ビジネスホテルを出たのは午前七時半、そこから電車に乗り、集合場所に指定した駅へ向かう。今日は土曜日、さすがは観光地、駅前から人がとにかく多い。

 伊綱を見付けられるだろうか、そんなことを考えながら人混みを縫って歩き、時刻を確認。少し時間に余裕がある。レトロな駅から一分ほど歩いた場所にある足湯へ向かう。駅構内にも足湯はあったが、先客で満席状態。調べてみると駅近くに無料の足湯があるではないか、という流れだ。足湯にもそれなりに人はいるが、無料だと思えば我慢もできるというもの。

「はふう」

 魂が抜け出そうな声を出してしまいたくなる足湯の気持ち良さ。風呂好きの澄玲には、このまま根を生やしてしまいそうな勢いだ。

「駅前って言ったじゃん」と声を背後からかけられる。のけ反るようにして確認する。見覚えのある顔に、にんまりする。

「広義に解釈すれば、ここも駅前でしょ」

 そう言って名残惜しいが足湯を後にする。タオルで拭いて、靴を履く。その間、伊綱は近くの土産物屋でジュースを購入、もちろん、澄玲の分も買っている様子。

「さすが、私の弟。気が利くね」

「後で全額請求するよ」

 言って――双子の弟、伊綱は澄玲にジュースを手渡してきた。

 ぼんやり顔はいつものこと、表情豊かな澄玲と対照的で表情に変化がほとんど無い。双子なのに顔がまったく似ていない。伊綱は視力が良く、澄玲は悪い。伊綱は身長が高く、澄玲は低い。ついでに言えば、髪型は伊綱は短く、澄玲は長い。本当に対照的な双子だ。

「レンタカー、予約してるから早く行こう。待たせるの嫌いだから」と真面目な伊綱。

「まあまあ、あんまり急くとつまらんよ」と土産物に目移りする澄玲は、伊綱に襟を掴まれてレンタカー店に向かう。

 軽自動車をレンタル、馬力は保証するとのことで安心する。何せ今日はアップダウンのある道を進む。行先はもう、決めてある。助手席に乗り込み、さっそくナビを操作する。運転席では伊綱が面倒臭そうにシートベルトを装着した。

「じゃあ行こうか! レッツゴー!」

「はいはい」

 気怠そうに返事をした伊綱は、ゆっくりと車を走らせ始めた。


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