伊綱。即座に察する。あまりにも恥ずかしくなり、顔が間違いなく真っ赤になっている。やられた、この笑い方、完全にからかわれた。ということは――澄玲の気持ちだったり、思いだったり、全部が見抜かれている。さっきの地雷質問も、伊綱は。

 身体がカッカし始める。ムスッとして、持っていたピザを伊綱の口に強引に詰め込む。

「フリーの間は私に付き合いなさい!」

 ピザを飲み込み、伊綱は頷く。

「そのつもり」

 伊綱の小さな笑みにつられて澄玲も笑う。

 正直――不安もある、罪悪感もある。きっとそれも見抜いていて、それでいて一緒に居てくれる伊綱の優しさを、自分だけが知っている。だからこそ、いつか伊綱に良い人が見付かりますように、と願った。こいつは良い奴だよ、優しい奴だよ。良いところを全部教えてあげられる、知っていてあげられる――そういう理解者であり続けたい。

 今日のことを、こっそり記事にして残しておこう。そう企みながら隣を見る。再認識、隣で満足げにピザを食べる微笑ましい伊綱を見て、やっぱりブラコンかな、と澄玲は照れ笑いした。





《そのつもり》 了

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そのつもり 黛惣介 @mayuzumi__sousuke

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