第32話 お泊まり。




 クアロは不満な顔になりながら、座っているベッドを見下ろす。

 ルアンが広げた紙と本で、埋め尽くされていた。紙には、監獄に関する情報と、防の紋様が書かれている。

 ルアンは胡座をかいて、ベッドを睨むような表情をして考え込んでいた。


「ルー。なにが目的なのよ?」


 クアロが問うと、ルアンは顔を上げてキョトンとする。


「なにが?」

「ほら、アンタ、あのラビって子。あの子を見て、わざと怯えた反応したでしょ。デイモンさんにも怯えた反応して、また騙すつもりなんでしょ」


 ルアンは自分を男の子だと思い込んだシヤンに、のちのち明かして驚かすつもりだった。ラビやデイモンにも悪戯を仕掛けているのだろうと、クアロは思ったのだ。


「は? 確かにデイモンには怯えたフリして、そのうち仕事中でも態度を一変して動揺させようと思っているけど」

「仕事中は止めなさい! その幹部にそんな悪戯は止めなさい!」


 しれっとした顔で、ルアンは言った。クアロはツッコミを入れる。

 仕事中に動揺させるのは、悪質。性格が悪いにもほどがある。


「あのラビって子は、嫌いだ。家に来てから、あたしと目を合わせなかったくせに、さっきは急に笑いかけてきたんだもん。それに異様に、頭がいいし。不気味じゃない?」

「アンタが言うなよ。皆がアンタをそう思ってるわよ」


 べし、と掌を当てて、クアロはまたツッコミを入れる。

 ルアンは頬杖をついてむくれた。


「あたしはいいの。二度目の人生だもん」

「自分を棚に上げないの」


 前世の記憶持ちで、ラビとは違うとルアンは言い切る。


「最初は臆病な子どもだと思ったの。あの外見だから同年代に馴染めなくて、更には母親が不在で、そして継母が登場したのなら、大人しい子になるのも無理ないって思ってた」


 ラビを見て、洞察力の鋭いルアンが抱いた印象。


「だが」


 と続けたルアンは腕を組むと、苛立ちを露にした表情をした。


「さっきは堂々と一人で立ち、あたしを真っ直ぐに見て、笑いかけた。豹変したんだ」


 パチン、と指を鳴らす。


「リリアンナの影に隠れて、アイツはあたし達を観察していたのかも。漸く興味を抱いて、あたし達と遊ぶことを決めたのかもしれない」

「……まるでアンタ、みたいね」

「あ?」


 様子を窺ってから行動を起こす。ルアンのようだと言えば、ルアンに睨まれた。


「なにを怒ってるのよ?」

「あんな年下に騙されたみたいで、ムカつくんだよっ」


 ――いや、同い年でしょ。


 思ったが、クアロは言わなかった。

 どうせいつものように「5歳プラスα」と答えるだろう。

 それに今にも暴れてしまいそうなほど不機嫌なルアンの怒りを煽りたくなく、黙ることにした。狭い我が家で暴れられたくない。


「兎なんて、大嫌いだ」


 ルアンは吐き捨てると、またベッドの上に広げた紙と向き合う。


「そう言えば、聞きそびれたけど。なんであのベアルスと仲良くなってるの? 笑顔を向けて媚びまで売っちゃって」


 囚人のベアルスと異常なほど親しくしていることに、クアロは不思議でならない。


 ――よもや、惚れたわけじゃあるまい。


 ルアンがメイドウに、ベアルスはいい男だと話していたこともあり、心配になった。


「クアロ。あたしがベアルスに惚れたとか、くだらないことを思っただろ」

「うっ」


 心が読まれ、クアロは震え上がる。


「ベアルスって男は、頭がキレる。下手をすれば、もっと手強い悪の組織のトップになっていたかもしれない。ガリアンに狙われた非常事態中に適当なしたっぱを強盗させて使い捨てる冷酷な手を使う一方で、真の仲間はガリアンに捕まらないように身を潜めさせて守っていた。真の仲間と稼ぐために強盗や武器売買を始めたというところだろう。ベアルスはそのために頭を使ってきたが、アイツならガリアンと肩を並べるギア使いの集団を作ることも可能だったはず」

