第24話 幹部。
ガリアンが捕まえた犯罪者を入れる監獄前。
「よっしゃああっ!!」
シヤンが両手で拳を作り、雄叫びを上げた。赤黒い髪は、その心情を表して燃え上がるように揺れた。
「なにはしゃいでんのよ」
「だってよ! 初任務じゃん! 今まで見回りと門番だけだったんだからさ!」
隣に立つクアロは呆れた目を向けるが、興奮した様子のシヤンは笑ってクアロの背中をパンパンと叩く。
クアロとシヤンは、ガリアンの中でもしたっぱ扱い。入りたてのため、当然である。精鋭部隊とともに標的を捕まえに行く。それは滅多にこないチャンスだ。
「手柄を立てるためじゃないわよ! 私達の役目は合図をしたルーをアジトから救出すること! これはルーの試験だから!」
「わあってるし! ルアンが正式にガリアンに入るんだろ!」
クアロが念のために言うが、理解しているのかと疑ってしまうほどシヤンの顔は緩んでいる。
しかし、いつもの木陰に座るルアンの機嫌があまりよくないと気付く。
「どした、ルアン。お待ちかねの試練だろ」
「……私の試練なんて名ばかりだ」
監獄を見上げていたルアンは、扉の前に立つシヤン達に目を向ける。
「変態野郎を一網打尽にする餌に使いたいのよ。私は奴の好みであり、身の守り方も知っているから。釣り上げた奴を、精鋭部隊が捕まえておしまい。手柄は奴らのもの」
足も組むと、ルアンは言い放つ。
「そうはさせない。これはあたしの仕事。あたしが奴を捕まえてやる」
翡翠の鋭い眼差しは、獲物を見据える猛獣のものに見えた。シヤンもクアロも息を飲んだ。
「お、おいっ、ルアン!」
口を挟むのは、クアロ達が離れている間、門番をやっていたラアン。ルアンと同じ植木に腰を下ろして、ロアンと並んでいた。
「この作戦は半年も待ったんだ! ルアンのギアが上手くなる前までに、出てくることを待ったが、未だに姿を現さない。だから、仕方なく……お前に囮を……」
ラアンは、本当は囮をやってほしくないと一度俯く。
「合図したら逃げろ。お前はそれでいいんだ、あとは精鋭部隊に任せるんだ。合図したら、精鋭部隊が仕留める」
精鋭部隊が確実に捕まえる、というニュアンス。
「オレは参加できないが……」とまたラアンは俯く。先程からラアンは、一緒に行けないことを落ち込んでいた。恨みがましく、シヤンとクアロを睨む。
「無理したら、作戦は台無しになる。頼むから、自分で捕まえようとしないでくれ」
ラアンが説得するが、ルアンは鋭い眼差しを向けるだけで黙る。ルアンの怒りを感じて、ラアンは震え上がった。
「ルー。精鋭部隊を出し抜けないわよ。アンタが合図したら、駆け付ける手筈だし、その合図で奴と戦っても、部下の数も力量もわからないのよ。危険すぎる」
「まー、一度ガリアンメンバーを負かせた奴なんだって言うから、相当強いんだろうな。確か、この監獄にいる奴らの中には、いないよなぁ。ガリアンと戦って勝ったのはさ」
クアロもシヤンも、ルアンと目を合わせずに言う。ルアンに睨まれないためだ。
ルアンが一人で乗り込み、そして一人で捕まえるのはあまりにも無謀。
言い回しても、結果的にルアンには捕まえられないと言っている。強気なルアンには、それは屈辱的だ。
「煩いなぁ……」
ルアンが立ち上がれば、ラアン達は少し身構えた。飛び蹴りでもするのかと心配したが、ルアンは彼らを見ていない。監獄を見つめて考え込んでいた。
「ちょっとルアン。監獄のシステムを考えてるの? 先ずは作戦に集中しろってボスも言ったでしょ」
「……煩いな」
クアロが注意するが、ルアンは目を放さない。
「おい、ルアン」
シヤンが声を潜めて、ルアンに知らせる。
