第23話 入隊試験。




 エンプレオスの街を守る自警組織、ガリアンの館のボスの自室。

 ルアンとクアロは呼ばれ、試験内容の話を聞いた。幹部、ゼアスチャンから渡された書類には、とある街についての情報が記載されている。

 ここから馬車で半日ほどかかるオルニリュンの街は、エンプレオスよりも一回り大きい。宝石が川に流れていたと伝説を持つこの国の南部で、宝石商が一番盛んな街である。

 そんな街を、拠点にしている犯罪組織がいるのだ。主に武器の売買を行う組織だが、宝石商や屋敷に強盗に入り、金品と宝石も奪っている。今の見解では、武器売買の資金調達。

 当然、オルニリュンから、その組織を捕まえることを依頼されていた。それは半年も前のこと。

 半年前に、調査中のガリアンメンバーが、組織の頭(トップ)と遭遇して対決したが、メンバーの方が敗北。その後に、精鋭部隊がアジトと思われた屋敷に乗り込んだ。しかし、既に逃亡。

 それ以来、組織はガリアンを警戒して、身を潜めている。メンバーに見張らせているが、資金調達のために強盗をした手下だけが捕まった。その手下は組織の上層部の潜伏先を知らされていない。蜥蜴の尻尾切りだ。

 組織の頭(トップ)を捕まえなければ、組織が潰せない。依頼が果たせないという状態。

 全てを仕切っている組織の頭(トップ)の特徴は、ライトグリーンの瞳とブロンドの髪を束ねた若い男。

名は、ベアルス。

 防の紋様を使って、メンバーを敗北させた腕のいいギア使い。脇を固める側近の部下もまた、ギアの腕前はいいと推測。


「集団脱獄の件で、ルアン様が捕まった囚人の中に雷のギアを使った男ですが、彼が強盗をして捕まった手下です。彼から上層部を含む組織の頭(トップ)が身を隠すアジトは、街の中心部にあると情報を引き出しました。強盗の指示は上層部の人間が、ふらりと現れて告げただけだそうです。それ以上の有益な情報は得られませんでした」


 見計らって、レアンのチェアの横に立つゼアスチャンが一部を読み上げた。

 ルアンはぼやけた記憶を思い返す。焦げ茶の髭の男の顔は、曖昧だ。


「なら、しらみ潰しで見付けるのですか?」


 少し萎縮しつつも、クアロは問う。それにルアンが淡々と答えた。


「街の中心部をガリアンがしらみ潰しで探したら、次は街を出ていくかもしれない。この組織の頭(トップ)は、慎重だ。すぐに察知して、早々にまた逃げかねないでしょ」


 半年も身を隠した標的は、ガリアンの捜索を察知して逃げてしまう。街の住人は平和が訪れたと胸を撫で下ろすかもしれないが、ガリアンとしてはそうはいかない。

 一度捕まえ損ね、半年も長引かせ、挙げ句には逃げ切られる。ガリアンらしくない。

 標的は捩じ伏せる、暗黙のルールだ。


「はい。ルアン様の仰る通りです」


 ゼアスチャンはルアンに会釈をすると、続けた。


「住民から情報を集めたところ、標的の弱点を見付けました」


 標的、ベアルスの弱点もまた、記載されている。

 複数の子どもが、組織の者に誘拐されたという。

 そして、ベアルスと特徴の合う若い男と会ったらしい。

 子ども達は男の話を聞きながら、服を着替えさせられたという。まるで人形遊びのように、上質そうな服。数時間ほどで帰されたという。

 誘拐に遭った子どもは、五歳から十歳の男の子や女の子。いずれも、美しい容姿。


「げ、変態……」


 クアロは青ざめて漏らす。性的暴行の記載はないが、子どもの着せ替えが趣味の犯罪者。嫌悪を抱く。


「でも珍しい」


 ルアンが興味深いと言った。


「なにが?」

「子どもに犯罪を侵す犯罪者は、嫌悪を抱く。クアロが今感じたように、他の犯罪者も同じ。小児性愛者は、犯罪者の中でも嫌われ者」

「しょ、小児性愛者って……子ども達はそういう被害に遭ってないから、違うでしょ」


 ルアンの口から出た単語に、クアロはギョッとした。

 ルアンがその意味を理解しているのかと疑問に思いながらも、クアロは言葉を選ぶ。しかし、ルアンのことだ。理解している。

 小児性愛者は、子どもに対する性的嗜好を持つ人間のこと。


「着せ替えで満足するタイプなんでしょう。そんな変態な奴のために手下が子どもを何度も誘拐するなんて、そのベアルスは相当のカリスマ性の持ち主なのかもしれない。半年も身を隠くす慎重さや、防のギアを使う辺りから、几帳面なA型。クアロもA型でしょ」

