第4話 相性。





 その夜のこと。

 父レアンに呼ばれて、ルアンもクアロも彼の部屋にいた。ルアンはドレス姿で椅子に座り、クアロは横に立つ。

 床につかない足を眺めたあと、ルアンはいつもと同じく酒の瓶を手にして、こちらを見下ろす眼差しを向ける父と目を合わせた。


「お前……ギア、使えたって?」

「はい……」


 呼び出されたのは勿論、その件。ガリアンの中庭を派手に抉ったことを怒っているのだろうか。それなら酒瓶で頭を叩かれてもおかしくない。

 しかし、ここは謝っておくべきだろうか。いやしかし、仕掛けてきたのはあの単細胞であって、自己防衛に過ぎない。いやだがしかし、酒瓶で叩かれたら痛いから謝っておこうか。

 少しの沈黙の中、ルアンは考えて謝罪することにした。だが言いかけると、レアンが先に口を開いた。


「ギアについて学べ」

「!」


 レアンは叱ることなく、ルアンにそれを告げる。ルアンもクアロも、目を丸めた。


「ルアン、お前いくつになったっけ?」

「……5歳」

「オレがギアを初めて使ったのは、9歳の頃だ。ラアンは11歳、てめぇが最短だ。才能があるなら、活かせ」


 身内の中で最少年でギアを使えるようになったルアンに、才能があるなら育てろとレアンは言う。


「なんだ? その気はねーのか?」


 ルアンがポケッとしていると、レアンは頬杖をついて問う。

 ルアンは返答に困った。

 ギアを学ぶことに抵抗はない。しかし、学んでどうするのか。ギアを使えと言うなら、将来的にガリアンに入れと言うことだろうか。


「別にいいけど……」

「微妙な反応してんじゃねぇ」


 吐き捨てるとレアンは、グラスに入れた酒を飲んだ。氷がグラスにぶつかり、カランと音を部屋に響かせた。

 静かだ。レアンは怒っていないと、ルアンは見つめて知る。

 翡翠の瞳が鋭いのは元からだ。生え際は黒いが、毛先までダークブラウン。その髪をオールバックにしている。Yシャツを着て、黒いコートを肩にかけていた。いつもの格好だ。無愛想な父親がそこにいる。


「……ギアを使えこなして、将来はガリアンに入れってこと?」


 ルアンは訊いてみることにした。クアロが驚いて横からルアンを見ると、次は答えを気になりレアンに目をやる。


「……それはお前の好きにしろ」


 少し間を空けたレアンはそう答えた。


「だが、ガリアンにはただでは入らせない。お前の場合、女で子どもだ。試験を受けてもらう、仕事ができるか試す」

「……はぁい」


 レアンに強制するつもりはないと知り、ルアンは曖昧な返事をする。


「ルアンが望んだら、本当に入れるつもりですか? ボス……」


 クアロが恐る恐ると口を挟む。


「試験は難関なものにする。ラアンもオレの息子だからって期待を押し付ける連中が喧しかった。舐められるくらいなら、難関な試験をクリアして実力を示せばいい。その実力がねーなら、入る資格はねーよ」