「えっ……ギア使いの集団ってっ……」

「前に言ったように、子どもに対する趣味を持つ変態は、犯罪者の中でも嫌われがち。だが、部下はベアルスに子どもを連れてきて、そして一戦を越えないように見張っていた。ベアルスの悪癖を面倒見るほど、慕っている様子だ。そんなベアルスは、近いうちに監獄のトップになるだろう」


 クアロが目を見開くが、ルアンは続ける。


「脱獄するなら、手懐けた囚人を全員脱獄させ囮にして、自分と仲間は確実に逃げられるように計画するだろうな」

「な、なにそれっ、まずいじゃないっ! 最近はルーのおかげで大人しかったのにっ」

「だから、厄介な男だって言ったじゃん」


 捕まえても、厄介な男。

 カリスマ性のあるベアルスは、監獄の囚人達を束ねることも出来る。


「でも幸い、ベアルスはあたしに興味があり、居座るつもりでいる。脱獄計画実行はまだ先だ」

「ベアルス本人が言ったけど……なんでそれを鵜呑みにするのよ?」

「あたしがベアルスの嘘を見抜けないとでも?」

「いや、信じる根拠がわからないから」


 頬杖をついたルアンは半開きの目で、クアロを見上げた。

 ルアンが洞察力が鋭くとも、クアロには理解できない。だから苦笑を浮かべながら、説明を求めた。


「ベアルスを見ればわかるだろ。あたしにメロメロだって。美しいもの好きのベアルスは、容姿のいい子どもの無垢さが好きだから子どもと戯れたかった。今はあたしに夢中だから、あたしと戯れる時間を与えれば、大人しくなる」


 ベアルスが言うように、ルアンのそばにいたいがために、脱獄は当分ない。


「父上は、ベアルスの商売相手である盗賊や強盗団も、捕まえようと考えているはずだ。利用価値があるから、厄介な男でも絶対に生かす。あたしだって、ベアルスの立てる脱獄計画を元に、監獄の強化をしようとしているしね」

「ああ……だから、脱獄について聞いたのね」


 ベッドに広げた紙も本も、監獄の強化のためだ。


「ベアルスを手なづけているうちに、面会時の脱獄防止を考えて、監獄を強化しなきゃいけない。寝る間も惜しんで、お前も案を出せ」

「だから、私の家に来たの?」

「夜更かしすると、メイドウが煩いから」


 把握できたクアロは、協力することにして本を手にとる。


「メイドウと言えば、アンタの着替えを持ってくる時、泣き付かれたわ。わあぎゃ言ってて、なに言っているか、わからなかったけど」

「メイドウはあたし達の母親代わりになりたいから、必死なんだよ」

「母親代わり?」


 ペラリとページを捲ると、クアロは首を傾げた。


「リリアンナはただでさえ母親業を怠っていたのに、家まで出たから、メイドウは張り切っているんだ。母親のように愛情を注いで世話したいから、誕生日は尚更ドレスで着飾ってほしいと思ってるの。リリアンナは誕生日を祝う、というより、パーティーを楽しむだけだから」


