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そのとおりだ、と私は知らず知らずのうちに頷いていた。
自分が撮った写真は誰かのために撮っているわけではない。自分が『これだ』と思えるものと出会い、感じ、写し、残したいために撮っている。そのためにあちこちを歩き回り、探している。
「自己満足、ですね。きっと、私って性格悪いんですよ。だから周りの人と噛み合わない」
自虐的に言うと、男性が突然笑い出した。
「いいじゃない、自己満足。自分のために写真を撮るのも、誰かに見せたくて撮るのも、どちらも自己満足だよ。僕だって自分の心の隙間を埋めたいから写真を撮っているわけだし。それに、面白い写真が撮れたら息子にも奥さんにも自慢げに見せているよ。これも自己満足だ。人間なんて、ただの自己満足で生きているようなものさ。だから、きみの性格が悪いとかそういうことじゃない。それだけは断言できるよ」
誰かに肯定されると――少しだけ心が軽くなる。自分は意外と、単純なのかもしれない。
サイコロに荷物をまとめて、男性は財布を手に歩き出す。
「少し荷物を見ていてくれないか? すぐに戻る」
言って、男性は駆けて行く。
他人に、しかもさっき出会ったばかりの見ず知らずの人に荷物を預けるとは、人が善過ぎて損をするタイプなのかもしれない。言って、結局自分も他人でありながら、その出会ったばかりの、見ず知らずの人の荷物番をしながら――受け取った言葉を胸の内で反芻している。自分も、もしかしたら損をするタイプなのかもしれない。
「意外と自分のこと、ちゃんと考えたことなかったっけ」
今思えば、ただただ追い求めていて、周りにも、自分にも目を向けていなかった。考えようとしてこなかった。どうしようもなく、私は我が儘なのだ。
あの時、修学旅行の一枚を写した時、見惚れてしまった。美しくて、綺麗で、甘酸っぱくて、映画のワンシーンのようで、こぼれた涙が悲しみの涙ではなく感動の涙のように思えてしまった。
私はあの時と同じように――自分が言葉を失うほどのものと出会い、あの感覚をもう一度感じたい。そして、それを写真の中に閉じ込めて、残したい。一度きりではない、何度も、何度も繰り返し、感じたいのだ。だからこうして巡っている。出会うために、巡っている。自己満足、自分を満たすためだけに、私は生きている。
自己満足は悪いことだと思っていた。だが、そうじゃないものもあると、彼は教えてくれた。見ず知らずの私に、教えてくれた。
「でも……」
あの感覚をもう一度、と考えると、他人が邪魔に思えてしまう。こればかりはどうしようもない。どこにも見当たらない、見付からない、それを周囲に居る他人のせいにして、自ら距離を取った。そして身勝手な理由で、勝手に人嫌いになりつつある。誰も悪くないことぐらい、わかっているのに。
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