第33話 同族嫌悪。
ルアンは、腕をきつく組み、ドアに背中をつける。
目の前には、後ろで手を組んだラビ。
首を傾けながら、赤い瞳でルアンを見つめるラビは、笑みを浮かべたまま。
――なんか、コイツ嫌いだ!
ゾクゾクと悪寒を感じ、ルアンはその原因を睨みながら探る。
「どうしたの? ルアンちゃん」
「……お前。なんで急に、積極的になった?」
今までリリアンナの影にいて、俯いていたラビが、朝からクアロの家にまで来てルアンに近寄る理由を問う。
「ルアンちゃん。ボクのために、おこってくれた」
ラビは、舌足らずな静かな口調であっさりと答えた。一瞬なんのことだかわからなかったルアンだったが、思い出す。
リリアンナを罵倒した時だ。
「あれは……アンタのために怒ったわけじゃない」
「ボクもおなじこと、おもってたの」
同じこと。実の子を捨てておいて、ラビの母親になろうとしたリリアンナは、母親失格。
「おかあさんのフリするの、ゆるせない。でも、ボクら、こどものキモチをむししてるのは、もっとゆるせないよね」
「……」
「ボクはいえないから、ルアンちゃんがかわりにいってくれたから、うれしかった。ありがとう」
「……」
綻んだ顔を向けるラビに、ルアンは更に顔をひきつらせた。
最悪な母親を持ったのは、二度目。それでも子どものように、子どもらしく、母親失格だと怒鳴った。
同じことを思っていたラビは、大人しい子どもというより、大人のような子ども。
ルアンはそう感じた。
人生二度目のルアンよりも、ラビは大人びている。
――コイツも前世持ち?
――いや、そんなわけない。
ひょいひょいと前世持ちの者が、現れるわけがない。ラビはそんな感じではなかった。
――だが、確実にあたしより、頭がいい。
五歳とは思えない頭脳。五歳なのに、子どもらしくない子ども。
――これは、同族嫌悪?
昨夜、クアロに似ていると言われたように、似ているからこそ嫌いなのかもしれない。
――いや、嫉妬?
人生二度目のルアンよりも、頭がいい子どものラビに嫉妬。それは癪だが、あると認める。
だが、もっと違うものを感じて、ルアンは考える。鋭くラビを観察しながらも、悪寒の答えを探した。
雪のように真っ白な髪。色白の肌。綻んだ顔と、ルビーのような瞳。真っ直ぐに、ルアンを見つめてくる。
ゾクゾク。
首の後ろに、悪寒が走り、ルアンは強張った。同時に、悪寒の答えを見付けた。
――コイツに、好意を向けられてるからだ!!
ラビが、自分に惚れている。
リリアンナの結婚相手の連れ子に、好意を向けられている不快感からくる悪寒だ。
――自分から惚れさせて弄ぶならいいけど、視界に入れたくもない嫌いな奴に惚れられても、不快でしかない!!
――総じて、大嫌い!!
ラビから離れようと、ルアンはドアに背中をくっつけた。
「これ、カンゴクのためにかんがえてるもの?」
やっとルアンから目を離したラビが、クアロが寝ている間にまた広げた監獄やギアについた書いた紙を見る。
また頭がいいことを証明するように、字を読んだ。
――さっさと帰ってこい! クアロ! 仕返ししてやる!