「うっ……まぁ、そうだけども」


 淡々と言うルアンと書類を交互に見て、クアロはルアンの鋭い洞察力に困惑する。


「変態でも、武器売買と強盗をこなす犯罪組織のカリスマボス。……これは捕まえたあとも厄介な男になりそう」

「……?」


 ルアンの意味深な呟きに、クアロは質問をしようとした。しかし、ルアンは答えない。

 書類から目を離し、ルアンはレアンに目を向けた。


「その男を釣るための餌となり、捕まえる。それが私の、ガリアンに入るための試練ですか? 父上」


 慎重なカリスマ犯を見付け出すには、子どもで釣ることが最適だ。顔が整っている5歳のルアンは、彼の好みに当てはまる。


「ちょ、まさかっ!! ボス、ルアンがギアを使えるようになってから、この犯罪者を捕まえるために使う気だったんですか!?」


 遅れて、ルアンが囮に使われる理解したクアロは声を上げた。

 ルアンがギアを初めて使えるようになった日から、レアンはこの件の囮に使うことを考えていたのだ。


「てめぇは、さっきからうるせぇんだよ。黙っていやがれ」


 クアロの反対は無意味だと言わんばかりに、レアンが一蹴。クアロは押し黙った。


「ギアを使えるようになったルアンなら、身を守ることが出来るだろ。野郎も子どもがギアを使うとは思わねぇ。隙をつくのも容易い。集団脱獄にも臆さず、ギアを発動したんだ。自分の身を守れるよな? 自信がなきゃ、止めろ」


 見下すような鋭い眼差しで、レアンは厳しく言う。

 ギアを使えるからこそ、ルアンに囮をやってもらうのだ。それはガリアンの秘密兵器とも言える。

 全ては、ルアンの意思次第。


「やります」


 ルアンは即答した。翡翠の瞳は、自信と意思の強さを示している。


「お前は囮だ。奴らがお前に目をつけてアジトに連れていき、頭(トップ)の男を確認したら、ギアで派手に合図しろ。それがルアン、お前の試験だ」


 頭(トップ)を捕まえろ。

 レアンの口から、その言葉が出てこなかった。

 ルアンはその瞳を細める。真っ直ぐに見ているレアンは続けた。


「オレとラアン以外の精鋭部隊が駆け付けて確保に行く手筈だ」

「え? ボスは行かないのですか?」

「ルアンの試験にオレとラアンがいたら、意味がねぇだろーが。ルアンが奴を見付け出して、ギアで合図すればいい。てめえと赤毛のガキも行け、合図を済ませたルアンの保護をしろ」

「は……はい……」


 レアンもこの作戦に参加しないと知り、クアロは俯く。またもやレアンと出張が出来ないことより、ルアンが心細い思いをするのではないかと心配して見る。

 レアンがいれば心強いはず。

 だが七光りでガリアンに入ったわけではないと示すためには、作戦に参加しない方がいい。

 ルアンがアジトへ一人で乗り込み、半年隠れた標的を見付け出せば、集団脱獄の件もあってガリアンメンバーは納得する。

 チェアに深く座るルアンは、腕を組んで口を閉じていた。クアロにはルアンが今何を考えているのか、わからない。


「……なにか、文句があるのか?」

「……いいえ」


 レアンとルアンのそのやり取りは、殺伐としていた。

 見据え合う2人に、クアロは緊張で固まる。ゼアスチャンは、冷静とした真顔で見守っていた。


「もしも、私がこの手で確保した場合、監獄の囚人と身内が面会するシステムを取り入れてほしいです」


 沈黙後、ルアンは腕を組んだまま、強気に告げる。


「私が拉致された元凶は、身内と会えない不満からきたものです。それを満たせてやれば、私やロアンを人質に取ろうとする輩が減るでしょう」


 身内と会えない不安から、レアンの身内を拉致して解放させるという強行を防ぐ。身内に会いたがる囚人も同じ。そのための面会システムを提案した。

 ルアンを見つめながら、頬杖をついてレアンは少し考えてから、淡々と答える。


「面会を機に脱獄を企てられたら、どうするつもりだ。面会者や囚人がギアを使ったら、損害を受けるのはこっちだ。脱獄を防ぐ方法を編み出して、幹部を納得させれば許可してやる」


 面会を装った脱獄の手伝いを阻止するための方法と、そして幹部の許可。それが条件。


「幹部……ね」


 ルアンは、自分を見ているゼアスチャンに目を向ける。ゼアスチャンの水色の瞳が微かに見開き、その視線にきょとんとした。


「ルアン。作戦の成功は、お前にかかっているんだぞ」


 レアンが責任重大だということをルアンに告げる。ルアンはレアンに目を向けた。


「承知しています、父上」

「自分の提案を取り入れてもらいたいなら、先ずはガリアンに入れ。作戦を成功させるんだ。それから考えろ」

「はい」


 レアンの言葉を、ルアンは素直に受け入れて頭を下げる。


「……それから、リリアンナがウィッグとドレスを取り寄せた。それを使え」

「……女の子として、囮をしろと? このままじゃあ不充分ですか?」


 リリアンナの名を出すことに躊躇したが、レアンはルアンに話す。ルアンは今もロアンの服を借りて着ている。


「男装とバレたら失敗に繋がる。それに……」


 レアンは言いかけたが、結局口を閉じる。ルアンとクアロは、不思議そうにレアンを見る。

 すると、代わりにゼアスチャンが口を開いた。


「ベアルスは、美しい容姿の子どもを好みます。長い髪にドレスに身を包んで着飾ったルアン様なら、確実にベアルスの目に留まることは間違いありません。だからこそ、ルアン様には美しい少女の姿で、この作戦に参加していただきたいのです」


 雄弁に褒め上げながらゼアスチャンは、レアンが我が娘が美しい少女だと自負していることを明かした。

 ジロリ、とレアンは睨んだあと、ゼアスチャンの腹に拳を食い込ませた。冷静沈着のゼアスチャンは、流石に腹を押さえてよろめく。


「作戦の責任者は、このゼアスだ。ゼアスの指示には従え。以上だ」


 苛立った言葉を乱暴に投げると、レアンはルアンとクアロを部屋から追い出した。



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