第25話 美少女。
二日準備期間中に、作戦参加者の打ち合わせをしたが、精鋭部隊は大半をサボった。まともに参加したのは、ルアンとクアロとシヤン、そしてゼアスチャンだけ。
精鋭部隊の中で一番顔を出したのは、トラバー。ゼアスチャンの説明など聞かず、ルアンにばかり話しかけていた。
ルアンは鬱陶しいと視線を送るだけで、相手にしない。トラバーも早々に諦め、ゼアスチャンの話の途中で抜けた。
翌朝、作戦決行の日。
朝早くに起こされたルアンは、眠気で重くなる瞼を開くことに意識を向けた。あとは考えることに集中した。
リリアンナが取り寄せたドレスとウィッグは上質なもの。恐らく、レアンは家に戻る条件の一つに出したのだろう。
ルアンの試験を初めから考えていたくらいだ。レアンは抜け目ない。
リリアンナが用意したものだと思うと、嫌気がさすが、あれ以来リリアンナからの接触はないため、ルアンはそれを考えないようにした。
ルアンの髪色と同じ長いウィッグは、艶やかで本物にしか思えないものだ。後ろには、蝶のようなリボンを飾り付ける。
橙色を貴重にしたドレスを身に纏い、その長い髪を垂らしたルアンは、美少女そのもの。
変貌ぶりを眺めていたクアロとシヤンは、口を大きく開いたまま固まった。
セットしたメイドウは、大興奮だ。褒め言葉を並び立てながら、執拗以上に髪やドレスを整えるが、ルアンは何も聞こえていないようにただ考え事に専念した。
「……あれだな。馬面にもドレスだな」
やっと声を出したシヤンに、ルアンは目を向ける。
ルアンの前世の世界で、ことわざの馬子にも衣装があるが、それと似ていた。
馬面の不細工な娘もドレスを着ればまともに見れる、から出来た言葉だ。
大抵は貶す言葉に使われるもののため、メイドウもクアロもシヤンを睨んだ。
そんなしゃがんでいたシヤンを、ラアンが蹴りを入れて床に倒した。ベッドで大人しく見ていたロアンは、ルアンに言葉の意味を問う。
そこでルアンの部屋の扉がノックされた。メイドウが開けると、ゼアスチャンが中に入る。
「おはようございます、ルアン様。……とてもお美しいです」
「……どうも」
ルアンを見つめると、静かに褒め言葉を贈る。ルアンは会釈をして、椅子から降りた。
「出発の準備は済みました。ルアン様の準備はよろしいでしょうか?」
「はい」
ゼアスチャンは頷くと先に部屋を出る。メイドウも慌てた様子で部屋を出て、ルアンは続こうとして振り返る。シヤンとクアロに、視線を送った。
クアロとシヤンは表情を固くして自分のお腹を擦って、ルアンに続く。
ラアンはその反応に不審に思いながら、ロアンに続いてルアンの見送りに行った。
廊下の途中で、ルアン達はレアンに会う。ルアンは駆け寄ると、レアンの胸に飛び込んだ。レアンは咄嗟に受け止めて抱き締める。
「いってきます、父上」
「……おう」
ぎゅ、とルアンはしがみつくと、囁いた。
「必ず捕まえて帰ってきますね」
「……」
レアンは黙って下ろすと、クアロに目をやるだけで歩き去る。
いつものルアンに何かあったら許さない、と込めた睨みだった。
クアロは、またお腹を擦る。
屋敷の外に馬車が二つ、待っていた。運搬用の馬車で、荷台は革のシートの屋根で覆われている。それに乗ってオルニリュンの街に入るのだ。
シヤンもクアロも、ガリアンのコートは着ていない。一般人に見せ掛けている。
ベアルスには、ガリアンが不在と思わせ、罠にかかってもらうのだ。
「わぁ、ルアンちゃん、すっごく可愛いね! 素敵だよ!」
笑顔のトラバーは真っ先に歩み寄り、階段の上でルアンに詰め寄る。青い瞳で見つめると、やがて顔を近付けた。
「やめろ、トラバー」
「え、ほっぺにチューするだけだよっ? ちょっとー」
ゼアスチャンは止めて、トラバーをルアンから引き離す。
クアロはなにかされる前に、ルアンを抱え上げて馬車に乗せようとした。しかし中を見て、ギョッとする。
「おーう、ルアンちゃん。可愛くなったじゃねーか」
木箱が積まれた中には、既にドミニクがいた。ドミニクはルアンをクアロから奪って乗せる。
クアロは動揺してシヤンと顔を合わせたが、シヤンは苦い顔をするだけ。
「あ、あのー、ドミニクさん? 一緒に乗るのですか?」
「ああ、なんか文句あんの?」
「い、いえ……」
ドミニクがにこりと笑いかけてくるが、上っ面なものだ。クアロはただ目を逸らす。
「ルアン……いってらっしゃい」
クアロの足元から、ロアンがルアンに言った。
「いってきます」とルアンは、見下ろして返す。
「気を付けろ、ルアン。よろしく頼みます、ゼアスさん」
ラアンも声をかけると、ゼアスチャンに念を押した。
「はい。お任せを」
ゼアスチャンは返事をすると馬車に乗り込んだ。しょんぼりするロアンを、ラアンは抱え上げた。ルアンはヒラヒラと手を振る。ロアンは目をうるっとさせて、手を振り返した。
クアロ達も馬車に乗り込むと、パタパタとメイドウが駆け寄り、昼食を詰めたバスケットを渡す。
「あ、それもちろんオレの分もあるよねー?」
「ふふ、ありませんわ。ルアン様とゼアスさんとクアロとシヤンだけですわ」
