双子の弟、伊綱と一緒に色んな場所を巡るのは、仕事終わりの週末の澄玲にとっての楽しみでもある。仕事が終われば「暇? ○○に行こう!」とメールを送り、都合が合えば伊綱を現地まで呼び出し、色んな場所を巡って楽しむ。伊綱が楽しいと思っているかどうかは――正直、わからない。聞いたこともなかった。

「休日なのに悪いね」

「いつものことだから、いいよ」

 地元の役所勤め、最近になって異動があったと聞いているが、あまり深く訊いていない。伊綱は自分のことをあまり語らない性格なのだ。

「今日はどこ行くの」

「炭酸風呂、私が入社する前に記事として取り上げられてあったから行く機会が無かったのよ。ほら、それに私運転が下手だし、単独でこういう山の中を車で走るの怖いし」

「ふうん」さして興味もなさそうな返事をして、伊綱は大きな欠伸を漏らす。

「そういえば伊綱、何でレンタカー? 電車じゃなくて車で来れば良かったのに」

「んー……ちょっと遠かったし、帰りは眠りたいかなって思って電車にした」

「そっかそっか、そうだよね。次は近場を考えておくよ」

「ん」と伊綱は頷き、ハンドルをきって大きなカーブを曲がる。


 駅から一時間ほど、休憩を挟んで到着した炭酸風呂のある温泉館。温泉がある、という感じではなく、レストランでは? と思わせるモダンでお洒落な見た目に思わず写真を撮る。「あとで写真送るね」と言うと「うん」と伊綱は先に歩き始める。少し遅れて温泉館へ入る。券売機で券を買ってから入る、という流れのようで、伊綱が財布を取り出すのを見て制止する。

「さすがにここは私が出すって」と澄玲は胸を張る。

「……いや、五百円だし」と伊綱は券売機を指差す。

 誘った手前、しかも眠そうな伊綱を見て金を出させるのは気が引ける。たかが五百円、されど五百円。券売機にお札を挿入、家族風呂のボタンを押そうとして、伊綱に脇腹を手刀で突かれる。

「いや、今のはジョーク……ジョークだって……」と悶えていると、伊綱が大人二人分を購入、さっさと券を売店のおばちゃんに手渡し「行くよ」と急かしてくる。

 貴重品をロッカーへ預け、植え込みでできた通路を進んで行く。途中、服を着て直立した決め顔の犬の像が見えたが、あまりにもシュールに見えた澄玲は、伊綱と一緒に立ち止まるだけにとどまった。

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