(ないない)

 数秒で否定、そろそろ一時間が経つ。結構長湯できるものだと湯船から上がり、温度差から若干の冷えに身体を震わせる。もう一度内湯に浸かって大浴場をあとにする。

 外へ出て深呼吸、心地良いそよ風が内湯で火照った身体をゆっくりと冷ましていく。さて伊綱は、と一帯を見渡す。ちょこん、と座り込む伊綱を発見。どうやら飲泉があるようで、何とも微妙な顔をしながら柄杓を持っている。

「もしかして飲んだ? 美味しい?」

「味のない強炭酸って感じ」

「中でラムネ売ってたよ」

「そっちのほうがいい」

 柄杓を戻して店内へ向かう伊綱――結構、伊綱をよく知らない人から自分勝手みたいに思われることがある。それは当たり前かもしれない。だが、とりあえずそれは間違いだ。伊綱は自分勝手というよりも、次の行動への動きが早いだけ。切り替えが早いと言えばわかりやすいのだが、中々理解はしてもらえない。

 生き物に優しいし、子供にも優しい、気遣いも人並み以上にできているほうだ。しかし、そうは思われないことが多々ある。伊綱の良いところを澄玲はたくさん知っている。だが、全部伝えても理解をしてくれる人は皆無。伊綱がそういう生き方をしてきたのだから、しょうがないが――納得はできない。

 店内でラムネを買い、ギャラリーがあるということで見て回る。そして澄玲の腹の虫がぐうと鳴く。

「お昼にしよう」

 スマホ画面にこれから向かう場所、そこで提供されている料理の画像を表示させて伊綱に見せると、伊綱の腹の虫も鳴き始める。少し照れたような顔が見られて、少しだけ満たされる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る