ラビを睨みながらも、ルアンはクアロを恨みがましく思った。
「ふぅーん……にげないように、ルアンちゃん、がんばってかんがえてるんだね」
監獄の面会の脱獄阻止の案を考えている最中だと、ラビは紙を見て納得した。
気に食わないルアンは、それを片付けようと手を伸ばすが、先にラビが一枚手に取る。
「ひかりをふせぐ、ギア」
昨夜クアロと話したギアを書き留めた紙。
「これはあんまり、じつよう、できなさそうだね」
クリン、とラビが首を傾げた。
相手に近付かなければ、使えないギアだと、理解したのだ。
「かみにかいたもんように、ふれただけで、はつどうしたらいいのにね」
「は?」
「ギアって、どうやったら、はつどうするの?」
ラビはその紙をルアンに渡しながら問う。なんの発言かと思いながら、ルアンは答えた。
「紋様を書くために必要な光は、掠れない程度の濃さ。紋様が正しければ、魔法陣のように、ギアを発動させる」
ルアンのように光を込めすぎれば、強すぎるギアが発動する。
――どう考えても、ギアは魔法の類いなのに、この世界の住人は別物と認識しているなんて。変なの。
発動条件は、掠れない光で、紋様を描くこと。
当然、ペンで書いた紋様に触れたくらいでは、ギアなど発動しない。
「……!」
ルアンは、目を見開いた。
――逆に言えば、光で紋様を書ければ、発動はする!
――だから……!
ルアンの頭は、急速に働き始めた。目まぐるしく、あれじゃないこれじゃないと考え、まとめ上げていく。
「あれ、どうしたの?」
「!?」
「ルアンちゃん、なにか、おもいついたカオ、してるね」
「……」
ラビの声で、ルアンは我に返る。
ラアンは好意に満ちた赤い瞳で見つめながら、満足げな笑みを浮かべていた。
――コイツ、あたしの手助けした?
――屈辱!!
ギリ、とルアンは歯を食い縛る。嫌いな者に手助けされた。しかも、5歳の子ども。
今すぐにでも、追い出したかった。
「ルアンちゃん。きょうもおやすみなんだよね。あそんでほしいな」
「っ……」
ラアンは一歩、ルアンに近寄る。
屈辱だが、助けになったのは事実。これでも律儀なルアンは、こう言うしかできなかった。
「一回だけなら、遊んでやる!」
礼として、たった一回だけ遊ぶことを承諾。
一回だけ遊んだあとは、もう二度と会いたくない。
「わぁい! やったぁ!」
ルアンの心情を知ってか知らずか、ラビは無邪気な笑みを溢す。
「じゃあ、かくれんぼしよう。ボクがかったら、ルアンちゃんのたんじょうび、なんかいめかおしえてね」
ルアンの誕生日の正確な回数。
何故知りたがるのか、わからず戸惑う。だが、それを受けることにした。
「あたしに、勝てたらな」
教える気もない、負ける気もない。
ルアンは睨み付けたが、ラビはただ笑った。
◇◆◆◆◇
「なんで……」
ガリアンの館の廊下を歩きながら、クアロは膨れっ面をする。
「私がかくれんぼの鬼をしなきゃいけないのよ……」
ルアンの仕返しで、クアロはルアンとロアンとラビを探す役目を押し付けられた。
「早く見つけて終わらせましょ」
幸い、かくれんぼは1度きり。
広すぎる屋敷で見つけるのは一苦労だが、一つずつ部屋を開けて探すしかない。
部屋は、ガリアンメンバーが休息のために使っている。いるなら、まず人見知りのロアンとラビはいないだろう。ルアンなら平然と入るだろうが、ガリアンメンバーは顔色を変えるはずだから注意深く見る。誰もいない部屋なら、隅々まで探した。
「……ボスの部屋、にはいないわよね」
レアンの部屋まで来たクアロは、足を止める。ロアンとラビが入るとは思えない。だが、ルアンはいそうだ。
思いきって、ノックをした。返事がないのはいつものこと。
「ボス? ……ボース?」
中に入ると、いつもレアンが座っているチェアが背凭れを向けていた。そばのサイドテーブルには、ウォッカの瓶だけが置いてある。
それでクアロは、レアンが不在だと思った。
