第3話
「お父さんのせいで見たかったテレビ20分で終わっちゃった」
気まずさをやわらげようと、自室に入って開口一番僕はそう愚痴った。
「そっか」
だが、小春はこちらを見向きもせずに受け流したので、諦めて椅子に座る。そのついでに勉強机に“何か”を音を立てずに置く。勉強しようという
「好き? 怜のこと」
「……かな。どっちかと言うと、憧れ?」
その
「別に、僕は小春にふられてほしいとか思ってるわけじゃない。告白したところでふられるなんて決まりきってる事実はどこにもないし」
小春がうなずいた気配を感じとって、言葉を続ける。
「仮に自分の妹が友達と付き合うことになったとしても、全然迷惑じゃないし。むしろ祝福するさ、きっとな」
ここで僕はカーテン越しの妹に聞こえないように小さく深呼吸をした。
「――なぁ小春。人間の感情ってさ、変わりゆくものだろ」
少しの間、空間を沈黙が支配したけれど、気まずさはあまりなかった。
「うん。今の日和もさっきまで怒ってたのに今はそうでもないでしょ?」
「お前もな」
これには間髪を入れず笑いを少し混ぜて答える。
「……それで?」
「変わるのは人間の感情だけじゃなくて、人間自身もなんだよ。例えば、仮にだけど小春がイワシのことを好きじゃなくなる日がくるかもしれない。それだけじゃなくて、イワシが小春の好きなイワシじゃなくなる日だってくるかもしれないんだ」
ひといきでそこまで言い終えてから、僕はなんて当たり前のことを真剣に力説しているんだろうと自分が情けなくなった。大の大人に九九を教えているようなものじゃないか。でも、ここまで力説してしまったからには、残りも言わざるを得ない。
「だから、まぁ……。今だけのその感情大切にしろよ。って話。本人に想いを伝えることだけが感情を大切にするってことじゃないかもしんないけど。でも、それは今の小春の感情に正直になれるってことなんじゃないかなって、思っただけ」
ここまでまたひといきで言って、ふぅと息をつく。
“こうやって妹とけんかするとかいう言い訳を作って勉強から逃げてるんでしょ!”
ふと、小春の捨て台詞が脳裏をよぎる。もしかして、今のように小春に説教らしきものをしてるのも、勉強から逃げてるってことなんだろうか……? 心に住んでいる正直者が頭の中にふらっと現れ、“図星です”とだけ言って心に帰っていった。
そろそろ今日の分の勉強始めないとだな。
さっきから言おうと思ってたことは、全部言えた。あとは、反省の気持ちを行動で示すだけ。なが~く深呼吸をして、ここに来るとき一緒に持ってきた、“何か”を手で優しく包むようにして持った。
「ちょっと失礼」
椅子から立ち上がり、カーテンをすばやく開ける。“何か”を小春のパステルカラーの学習机にコト、という音とともに置く。
「さっきはごめんな」
それだけつぶやいて、僕はリビングへと向かった。
あとは、大丈夫。きっと保冷剤とバンダナがどうにかしてくれる――そう信じて。
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