第2話

部屋に戻ると娘と妻はそれぞれ保育園と会社に行ったようで誰もいなかった。

僕はコップに水道水を入れ一口飲んだ。ほんの僅かなカルキ臭と生ぬるい温度が僕の喉を通り過ぎていく。

一息ついたところでコップが僕の手のひらからいつのまにか消え、元の位置に戻っている事に気付いた。

生きてる時のようにモノを使っていると思いこんでるが実は使えてないのか、それとも本当に一瞬で元に戻ってしまってるのか。原理を考えようとしたがすぐに面倒になってやめた。

仏壇に並ぶ自分の気の抜けたような笑顔の写真をしばらく見た後、僕は自分が死んだ後の周りの世界が気になって見にいく事にした。

定期券と財布を確認し、生前履いていた底の磨り減ったグレーのニューバランスを履くと僕は外に出た。



すれ違う人は誰も僕を気にすることなく、駅の改札もいつも通りにSuicaで通れた。そこそこ混み合ってる電車で、僕は漫画みたいに他の人をすり抜けるわけでもなく普通にサラリーマンに肩をぶつけて新宿駅まで行った。

死んでいるのを忘れそうになるが、地下鉄の真っ暗な窓に反射する人々の中に僕の姿は映っていない。

僕の左右にいるサラリーマンはしっかり映っているが、僕がいる場所がぽっかり空いてるというわけではなく、サラリーマン同士が肩を並べており、僕のいる空間はきっちり詰められているように見える。

僕はなんとなく「となりのトトロ」でねこバスが走る際に木が避けてるシーンを思い出していた。



職場にある僕の机の上には、案の定というか花瓶が飾られていた。

見慣れた同僚達がどこか暗い顔で仕事をしているように見えるが、僕の死を純粋に悲しむというよりか、僕の死のせいで仕事が増えてしまった疲れが浮かんでいるようにも見える。

あれだけ僕を叱り飛ばしていた上司も、目の焦点がどこかパソコンにあわずに仕事をしているようにも見える。

今となってはどちらが正しいのか確かめることもできないが。

僕は職場をぐるりと回って、以前から憧れを少し抱いていた美人の管理部の女の子を見て一瞬やましい思いに駆られたが、そういった行いが悪霊に繋がるんじゃないかと思い、やめて会社を後にした。



当然だけど、僕が死んでも普通に会社は回っている。

それがわかってホッとしたような寂しいような複雑な気分だった。

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