◆
酷く疲れ切った声で伊綱に声をかける。その伊綱はというと、少しだけきょとんとしている。
「高山トレーニングか何か?」と伊綱。汗びっしょり、息切れ切れの澄玲は落ち着きを取り戻そうと何度も深呼吸する。そして、ようやくまともに話すことができるようになって、訊ねる。
「どこ行ってたの」
「え? トイレだけど」
沈黙。
トイレかよ! 紛らわしいわ! と心の中で叫ぶ。
「あんた、私の質問、ちゃんと聞いてた?」と澄玲は怪訝な眼差しを向ける。
「仕事はどうって、やつだろ?」と伊綱はさらりと返してくる。
「その後の質問」
「んー……悪ぃ、ぼうっとしていて聞いてなかったかも」
その台詞を耳にして、澄玲は真顔に戻る。そして思わず、安堵の笑みを浮かべた。
「なんじゃそりゃ」
一帯がふかふかの新雪であれば、思い切り後ろに倒れ込みたい思いで胸がいっぱいになる。
ホッとした。いや、ホッとしてはいけない。
「どしたの?」
「ううん、別に何でもないの。仕事ちゃんとしているのなら、それでいいの」
人は――すぐには変われない。人は簡単には変われない。それに、今の伊綱も澄玲は大好きなのだ。不思議そうにしていた伊綱も「うん」とだけ答えていつもどおり。しかし、忘れてはいけない、地雷。いくら親しくとも、いくら双子であろうとも、いくら大切な存在であろうと、踏み込んではいけないボーダーラインが存在する。忘れてしまえば、今度は確実に――それだけは、澄玲だって嫌だ。もう、今回のような気持ちは、二度と抱きたくはない。
「よし、気を引き締めていこう」
身だしなみを整え、汗もタオルで拭いていく。
「飯食うだけに気を引き締めるのはどうかと思う」と伊綱は呆れたように言う。
そういう意味ではないけれど、腹が減っているのは間違いない。待ち時間まであともう少し、そしてついに澄玲たちの順番が回ってくる。今回注文したのはピザ二枚。二枚だからといって侮るなかれ、かなりのボリューム、二人でも多く感じるほどに大きい。
どこで食べようか、二人は焼き立てのピザを受け取り、同意見で車へ向かう。トランクを開き、靴を脱いで腰掛ける。前方に広がる隆々たる山々、手元には大きなピザ。一枚はチーズたっぷり、二枚目はお肉と野菜たっぷり。お腹の虫が「早く食べろよ!」とぐうぐう文句を言ってくる。常備しているウェットティッシュで手を拭き、食べ始める直前――伊綱がおもむろに鞄を漁り始める。
「姉貴、手が汚れる前に渡しとく」
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