第26話 冷静な男の心。
ゼアスチャン・コルテットは、冷静沈着な男で冷徹に仕事をこなす幹部だ。
信頼が厚く、ガリアンの財務を任されている。他の幹部と違い、問題を起こさない真人間。
しかし、その正体は――――ルアン・ダーレオクの熱狂的なファンである。
冷静沈着な仮面の下では、悶えるほどにルアンに夢中だ。
元々、レアン・ダーレオクの強さを慕ってついてきた。レアンにこき使われる日々は、ゼアスチャンにとって充実したもので、満たされていたのだ。
ある日、ルアンの話題になった際、他の幹部達はこぞって美女に育った場合、貰うと言い出した。精鋭部隊で酒を飲んでいた時だったため、レアンはその場で聞いていた。そして酒瓶で、ラアンとゼアスチャンとデイモン以外の幹部の頭をかち割った。
同じく酒を飲んでいたゼアスチャンは、うっかり言った。
「ボスに似た性格に育ったのなら、美しい女ボスになるでしょう。ぜひ、ルアン様の下で働きたいです」
それは単なるお世辞にも聞こえるものだったが、目敏いレアンはゼアスチャンを睨むと、新しい酒瓶で頭をかち割ったのだ。
ゼアスチャンは悔やんだ。
うっかりあれを言わなければ、髪を燃やしてしまったラアンの代わりに、ゼアスチャンがルアンの子守りを任されていたかもしれない。
ルアンのそばにいられたかもしれない。
ゼアスチャンは、ルアンが初めてギアを使った瞬間を目撃した。
五歳という幼い歳でギアを使えただけでも驚きだというのに、放たれた炎はまるで火山の噴火。
小さな手から、暖色系の色が蠢きながら熱風を放ち、そして地面を抉るように掻き消した。それは神のような技。
その瞬間、ルアンの強さの虜になった。
その瞬間、ルアンの強さに惚れた。
その瞬間、ゼアスチャンの中で欲が膨れ上がった。
――彼女の元で働きたい。
レアンの血を濃く継いだルアンの元で働きたい。
小さくとも、強さを秘めたルアンの元で働きたい。
――彼女の鋭い眼差しを向けられながら、息をする暇もないくらいこき使われたい。
――彼女に無理難題な命令をされて、それを見事こなして褒められたい。
――しかし罵ってもほしい。
――完璧を求めてダメ出しを徹底的にしてほしい。
――ブーツで踏みつけて、見下してほしい。
――踏み潰して罵ってほしい。
ルアンの初めてのギアを目にした瞬間、ゼアスチャンの欲は爆発した。
だが、ゼアスチャンは冷静が取り柄。これ以上ルアンに近付けない要因を作らないように、言動に表さないように心掛けた。
しかし一目見たくなり、仕事の合間に門番のクアロと一緒にいるルアンを何度も何度も見る。それだけに留めた。
おかげで進展がなかった犯罪組織を潰す仕事で、ルアンを囮にする作戦の指揮を任された。
犯罪組織の頭であるベアルスが見付かれば、囮作戦の必要はなかったのだが、決行することとなった。
ルアンは自分の身を守れると、レアンが判断したのだ。
予想より早い決行だが、ルアンならこなせるはず。ゼアスチャンは確信していた。
ルアンがガリアンに入ることを認めてもらうための試験。第一歩だ。
――ルアン様の元で働ける。
沸き上がる高揚感が言動に出ないように、気を引き締めた。
久しぶりに見る長い髪とドレス姿のルアンを目の前にしても、動じないようにした。
しかし、乗車していたドミニクが馬車から落とされ、そしてルアンに愛らしい笑みを向けられて、激しい動揺に襲われた。
ドミニクを落としたクアロとシヤンは、ルアンの指示を受けたのだと予想がつく。
だが、ルアンが笑みを向けてくる理由がわからなかった。
身の危険を感じる。ゼアスチャンは、一方でゾクゾクと興奮を感じた。
目の前にいる美しい少女が秘めた力のせいだ。
「ゼアス、チャン、さん?」
