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「時間は決めとく?」と訊ねると、伊綱は少し間を空けて犬の像を眺めながら「姉貴は好きなだけ入っていいよ」と答える。少し考えて「じゃあお言葉に甘えて」と、伊綱と別れ、女湯へ向かう。
「結構人が……」
さすが人気の温泉、衣類を入れる籠が辛うじて二個残っているだけだった。三人、いや、二人が背を向け合って立てるぐらいのスペース。本当に脱衣所としての機能しかない造り。脱いだら入る、着替えたら出る、というもの。トイレは外だったな、と一応頭の中でメモを取る。再取材があった時に役に立つだろう、と細かに内装まで目を向ける。
そして服を脱ぎ、髪を束ね、眼鏡を外す。温泉成分次第では眼鏡が駄目になる場合がある。少々目付きが悪くなるが、致し方ない。目を凝らしながら、いざ大浴場へ。
「高温、中温、低温……的な?」
含有成分の影響だろう、赤茶色に染まった、壁沿いに三つの浴槽が段々畑のように並んでいる。身体をお湯で流すスペースはない。何でも温泉に含まれる成分が石けんのような役割を持っているらしいが、やはり気持ち汗を軽く流して入りたいところ。サウナに併設されたシャワーで汗を流し、気になるものを横目に大浴場へ戻る。三つの内、中段の浴槽が唯一空いているのを確認、そろっと足を入れていく。
「良い湯加減……」
肩まで浸かり、全身の力を抜く。硫黄の香りが少々強め、しかし「温泉に来た~」と実感するような香りが、ぽかぽかし始めた身体から疲れやストレスを抜き取っていく。十分ほど浸かり、さてさて、と外湯へ向かう。
(あえて見ないようにしていたけれど、これを入らずに帰るわけには行かない!)
さっきは気になっていたが、満員状態。しかし、ようやくスペースが空いた。ここぞとばかりに場所取りへ向かう。木でできた浴槽、そこに入っているお客の身体をちらっと見ると、全身をびっしりと気泡が覆っている。これが炭酸風呂、と生唾を呑み、入湯する――が、大浴場、内湯に比べると十数℃近く温度が低い炭酸風呂、夏場でなければ風邪を引くのではないか、と思えるほど、冷たく感じる。
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