第2話

「「「「いただきま~す」」」」


 変声期の声が自分の耳に届いて、変な感じがする。それをかき消すようにして焼き魚を口に運ぶ。そもそも、どうして僕は中学受験することになったのだろうか。




 小学1年生のとき。僕はかけがえのない親友に出会った。勉強、運動、給食の早食い――。ことあるごとに競い合う好敵手ライバル。それが岩清水怜イワシだ。僕らは競い合うことによってお互いを高めていった。まぁ、給食の早食いは本気になりすぎると危険だな。学年で僕らふたりが群を抜いて上位にいることが多々あった。ただ、競争は良いことばかりではなかった。小学3年生になって、僕らはサッカー部に入った。最初は差なんてつかなかったが、徐々に差が開いていった。リフティングの回数を競うと、彼にいつも負けてしまうのだ。その頃からだろうか。小春が岩清水怜イワシをきらきらした目で見るようになったのは。それにともなって、僕に尊敬の眼差しを向けなくなったのは。


 別に、僕は異常なほどに小春が好きってわけじゃない。普通に、妹として、家族として、まぁ嫌いではないかな、という感じだ。でも、言葉を覚えた頃から“ひよにぃ”と僕を呼び、ひとりで歩けるようになった頃からどこにでもくっついて歩いてきた妹だったのだ。そんな妹が、僕のことを呼び捨てするようになり、きらきらした目で見てくれなくなるというのは、それなりにダメージを受ける。なぜか不必要なプライドが傷つくし、さみしさを感じてしまったんだ。


 だからだろうか。僕は、小春にかっこいいところを見せたいと思うようになった。イワシに勝って、“ひよにぃかっこいいなぁ”って見直されたかったのかもしれない。承認欲求って言うんだっけ? まぁ、そんなとこ。サッカーでは勝てないと諦めた僕が目をつけたのは勉強だった。テストでは、僕が勝つことが多かった。数点差だが。


 それで、母に受験してみないかと言われたとき、あぁ、僕がやるべきことはこれだったんじゃないかと、素直に受け入れたんだ。もし受験に受かったら、イワシにはできないことを成しとげたということになる。そうしたら小春にかっこいいお兄ちゃんだなって思ってもらえるし、イワシにも自慢できる。もう一度言うけど、これは単なる承認欲求ってやつだ。僕は今のとこそれに動かされている。――いた。


 僕が受験するのは偏差値が60ちょっとの学校。塾の先生には、少し頑張れば日和くんなら受かりますよって言われてる。現状、今の僕は頑張っていないので受かるかどうかはわからない。周りの人に認めてもらいたいのに、勉強から逃げたいっていうのが今の僕だ。こんな僕なら小春にあんな捨て台詞を言われても仕方ないな……。




「君たち、またけんかしたの?」


 お母さんの声で我に返った僕は、こくんっと焼き魚を飲み込んだ。


「うん、まぁ」


「うちは一軒家だからいいけど。マンションだったら下の階の住人さんに迷惑かけちゃうから仲良くしなさい」


 僕は白米を口に詰めこんだ状態で黙りこむ。実はさっき、けんかしているときに小春にけがさせてしまったのだ。これはさすがに反省だ。手加減してたのにな。……いや、これは勝手に小春が床に頭を打ちつけたんだ。不慮の事故ってやつ。仕方ないじゃないか。そう思うと、小春への怒りが少し復活してしまった。


「「「「ごちそうさまでした」」」」


 気持ちを切り替えて、テレビを見よう。しかし、お父さんが野球観戦に夢中なので、僕は長らく交渉することとなってしまったのであった。

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