ドミニクに、メイドウは笑顔で言い張る。一つの馬車に、四人だけ乗る予定だったのだ。
「ちょっとちょっとメイドちゃんってば、そんな意地悪言うなよー。美味しいランチ、オレにもちょうだい」
メイドウに近付き、ドミニクは優しく笑いかける。それは下心が見え見えの笑みだ。
「言っておきますが、ルアン様の髪を燃やしたら、ただじゃおきませんから」
「うっ……」
メイドウは自分の頬に手を当てて、にっこりと笑い返す。ドミニクは気圧されて身を引いた。
精鋭部隊のドミニクの反応に、クアロ達は驚き、そしてメイドウを見る。
「ルアン様、ああ本当に美しいですわ、ああずっと見つめていたいですわ、ああルアン様」
「煩い」
「寂しいですわルアン様! 無事に帰ってくださいませ!」
メイドウはルアンに熱い視線を送るが、いつものように無視をしてルアンは木箱の上に座った。
メイドウ達に見送られ、馬車は出発する。半日かかるため、休憩はしない。
足を揺らすルアンの向かいに、クアロとシヤンは座る。一番奥にゼアスチャンが片眼鏡をつけて書類を見直していて、ルアンの右隣にドミニクが腰を下ろした。
「顔色、悪いわね。二人とも」
ルアンがクアロ達に声をかける。
「ルアンは平然としすぎだろ……」
シヤンは笑みをひきつらせながら言う。
「ちょっとは緊張しろよな。ガリアンに入れるなら、もっとはしゃぐとか、あるだろ」
「あたしがはしゃいだ姿は見たことあった?」
「……」
「……」
しれっと返すルアンに言われ、クアロとシヤンは思い返してみた。しかし、ルアンが冷静沈着だった姿ばかり浮かんだ。
「そう言えば、二人はどうやってガリアンに入ったんだっけ?」
首を傾げてルアンは、初めて二人がガリアンに入った経緯を問う。入った理由は知っているが、経緯は知らない。
「オレは普通にトラバーさんに声をかけたら、すんなり入れてもらえたぜ」
母親を強盗に殺された過去を持つシヤンは、正義感からガリアンに入った。
「私は住むところを探して、エンプレオスに来たの。ダイナーでジュース飲んでいたら、ボス達がそこに酒を買いに来たのよ。ダイナーのオーナーと親しい様子で話してた」
「ああ、ダイナーのおばちゃん?」
家族に勘当されてエンプレオスに行き着いたクアロの話に出たダイナーのオーナーを、ルアンも知っている。かなり年配の女性だ。歳で縮んだように小柄で、いつもシワの多い顔に微笑みを浮かべている人。ガリアンメンバーの大半には、親しみを込めて「ばぁちゃん」や「ババァ」と呼ばれている。
ガリアン創立前から、馴染みの店なのだ。ガリアンメンバーは常連。悪がきの母親のような存在なのだ。
「最初は絡んでるのかと思ったのよ。だってボスったら、まだくたばってねーのかババァって言ったんだもの。でも見てたら、ボスってば優しい顔をしてて……惚れた!」
乱暴な言葉を使っていても、オーナーに優しい顔を向けたレアン。それが、クアロが恋に落ちた瞬間。
「その場で、付き合ってほしいって、言った!」
次の瞬間の行動は早かった。
「なんでお前まだ生きてるんだ」
「殴られなかったの」
シヤンはクアロから距離を置く。ルアンはレアンに殴られたと予想した。
「ギアでぶっ飛ばされそうになった」
告白の返事はもちろん拒絶。問答無用でギアで攻撃されかけた。
しかし、クアロには防のギアがある。それを使って防いだ。
ルアンは納得する。
「それで使えると思ってガリアンにスカウトされたのか」
「運命よね」
「利用されただけだよ」
ルアンは現実を突き付けるが、それでもクアロはレアンにのぼせた。
「オレは君のお父さんと、ガリアンを作ったんだ」
聞いていないが、ドミニクがルアンに話す。
ドミニクは、ルアンを隅々まで見た。クアロ達から見ても、いやらしい視線だ。鼻の下まで伸びている。ルアンの将来を想像しているのだ。
ルアンはドミニクを一瞥すると、クアロ達に視線を送る。渋々といった様子で、クアロとシヤンも立ち上がった。不安定な走行中の馬車の中のため、よろめきながらもドミニクに近付く。
二人の行動にゼアスチャンも、ドミニクも目を向けた。
「ドミニクさん、申し訳ないのですが、この馬車を降りてください」
「は?」
「ボスに言われてるのですよ、ルアンに近付けさせるなって」
「はぁ?」
きょとんとしている間に、ドミニクの腕を掴み、二人が引き摺る。
「おい、ちょっ……本気かよ!?」
「ボスなら本気でやります!!」
「許してください!!」
「確かにやるけどっ、うおお!?」
レアンなら容赦なく走行中の馬車から突き落とす。レアンの命令だから許せと言い、二人はドミニクを馬車から突き落とした。
あとから、ドミニクに仕返しをされると思うと、青ざめるが仕方がない。
ドミニクとルアン。恐ろしいのは、ルアンの方だ。
「ルー」
クアロはルアンを振り返る。ルアンは木箱から降りると、ゼアスチャンを向いた。
ドミニクが落とされて、流石に呆然としたゼアスチャンは、ルアンと目を合わせる。
ルアンはドレスを整えると、にこりと愛らしい笑みを向けた。
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