声を弾ませて、ルアンはゆっくりと歩み寄る。
「なん……でしょうか、ルアン様」
床に座ったままゼアスチャンは返事をした。
「お願いがあるのです。私はね? ベアルスをこの手で捕まえたいのです」
猫撫で声を向けるルアンは、笑みを浮かべている。可愛らしくとも、翡翠の瞳には鋭利な強さがあった。
「ルアン様。ボスが言ったように、面会システムの件は方法を思い付けば、検討すると。ベアルスを貴女様自身の手で捕まえずとも」
「ゼアス、チャン、さん?」
ゼアスチャンは説得しようとしたが、ルアンは遮る。
そして、ルアンのブーツが、ゼアスチャンの左肩に置かれた。次の瞬間、ゼアスチャンはそのブーツに押し倒される。
「私にこうされたいんでしょ?」
「えっ」
ゼアスチャンは、息を飲んだ。
「隠してるつもりなの? バレバレですよ。命令されたいんでしょう? この私に」
「な、なんの、ことでしょうか」
「とぼけちゃうの?」
ぽすん、とルアンはスカートを軽く舞い上がらせて、ゼアスチャンの胸の上に座った。
とぼけても、無駄だ。
ルアンには見抜かれている。冷静の仮面の下に抱く欲を、ゼアスチャンは隠しきれていない。
「こんな子どもに踏まれて、罵ってほしいんでしょう?」
まるで、心を読んでいるように、言い当てる。
「私のこと、いつも見て、なに想像していたのですか? 気持ち悪い」
笑顔でルアンは言い放ち、ゼアスチャンのネクタイを手に取る。掴んだままルアンは、笑顔を近付けた。
「へーんたい」
耳に囁かれたルアンの声に、ゼアスチャンは微かに震え上がる。
「私の下で働きたいなら、従ってくださいよ。ベアルスを捕まえるまで、他の幹部を足止めしてくれれば、いいんです。そーすれば」
ふー、とルアンはその耳に息を吹き掛けた。間近にある翡翠の瞳は、また鋭利に光る。
「ガリアンに入った私が、こき使ってあげますよ」
ルアンがネクタイを引っ張り、ゼアスチャンの首が絞まった。
「呼吸する暇もないくらい、手足みたいに使ってあげます。望みでしょう?」
またネクタイを引っ張る。
「あら、いや?」
ゼアスチャンが言葉を失っていると、ルアンは首を傾げた。
「そう、なら、貴方には頼みません」
にこり、とルアンは上っ面に笑うと、ネクタイから手を放す。
ゼアスチャンは、焦った。ルアンから与えられたチャンスを、逃したくない。ルアンの手を掴んだ。
「ご……ご命令をください……」
ルアンの頼み事ではなく、命令をされたい。命令がほしい。
ゼアスチャンの心の懇願さえも、ルアンには見抜かれている。
「二度言わせないで」
ルアンがベアルスを捕まえる協力をするだけ。今回の命令。それをこなせば、これからもルアンに振り回してもらえる。
ルアンの命令をこなす充実した日々を、手に入られるのだ。
美しい少女に、見下されて、踏み潰されて、罵られる日々。
ゼアスチャンは想像するだけでも、呼吸が出来なくなりそうなほどの興奮を覚えた。
「ゼアスさん」
囁いたルアンの瞳は、レアンとよく似た眼差し。だが、ゼアスチャンの上に座るのは、美しい少女。その小さな身体には、不釣り合いな強さを秘めている。その強さに、押し潰されそうだと感じた。
ゼアスチャンにとって、それは堪らなく好きな感覚なのだ。それを自覚させたのは、このルアンだった。
「しくじったら、お仕置きですよ」
冷たく告げられたルアンの言葉に、ゼアスチャンの身体に感電したような痺れが走る。
――嗚呼、至極の喜び!
ゼアスチャン・コルテットは、冷静沈着で冷徹に仕事をこなす男。少女の命令に喜ぶマゾだ。
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