 また一口飲むと、レアンはルアンを見下ろしながら吐き捨てた。

 それを聞いて、クアロは胸を撫で下ろす。レアンは難関な試験をさせて、ルアンを合格させるつもりはない。過酷の仕事もある組織に、娘を働かせるはずないのだ。


「……」


 じとっ、とレアンはルアンを見下ろした。そしてボソリと呟く。


「……コイツを使えば、あの件がすんなりと……」

「バリバリ使う気じゃないですか!!」


 ルアンを利用することを考えているレアンに、クアロは大声で突っ込んだ。


「なんて、恐ろしい人っ!」

「うるせーよ、クアロ。ルアンが望めば、つってんだろ」


 娘を過酷な仕事に使う気であると知り、クアロは青ざめた。レアンは一蹴してまた飲んだ。


「……誰に、学ぶんですか?」


 やり取りを大人しく見ていたルアンは、静かに問う。

 クアロがこの場にいるということは、クアロから学べと言うことだろうか。レアンが直々に教えるとは考えにくい。


「ラアンから学べ」


 しかしレアンが口にしたのは、この場にいないルアンの兄ラアンの名。

 予想が外れたルアンは目を丸め、クアロは肩の力を抜く。


「拍子抜け……じゃあなんで俺を呼んだんですか?」


 ルアンの椅子に凭れながら、クアロは自分が呼ばれた理由をレアンに問う。

 レアンはグラスを口につけながら、目を逸らした。


「保険だ」

「保険?」


 クアロは首を傾げたが、意味を理解しているルアンは心底嫌がる表情をして、背凭れに背中をつける。


「ラアンとルアンは相性が悪い」


 レアンはそれだけ短く答えた。

「相性が?」とクアロは顔をしかめる。


「ラアンが上手く教えられなかったら、お前が教えろ。元々ルアンの子守りで門番のシフトは入れてねーし、暇だろ」

「……」


 またもや遠慮なしにクアロに子守りを押し付けるレアン。

 クアロは口元をひきつらせた。もう話は終わりと言わんばかりに、レアンから部屋を追い出される。

 帰る前にクアロは、ルアンを部屋に送った。


「兄妹なのに、相性悪いってどういうことだよ」

「……まぁ、明日見てればわかる」


 クアロにルアンはそう言うと、黙って部屋の扉を閉じる。


「おい!? 今日の礼ぐらい言えよ!」


 扉の向こうでクアロは怒って叩いたが、すぐに諦めて帰った。ルアンはベッドに飛び込んで息を深く吐く。


「面倒臭い」


 明日を思うと、その言葉が出た。心底面倒だ。




 翌朝も、クアロは来た。

 ガリアンの黒いコートに身を包み、琥珀色の瞳を持つクアロはなかなかの美少年だ。だがしかし、父親に想いを寄せる同性愛者。

 残念だと、ルアンは思う。


「おはよう、ルアン。お前、そんな格好でギアの練習する気か?」


 椅子に座るルアンは、ドレス姿。黄色いフリルのオフホワイトドレス。女の子らしい格好だ。


「嫌だって言っても、メイドに着替えさせられるの」


 せめて女の子らしく見せられるように、と毎朝着替えさせるメイドに髪をリボンで結ばれたルアンは、ほどきながら言う。


「メイドがいるのか? なんでまた私なんかに子守りを……」


 子守りを押し付けるメイドがいないと思い込んでいたクアロを、横目で見たあとルアンは頬杖をついた。


「……弟のラアンに服借りる」

「ああ……双子の弟がいたんだっけ」


 少し間を空けてから、ルアンは椅子から降りる。小さな身体のせいで、飛び降りるような形になった。


「お前さ、なんで昨日シヤンにボスの娘だって言わなかったんだ? ほら、赤毛の奴だ。お前の弟だって勘違いしてたぞ」


 部屋を出ようと歩くルアンを目に追いながら、クアロは腕を組んで告げる。

 昨日襲いかかった赤毛の単細胞。ルアンは思い出しながらも、爪先になってノブを掴み、扉を押し開ける。


「放っておけ、あんな単細胞」

「お前は本当に年上に対する口の聞き方が悪いぞ」

「お前もな」

「俺はちゃんとしてるし! お前だけだし!」

「え? 年上だぞ、私」

「いくつだよ!?」

「5歳プラスα」

「5歳じゃん! αってなんだ!?」


 隣の部屋に入りながら、ルアンはクアロと会話した。クアロはわけがわからないと声を上げるが、気にせずルアンは弟のクローゼットから服を取り出す。


「お前はなんで、意味が不明なことばかり言うんだ……」

「理解できないだけでしょ」


 引っ張り出したズボンをスカートの下で履きながら淡々と言い放つ。

