「結構前の機種だけれど、それ、使い勝手がいいから長持ちするんだよね。僕も昔使っていてね、壊れてしまってからは息子のおもちゃになってしまった」

 へえ、と私は小さく声を出す。息子という言葉、そして左薬指の指輪を見て少し安心する。既婚者、それにこの話し方からしてナンパみたいなものではない。おそらく趣味の話になると熱が入る、そういう人だ。

「今はスマホで結構綺麗な写真が手軽に撮れるのに、って奥さんにも言われるんだけれど、やっぱり違うんだよねえ。スマホでも綺麗な写真は撮れるけれど、何だろうな、自分が撮りたい写真は撮れないんだよ。ずっと使って来たから、そう思っているだけなんだけれど、どうしても手放せない。知人にカメラマンがいてね、いろいろと譲ってもらった。この木箱、『サイコロ』って言うんだけれど、道具をしまったり台にして座ったり立ったり、結構便利なんだよ。道具類は譲ってもらったけれど、このカメラだけは自分で選んだんだ」

「こだわりがあるんですね」

 木箱もとい、サイコロに座り、男性は続ける。

「こだわりって程じゃないよ。ただの趣味さ。きみもスマホじゃなくてカメラで撮っているけれど、何かこだわりでもあるの?」

 カメラ好きと思われて話しかけてきたのだろうか。そうなると――まずい。趣味の話になると熱が入るタイプだとしたら、これ以上話を広げられて収拾がつかなくなると互いに気まずい空気を吸わなくてはならなくなる。互いの為に、と話を断ち切る。

「すみません、私はカメラには興味が……」

「あ、そうなんだ……」と男性は明らかに落胆していた。少々可哀想にも見えたがこればかりは致し方ないこと。

「悪いね、変に話し込んでしまって。趣味が合う人、周りに居ないからつい」

「……その気持ちはわかります」

 カメラを持つ手をだらんと垂らして言葉を紡ぐ。

「周りの人と意見が合わなかったり、無趣味だから余計に周りと噛み合わなかったり、正直言って毎日が苦しいんですよ。いつの間にか軽度の人嫌いになっているようで……だからこうして息抜きがてら色んな場所を巡って歩いているんです」

 大学生になってからの毎日がつまらなく感じていた。友達はいるにはいるが、一緒に居ても無理をしている自分がいる。以前のような付き合いができない。それは相手が変わって、自分が何一つ変わっていないせいだと思って、少しばかり距離を取るようになった。

 だからこうして一人のほうが楽、そう思っている。そして。

「写真は息抜きの一つです。でも、本当の目的は別にあるんです」

 私の話にしっかり耳を傾けている彼に、どうせこの場限りという思いから保存してある写真の中から一枚選び、画面を見せる。

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