視線を追い、ルアンが振り返ると、数人の男達が館から出てきて、ぞろぞろと歩み寄ってきていた。
シヤンとクアロは、口を閉じる。緊張して、背筋を伸ばした。
ルアンはズボンのポケットに手を入れたまま、彼らを見据える。
黒いコートを靡かせ、黒髪をオールバックにした男が笑ってルアンに手を伸ばした。じっと見上げたルアンは、その手を避けない。男はルアンの襟を掴み上げると、階段を上がる。
ギョッとしたクアロとシヤンを、他の男達が退けて、監獄の扉を開けた。
そしてルアンは、中に放り投げられる。小さな身体はよく飛んだが、上手い具合にルアンは着地した。
その途端。
監獄の中に野太い悲鳴が響き渡った。ルアンを目にした囚人が、恐怖で悲鳴を上げる。他の囚人にも恐怖が伝染していき、監獄は悲鳴に満ちた。
監獄は、2メートル近くの石の壁で固められている。ギアでも壊せない頑丈な壁の監獄の唯一の出入り口は、たった一つの扉のみ。だから囚人は脱獄するために扉に向かう。
中は鉄格子と石の壁に区切られた牢屋が並ぶ。壊した場合、囚人本人に直させている。
悲鳴に耐えながら、ルアンは監獄内を観察した。
「ぷははっ! まじだ、本当に怯えてやがる!」
「あはは! ほんと、すごいなぁ」
「ウケるなぁ!」
男達は囚人を見て、腹を抱えて笑い声を上げる。
彼らは、ガリアンの幹部。作戦に参加する精鋭部隊だ。
ルアンを放り投げた黒髪の男の名は、ドミニク・デュケン。ワイシャツをだらしなく着て、コートをだらしなく羽織った姿。
右の後ろに立つ長めのブロンドをハーフに束ねた目の細い男の名は、サミアン・ヴィヘン。
ドミニクとサミアンは喧嘩三昧、女にはフラれっぱなしでよく泥酔している。
ドミニクの左側に立つ茶髪の優しげな笑みを浮かべる優男は、トラバー・ホレイション。上質なブルーのワイシャツとコートをきっちり着ている。
彼は街の多くの美女と寝たらしい。依頼にくる美女と火遊びをしたり、人妻と寝たりして、トラブルをよく起こしている。
後ろに立つ一番大きな男は、褐色の肌とスキンヘッド。一番豪快に笑っている彼の名は、エメルソン・デンバー。幹部の中で唯一の既婚者ではあるが、浮気をして年中妻と喧嘩をしている。
「ごめんねー? ルアンちゃん、ちょっと噂を確認したくて。怪我ない?」
トラバーは笑いかけて、ルアンの前に片膝をつく。
囚人がルアンに怯えているという噂を確認するためだった。トラバーも楽しんだようだと、ルアンは鋭い眼差しを向けるだけ。なにも言わない。
「見てみたかったなぁ、吊し上げて拷問したんだって? レアンの血を濃く継いだんだなぁ」
「ほーんと、まじ似てるなぁ」
ドミニクとサミアンは、ケタケタと笑った。
「だが、将来はリリアンナに似た美女に育つんだろうな! 楽しみだな!」
またエメルソンは、豪快に笑って膨れたお腹を叩く。
それには、ルアンは眉毛をピクリと動かした。
「そうそう! 髪が長かった時は可愛かったよな? 絶対美人になるって!」
サミアンは、エメルソンを振り向いて頷く。
「ボスに似た強さと、リリアンナに似た美貌を兼ね備えた女の子。将来が楽しみだね」
ルアンの前にいるトラバーは、にっこりと笑いかける。ルアンに興味津々といった様子で見つめた。
ルアンはそれを見つめ返してから、エメルソンの背後に微かに見えたクアロとシヤンに目を向ける。ルアンの元に行きたくとも、エメルソンの太い腕に押さえ付けられていた。
「やめてください!!」
ラアンは隙間から入り込み、ルアンの元に行こうとした。だが、エメルソンの隣に立つ男が掴み、鉄格子の方へ突き飛ばす。
「てめぇは、引っ込んでろ」
低い声を吐き捨てると、サミアンとドミニクを押し分けて、ルアンの前に来た。