 そんなルアンを見て、クアロは呆れ顔をした。


「男の前で着替えるなよ……」

「子どもだし、女だし、なんとも思わないだろ」

「まぁ、そうだけども。……手伝うぞ」

「一人で脱げる」


 ドレスを脱ぐ手伝いをしようと跪いたクアロに、ルアンは断りを入れる。それから無理矢理ドレスを脱いで、白い下着姿になった。その上からYシャツを着て、ボタンをつける。


「バカだな、コルセットを緩めてから脱げよ」


 無理矢理脱いで乱れた髪を、クアロは言いながら手で直す。


「ぶふっ。本当に男の子に見えるな」


 仕上げにクアロはネクタイに手を伸ばして、襟に巻き付けながらクアロはまた吹き出した。

 ズボンを履いて髪が少し乱れたルアンは、男の子にしか見えない。


「この歳の子どもは、体格に男女の差はあんまりないだろ」


 しれっとルアンは言う。


「……なんでお前は、そう子どもらしくないこと言うんだよ」

「5歳プラスαだから」

「だからαってなんだ!?」


 目の前でクアロが声を上げるものだから、ルアンは耳を塞いだ。

 クアロが理解できないことばかり発言するものだから、苛立ちが募ったらしい。

 αは前世のこと。しかし話したところで、それもまたクアロが理解できないこと。

 無視してルアンは弟ロアンの部屋を出て、兄ラアンが待つ庭へ向かった。

 一階のバルコニーを降りれば、ラアンとロアンが立って待っていた。


「うげっ!? 双子!」


 ロアンを見るなり、クアロは驚愕して交互に見る。

 チェックのズボンとYシャツにネクタイ。栗色の短い髪は癖が強く、翡翠の瞳はぱっちりしている男の子が、ラアンの影に隠れていた。鏡に写したように、ルアンと瓜二つの容姿だ。

 ロアンに引っ付かれたラアンも驚愕した様子で、ルアンを見ている。


「ルアン……お前なんだその格好は」

「ドレスじゃあ動きにくいから、ロアンの借りた」

「あ、ああ……そうか……」


 ルアンが答えると、ラアンはなんとも言えない表情をして目を逸らす。


「で、なんでお前がいるんだ?」


 ギロリ、とラアンはクアロを睨む。


「ボスに言われたんだ。子守りは暫くしろってさ」

「ハン! 昨日は危うくシヤンに怪我されかけたのに、子守りを続けようなんざ図太い神経だな!」

「ああん!?」


 クアロとラアンは、たちまち喧嘩腰になる。二人がタイマンするために、庭を出たわけではない。


「今日はなにをすればいいの?」


 ルアンは静かに口を開いて問う。

ルアンにギアを教えることを思い出したラアンは、気を取り直して咳払いした。


「昨日は炎の紋様を書いたんだろ」

「うん。あの赤毛の人がしつこいから、やってみたら光が出て、炎が出た」


 シヤンに追い詰められ、ギアを試しに使った。ルアンはギアが使えないことを示すつもりでもあった。使えたなら、炎で赤毛を燃やすつもりだけだったのだ。


「でも今、光出せない」


 人差し指を振るが、昨日のように光は出ない。


「火事場の馬鹿力だろ。でも、父上譲りで光が多いのは確かだな。あの地面の抉りようだと光は膨大なんだろ。膨大な分、扱いが難しいはずだ」


 ラアンはロアンの背中を押して、バルコニーの階段で待つように指示した。

 また庭を抉るようなギアが使われて、怪我をしないように。


「オレは10歳になる前から頑張ってみたが……光を出すことにずっと苦戦していた。だが一度覚えれば呼吸するように簡単だぜ」


 ひゅい、とラアンが人差し指を振ると、その跡に光が残りやがて消えていく。


「力みすぎないように、昨日と同じように書いてみろ」

「……はーい」


 一度やるように言われ、気のない返事をしてから、ルアンはバルコニーを背にして宙をなぞる。しかし光は現れなかった。


「昨日の感覚を思い出せ」


 ラアンのアドバイスを耳にして、ルアンは唇をへの字にする。

 昨日は怒り任せ、つまりは力んだのだ。力みすぎないようにとあらかじめ言われていたのに、次は力めと言われては困惑する。

 力むべきか、抑えるべきか、間を取るか。

 力みすぎないようにして宙をなぞっても、異変はない。

 仕方なく、昨日の同様に怒り任せに腕を振った。

 光が現れる。

 一筆で炎のマークを描いたような紋様。右下から左上にいき、右下へ戻り、左に一直線に進み、斜め右上にいき上下に二回ギザギザに揺らし、最後に中央に円を描く。

 ボォンッ!!