 派手なドレスを身に纏う美女のリリアンナが、誕生日の子ども達より目立つ様が、クアロの頭の中で簡単に思い浮かんだ。


「ああ、だから、アンタ、誕生日嫌いなの?」


 思ったことが、そのまま口を出た。

 ルアンの翡翠の瞳が、クアロを真っ直ぐに見上げる。クアロも見つめ返した。

 ルアンは、なにも言わない。言いたくないということ。


 ――そう言えば、ルアンに誕生日プレゼントあげなきゃ。


 誕生日を祝うためにも、プレゼントをあげたいと思うが、ルアンは誕生日が嫌いな様子。かと言って、祝わないという選択は出来ない。


「そうだ、ボスって何か言わなかったの? ルアン、有言実行でベアルスを捕まえたし、ガリアンになったし、誉め言葉とか、ご褒美とか」

「? 別にないけど」

「え、まじで?」

「ないよ。あたしの父親が誉め言葉を並べ立てるわけないでしょ。そうかよくやった……の一言で十分」


 ルアンがレアンの顔付きと喋り方を真似ると、似ていると思いクアロは吹いた。

 レアンの性格上、ルアンを誉め称えるようなことをしない。


 ――報告した時、ルアンがはしゃいでたから、戸惑っていたみたいだけど。


 嬉しさが余り、ルアンは無邪気な笑顔のままレアンにしがみついて、ベアルスを捕まえたと自慢した。

 それを見て黙りこんだあと、「そうか、よくやった」とだけ、レアンは言った。


「そんな話より、クアロ。集中しろ」

「あ、うん」


 ルアンは頬杖をし直すため、クアロも考え始める。


「あれ。これ、使えるんじゃない? 光を出させない紋様」


 ページに1つ、使えそうな紋様を見付けた。

 光を防ぐのならば、発動したギアを無効化するギア封じよりも、安全に対処できる。


「あたしも見付けたけど、それ、発動しない」

「へ? えーと、でも……」


 ルアンが目も向けないため、クアロは試しに宙に描く。×印を円で囲う紋様。

 描き上がるとルアンも指から光を放ち、宙に舌を出したようなマークを描いた。


「ほら。光、出るじゃん」

「あ、ほんとね……。書き順は合ってるわよね」

「合ってるはず。そもそも防のギアは、向かってくるギアを防いだり跳ね返すもの。相手の光を出させないためには触れるほど近付けなければいけない」


 ルアンは言いながら、光を放ったままの指先を、浮かぶ紋様に触れる。すると、ルアンの光が消えた。


「つまり、この光封じのギアを使うためには、相手に紋様を近付けなくちゃいけない。触れるほどにね。そうなると面会の場合、囚人と面会者にそれぞれこのギアを使う看守がつかなくちゃいけないけど、そうやってぴったり寄り添われたら面会しずらいだろうし、双方も嫌がるようになるでしょ」

「た、確かに……もしも囚人の夫に妻が面会したら、なにも話せないわね」

「そう。家族に会えない不満を解消するためなのに、あんまり意味ないをなさない。もっと……個室で話せるように、外の警備を強化するような形の方がいいけど……看守を配置し、手を封じるという安易な案じゃあ父上は納得しない」


 脱獄を防ぐ方法を思い付かなければ、面会を設けることは許されない。


「んー」


 ルアンが書いた監獄の図面や、配置の案が書かれた紙を見ながら、クアロは唸りながら考えた。


「……限界じゃない? 囚人と面会者の手を封じるくらいしか」

「諦めるなよ」

「んむぅー」


 ルアンに言われ、クアロも頭を働かせるが、やがて2人して眠りに落ちてしまった。


 翌朝。クアロは、物音で目を覚ました。なにかが焼ける音と、匂いまでして、火事かと思い、飛び起きる。

 すると、椅子の上に乗り、キッチンに立つルアンが目に入った。


「な、なにしてるの!?」

「は?」


 慌ててベッドから飛び出すが、振り返ったルアンは呆れ顔を向ける。


「朝ご飯、作ってる」

「……へっ?」


 ルアンはフライパンとヘラ返しを持っていた。フライパンの中には、スクランブルエッグ。

 クアロが唖然としている間に、ヘラ返しでスクランブルエッグを、皿に盛り付けた。


「あ、アンタ、料理できるの?」

「料理って、焼いただけだけど。たまに早起きしてお腹が空いた時は、キッチンに入って自分の作ることがある。まぁシェフが気分屋で、機嫌悪いと追い出されることがあるけどね」