レアンの部屋は、落ち着いた赤黒い壁とカーペットで、一番奥は天井まで届く本棚が並び、大きな机が置いてある。
反対側にはバーがある。煌びやかなそれを流すように見てから、唯一飾られた絵に目を向けた。
まともにじっくりと見たのは、これが初めて。
金の額縁で飾られた大きな絵は、家族が描かれたもの。
ダーレオク一家。レアンが中心に座り、右にはルアン、左にはロアン。レアンの後ろにはラアンと、リリアンナ。
1年ほど前に描かれたもので、家族の絵らしくレアン以外は微笑みを浮かべていた。長い髪をツインテールにしたドレス姿のルアンまで、らしくない微笑みを浮かべていて、クアロは吹き出す。
すると、カラン、と氷がグラスに当たる音がして、震え上がった。
「ボ、ボス?」
クアロからでは見えなかったが、チェアにはちゃんとレアンがいる。
見える位置に移動すると、レアンはグラスを片手に絵を見ていた。クアロには目も向けない。
何故酒を飲みながら眺めているのかと、首を傾げたが、すぐに気付く。
「……明日、リリアンナさんは、帰るんでしたね」
一時的に家族が揃ったが、ルアン達の誕生日を終えれば、また欠ける。
感傷的になっているのかと思ったが、レアンが鋭い眼差しを向けた。
なにを言っているんだ貴様は。
静かに罵倒するようだった。
「いやぁ、でもっほら……愛している人、ですよね」
「貴様の舌を焼いてやろうか? このオレが、愛する女を逃がすわけねーだろうが」
鋭く吐き捨てられた台詞に、クアロはキュンッと締め付けられた胸を押さえた。
――私を愛して、放さないでぇえ!
クアロが勝手に脳内で興奮して悶えた。
レアンは視界に入れない。
――リリアンナには、もう愛はないってことよね!
クアロは、一方では安心した。
「おい。クアロ」
「は、はいっ?」
レアンから声をかけられて、クアロはびくりと震える。ウォッカの瓶が殴られるかと身構えた。
しかしレアンは絵を見つめたまま、動かない。
「明日、ルアンから目を放すなよ」
「へっ?」
誕生日のルアンから、目を放すな。
そんな命令に、首を傾げた。
「今日も泊まりたいと言ったので、離れません」
「……夕方には連れて帰れ」
「はい……」
部屋を出てけと、レアンの言い方から察して、クアロは部屋を出ようとしたが、ノブに手をかけて振り返る。
「ボス、私は貴方に愛される覚悟は出来てます!」
「死ぬか?」
間もなく、レアンから却下の返事がきた。
レアンの人差し指を向けられ、酒瓶で投げられるより恐ろしい目に遭わされると直感したクアロは、瞬時に逃げ去る。
続いて他の部屋を探していれば、ラアンの自室にいたロアンを見付けた。他の部屋には、ルアンとラビはいない。
残るは、ガリアンの監獄。ルアンなら、ベアルスの元にいそうだと思い、クアロは急いで向かった。
「おい、クアロ。どういうことだよ。てめえとルアン、明日まで3連休って、ずりーよ」
監獄の門番には、シヤンともう一人は不細工な顔の男。
しゃがんでいるシヤンは、不機嫌な顔をしてクアロを睨み上げる。
「ああ……明日、ルアンの誕生日だから、ゼアスさんが気を遣ったのよ、多分」
ゼアスチャンはルアンの誕生日を祝いたがったが、却下されていた。ゼアスチャンも、ルアンの誕生日を知っていたのだ。
与えられた3連休は無意味のように、ルアンはガリアンに入り浸ってしまっている。
「な、なに!? そんな大事なことなんで教えてくれねーんだよ!!」
「私だって、昨日知ったばかりよ」
「なにあげたらいい!?」
「私も考え中よ」
頭を抱えるシヤン。
誕生日と聞けば、祝うためのプレゼントを考える。当然の反応だ。しかし、ルアンは気に入らないらしい。
「ルアン、中にいる?」
「……言うなって、言われてる」
「いるのね」
目を背けたシヤンを見て、クアロはルアンがベアルスといると確信する。
溜め息をつきながら、扉を開けて中に入った。
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