 直後に炎が現れたかと思えば、低い爆音を轟かせて跡形もなく消えた。


「うおっ! ……だ、だから、力みすぎないようにって言っただろ!」


 近くにいたラアンは心底驚く。それからルアンを叱りつける。

 ルアンは、ムッとした。


「力まないと出ないんだもん」

「だぁかぁらぁ、力みすぎなんだ! こうやって拳を握る時、力みすぎてもしかたねーだろ」


 ルアンの横にしゃがみ、ラアンは掌を見せて拳を作る。力加減を教えるつもりで、ルアンの手を掴もうとした。しかし、ラアンは直前で手を引っ込めた。

 ルアンはじとっと見上げる。顔をひきつらせてラアンは、顔を背ける。


「光の出し方のコツを覚えるまで、やらせばいいだろ。俺が手伝ってやるよ」


 そこにクアロが入ってきた。ルアンの前に出て、3メートルほど離れて立つ。


「ほら、炎の紋様書け」

「……燃えるよ?」

「見損なうなよ、俺は監獄の門番だ」


 先程の爆発を喰らうつもりはないと、クアロはどんと胸を張る。半信半疑のまま、ルアンは炎の紋様をさっきの要領で書いてみた。

 するとクアロも紋様を描く。炎の紋様ではないとルアンはわかった。

 また、ボォンッ! と爆発するような炎が現れる。

 それがクアロに向かうが、その紋様が吸い込んだ。


「おおっ」


 ルアンは、素直に驚いて目を丸める。

 その反応を見て少し意外だとクアロも驚くが、すぐに鼻を高くして笑う。


「俺が得意とする防の紋様だ。デリケートのギアだから、下手な奴は相殺しきれずに喰らう。このギアが買われて、門番をよく任されてるのさ。脱走者のギアでガリアンの館を壊される前に俺が相殺するんだ」

