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「ショックを上回ってしまったんです。魅入ってしまって、思わず――いえ、無意識に写真を撮っていました。涙ぼろぼろ流しながら写していました。けれど、今では涙一つ出ません。思い出しても不思議と心がふわふわして気持ちが良いんです」
「……きみが写真を撮る理由は」
「私は……その時感じたその感覚をもう一度味わいたいんです」
あの日以降、自分の中に物足りなさを覚えて止まらなかった。満たされないもどかしさは日に日に増していった。行動に移すようになって色んな場所を巡り歩いた。最初は友達と一緒に旅行がてら回っていたが、煩わしさを感じてならなかったのだ。
「あの時、私は一人でした。だから、あの感覚にもう一度出会うには一人じゃないといけないような気がして……他の人が傍に居ると、出会えないような気がして……多分、それが邪魔して周囲と上手くいかなくなってしまったんでしょうね。弊害です」
カメラを操作して他の写真を表示させる。今日撮った写真だけでなく、過去に撮った写真。表示させたまま男性にカメラを手渡す。彼はじっくりと写真を眺める。
「ここはとても綺麗な場所です。でも、特別写真に残したい、そう思えるものはありません。私が求めているものは、ここにもなかった」
過去に撮った写真。サークルで登山をした際に山頂で見た光輪の写真、近所で見かけた電線に雀・鳩・烏・鳶が並んで座っている写真。美しい写真、面白い写真、そういったものと出会ったことはあった。だが、そういうものを私は求めていない。求めているのは――あの時の感覚を覚えるもの。心奪われ、心惹かれる写真を撮りたいのだ。
「…………」
何故だか嬉しそうな顔をして、男性は写真を見ていた。時折くすっと笑ったり、うんうん、と頷いている。少し自分の拙い写真を見せていることに気恥ずかしさを覚えて、私はそろそろ、と言いそうになる。
「きみは言葉を失う、そういうものを残したいんだね」
言いかけた言葉が急に霧散して喉の奥で消え去る。
「僕の息子、あまり外出したがらなくてね、奥さんもインドア派だから、こういう場所にはだいたい一人で来るんだ。はっきり言って寂しいね。だからこうして写真を撮ることで自分の心の隙間を埋めている。きみの場合、そうじゃない」
男性は顔を上げ、つられて私も顔を上げる。目の前に広がる芝生の緑色が陽射しで輝いて見える。
「写した一瞬やひと時、映した本人が抱くものは、写真だけを見た側の人間とは異なるものが秘められているんだろう。その時吹いていた風はどんな風だったか、寒かったのか暑かったのか、天気は良かったのか悪かったのか、曇っていたのか晴れていたのか、雨が降っていたのか、気分が悪かったとか良かったとか……そういうものは写した本人にしか知り得ない。周囲の環境や当時の感情、心情はけして見る側には伝わらない」
立ち上がり、男性はカメラを返してくる。
「写真に込める思いは人それぞれ。ただ、きみはとくに自分の感情を大事にしているようだ。他人がどう思うのか、ではなく、自分がどう感じるか。そこにきみは重きを置いている」
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