癖のあるダークレッドの髪の男の名は、デイモン・ウェス。鋭い眼差しの持ち主でも、魅惑的な男。襟を広げて首元を晒している。
彼は黙っていても女性が寄ってくるが、その扱いは乱暴的で常に女性を泣かせてきた。女性の元恋人や男友達が仕返しに来ては、返り討ちにした。
この幹部達は問題を起こすが、ガリアンの精鋭部隊こと幹部だ。喧嘩も強いが、なにより手練れのギア使い。
「このクズ野郎どもの反応なんて、どうだっていいんだよ。本当に囮をこなせるのかよ?」
ギロリ、とデイモンは睨む。ルアンは目を丸めると、少し身を引いた。その反応に、デイモンが更に目を鋭く細める。
「なんだよ、オレに怯えてるのか? それで本当に囮が出来るかって聞いてんだよ!!」
デイモンが怒鳴ると、ルアンはビクリと震えて俯いた。
「ちょっとちょっと、デイモン。怖がらせるなよー。ルアンちゃんは頑張ってくれるさ」
トラバーは間に入ると、ルアンの盾になる。そしてルアンの頭を撫でた。
慌ててラアンは、ルアンに駆け寄る。
「ギア使えるんだから、合図できればじゅーぶんじゃん」
「ロリコンなんだろ? ルアンちゃんなら絶対アジトに連れていくって」
サミアンとドミニクは、デイモンとは違い心配などしていない。
デイモンは気に入らないと二人を睨むが、ルアンに目を戻す。
「雑魚の失態のせいで、長引いたんだよ。また雑魚に足を引っ張られたくねぇ。失敗は……容赦しねぇぞ」
睨み下ろして、デイモンがルアンにプレッシャーをかける。そして先に監獄を出た。
「気にしないでルアンちゃん。怒りっぽいだけなんだよ。最近特に機嫌悪くって。作戦にはオレ達がついているから、安心してねぇ? じゃまた明日、打ち合わせで」
トラバーはまた優しくルアンに笑いかけ、デイモンに続いて監獄を出る。
「そうそう、アジト見付けて、ドッカーンとやってねー、ルアンちゃん」
「あとはおにーさん達に任せろ」
「ま、よろしくな!」
サミアンとドミニクもルアンに笑いかけてから先に行き、エメルソンもニカッと笑って出ていった。
俯いていたルアンは、顔を上げると頭をパタパタ叩く。そして舌打ちをする。
幹部の登場で大人しくなった囚人達は、苛立ったルアンが拷問を始めるのかもしれないと悲鳴を上げ始めた。
「うるせーんだよっ! 小鳥みたいに鳴けないなら、黙っていやがれ!!」
ルアンは、その小さな身体で出せたとは思えない大きな怒声を轟かせる。クアロ達も震え上がったが、囚人達もまた震え上がり、口を閉ざした。
ルアンの要望通りに小鳥のようには鳴けないため、皆が黙ったのだ。
静かになった監獄を、ルアンは腕を組んで眺めた。観察していたが、ラアンはルアンをそこから出そうと背中を押す。監獄を出ると言った。
「見ての通りだ。依頼された仕事なのに手下がへまし、こっちの評判に傷がつきそうなんだ。精鋭部隊のプライドが許さない。あの人達は、絶対に逃がさないぞ」
そうは見えなくとも、ルアンのようにデイモン達は猛獣の眼差しで仕留めに行くつもりだ。ルアンが抜け駆けする隙などない。
ルアンは足を止めると、腕を組んでまた黙り込んだ。
「なに考えてるのよ?」
「……」
扉を閉めて、クアロとシヤンもルアンの顔を覗く。するとルアンは顔を上げて、にこりと笑いかけた。悪寒が走り、二人は震え上がる。
次にルアンは、館の窓からこちらを見ているゼアスチャンに目を向けた。目が合うとゼアスチャンは、会釈をして廊下を歩き去る。
「……奪い合いに勝てばいい」
弱肉強食。獲物を決して逃がさず、奪い合えばいい。
ルアンは猛獣のように、翡翠の瞳をぎらつかせた。
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