 ルアンのようなお嬢様が、料理ができることが意外で、クアロは呆然としてしまう。

 一応、ベーコンとスクランブルエッグが盛り付けられた皿に顔を近付けた。美味しそうな見た目と、匂いがする。横から、トーストがそえられた。


「食べよう」

「あ、うん。ありがとう」

「一泊のお礼。明日も明後日も泊めてほしいな」


 椅子の上に立っていたルアンは、手を合わせて右頬に当てると首を傾げて猫撫で声を出す。


「いいけど、メイドウに誕生日会は絶対に参加させろと約束させられたから」

「チッ!」


 上目遣いの表情から、露骨に不機嫌な表情に一変した。天使から悪魔だ。

 クアロはひきつりながら、テーブルに皿を運ぶ。


「なにを嫌がっているのよ。母親がいるから嫌なの?」

「あの女が騒ぐ姿なんて見たくねーけど、なにより何回も何回も誕生日をやってらんねーよ」


 ルアンの不機嫌が、口調の悪さに表れる。


「まだ五回でしょ」

「五回じゃない。五回プラスα」

「あぁ、そう……」


 苛立った声で返され、クアロはルアンの機嫌が直るまで、誕生日について聞かないようにした。

 そしてテーブルで、一緒に朝食を食べる。


「監獄の件、一晩中考えてもいい案、思い付かなかったわね」

「一晩で諦めるなよ。そんなひょいひょいと思い付いたら、苦労はしないって」


 パリッ、とトーストにかじりつきながら、ルアンはフォークで切り分けたスクランブルエッグをパクリ。

 クアロもパクリと食べていれば、ルアンはボケーとした。食べながら、考えているようだ。


 ――思い付くまで、私は付き合わされちゃうのかしら。


 毎晩毎晩夜更かしをさせられては、クアロも身体が持たない。


 ――ルーがまた倒れるのも、時間の問題よね……。


 寝る暇もなく、食べている間も考え込むルアンは、熱が出ようとも限界まで努力する悪い癖を持つ。そのうちに倒れかねない。

 そうならないように見張るためにも、暫くは一緒にいようと決めた。寝るように、催促するためにもだ。

 ルアンの考え込んでいる顔を眺めながら、クアロは食べ進めた。

 すると、コンコンとノックの音が響く。ルアンもクアロも、玄関のドアを見た。


「……変ね。客人なんて、来たことないのに」


 クアロが不思議に思っていると、ルアンが先に駆け寄り、爪先で立ってノブを回して開く。


「おはよう、ルアンちゃん」


 そこにいたのは、満面の笑みで白い髪を揺らすラビ。赤い瞳と目が合うなり、ルアンはドアを押して閉めた。


「閉めるんじゃない」


 あとから来たクアロが開くと、ラビはクアロにも挨拶をして、ペコリと一礼する。


「おはよう、アンタ一人?」

「はい」

「な、なんで一人で来ちゃったのよ」

「ルアンちゃんにあいたくて!」

「そう……入りなさい」


 ラビが一人だと確認したクアロは、ダーレオク家が騒ぎになっていないのかと心配しつつもラビを中に入れた。

 ルアンはラビから離れるように後退り。ラビは歩み寄る。


「ルアンちゃん。たんじょうび、あしたで、なんかいめなの?」

「……六回目」

「? さっき、ごかいプラスαっていったよね?」

「!」


 腕を組ながら後退りするルアンも、クアロも目を丸めた。

 ルアンの誕生日の回数の話は、さっきしたばかりだ。

 クアロ達の反応に気付くと、ラビは耳の後ろに手を当てた。


「おそとから、きこえたよ」

「ああ……兎人の家系だったわね」


 クアロは納得する。


「え? どうしてしってるの? リリアンナさん、ヒミツだっていったのに」


 きょとん、とラビは目を丸めてクアロを見上げた。


「あ、それは、ルアンが言ったのよ。白い髪と赤い瞳と、個性的な容姿だから」

「すごーい! ルアンちゃん、あたまいいんだね!」


 ルアンが推理したのだと教えれば、ラビは目を爛々と輝かせる。そしてまたルアンに詰め寄った。

 それを見たルアンは、警戒心を剥き出しにしたようにラビを凝視する。

 そんなルアンに、クアロは驚く。ラビに苦手意識を抱いていると感じた。


「……そうだ。二人とも、待ってなさい。アイスでも買ってきてあげるから」

「はっ? ちょっと待てっ」


 ルアンが呼び止めようとも、クアロは部屋を飛び出す。


 ――私の家に泊まりに来たのは、ラビを避けるためね。

 ――少し二人っきりにさせたあと、苦手だと白状させてやる。


 ちょっとした悪戯をして、クアロは近くのアイスの店へ向かった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る