「へーぇ……」


 得意気に話すクアロを、ルアンは顔を真上に上げながら見つめる。


「俺のギアなら、コツが掴めるまで練習もしやすいだろ。だから……」


 クアロがラアンに向かって言うと、途中で止めた。

 ルアンも見てみると、横でしゃがんでいたラアンが不機嫌な表情をしてそっぽを向いている。


「お前なんかに才能が継がれるなんて、皮肉だな」

「欲しくなかったけど」


 父親の跡取りとして期待される長男のラアンではなく、娘のルアンが才能を受け継いだことを皮肉だ。

 ついぼやいたラアンに、ルアンは反射的に言い返した。


「……あ?」


 さらに険しい顔付きになりラアンは、ルアンを睨むように見下ろす。

 ルアンは涼しい顔のまま続けて言った。


「妬まれても、うざいだけなんだけど」


 迷惑だと、言い放つ。

 ラアンは歯をむき出しにして、今にも怒鳴りそうな表情をした。

 喧嘩になる前に、慌てたクアロがルアンの腕を掴み、ラアンから引き離す。


「っ……! オレだってお前がうざくってたまらねぇよ! このオカマ野郎に教わってやがれ!」

「ちょっ、ラアン!?」


 立ち上がるとラアンは乱暴な足取りで、バルコニーから屋敷の中へ戻っていった。

 ロアンは狼狽えたが、ルアンと目が合うとビクリと震え上がる。それからべーと舌を出してから、兄を追いかけていった。


「な、なんだよ……なんで嫌われてるんだよ?」

「……」


 戸惑うクアロに問われ、ルアンは首を傾げて考えてみる。


「あたしが何考えてるか、わかんないから」

「……はぁ?」


 ルアンが答えた理由に、呆れたクアロは首を捻るように傾げた。


「目を合わせてるだけで、怖いって。不気味だって。だからラアンもロアンも嫌いで、どう接するかわからないんだろ」


 目を合わせると、ラアンもロアンもビクッとする。相性が悪い以前に、まともに接することが出来ずに二人は避けるのだ。


「……なにそれ。家族なのに」


 クアロは理解できないと呟く。そんなクアロを横目で見上げて、ルアンは言う。


「家族だからこそ、かもね。母親が出ていった悲しみを、共有しなかったから」

「? どういう意味だ、それ」

「母親が出ていったあと、ラアンもロアンも泣いたけど。あたしは泣かなかった。子どもらしくないから、不気味で怖いんだって思ってるんだろ」


 クアロは、ルアン達の母親が出ていったことを知っていた。

 淡々と話すところが不気味がられて嫌われていることを理解しているルアンだが、子どものふりをして泣くつもりは更々なかった。

 母親への失望は、ずっと昔から経験している。泣くなど、バカらしい。


「……なんで、泣かないの?」

「自分を哀れんで泣くことは、とっくの昔にやめたわ」


 クアロの質問を、鼻で笑い飛ばす。それもまた子どもらしくない言動だが、ルアンはやめるつもりはない。


「とっくの昔って……お前なぁ……」


 また5歳プラスαだと言われたくないクアロは、呆れても続きを言わなかった。


「ま、ラアンとロアンが、女の扱いを知らないってことが原因でもあると思う。今じゃあ家族唯一の女であるあたしを、どう扱えばいいかわからない……お子様なのさ」

「お前がそんな発言しなければ、もっと接することができると思うが!?」


 嘲笑うルアンに、横からツッコミを入れるクアロ。

 どでかい溜め息をついて、クアロは肩を竦めた。


「しょうがないから、子守りもギアを教えることも俺がやるが……その言葉遣いも俺が直してやる!」


 ビシッ、とクアロはルアンを指差す。


「ちょっとは女の子らしい話し方をすれば、仲良くなれるぞ」

「仲良くしたいわけじゃないんだけど」

「これからも一緒に暮らすんだから、仲良くしろ! 俺と違って勘当されてないなら、関係を直せる!」


 問答無用とルアンの腕を掴むと、クアロは歩き出した。


「勘当されちゃったの? 告白したから?」


 バルコニーの階段で躓きかけながらも、ルアンは勘当の理由を不躾に問う。


「その時好きだった男とキスしてるとこ見られて、広まって、勘当された。家を追い出されるわ、男に捨てられるわで最悪だった。……でも、すぐにボスと出会った」


 屋敷の中の廊下を歩きながら、クアロは簡潔に答える。最悪な出来事を振り返り、苦々しそうに顔をしかめたが、最後には柔らかい表情をした。


「受け入れられないと思ったから今まで隠してたけど、本当に仲良い家族だったんだ。正直、追い出されて泣いた。……でも、お前の場合、勘当される理由はないし、家族なら仲良くして当然だろ。努力を始めろ」


 それからクアロの顔は見えなくなった。小さなルアンからでは、腕を引いて前を歩くクアロの背中しか見えない。


「家族を愛せるなら、努力なんて始めから必要ないぜ」


 その背中に言い放ってやった。

 ピタリと立ち止まったクアロは、ひくひくと頬が痙攣する怒りの顔で振り向く。


「子どものくせに、家族を愛していないなんて言わせねーぞ」

「家族を愛したことないし、他人も、自分も。ダメ人間だから、あたし」


 涼しい顔で言ったそれに、クアロは怒りを爆発させたらしい。ルアンの襟を掴むなり扉を開いて中へ放り投げた。

 そこはルアンの部屋。投げられたのはベッドの上だ。


「ガキがっ! 勝手にダメ人間って自称するな! 家族は無償で愛し合うもんだ!」

「勘当されたオカマが、ほざくなよ」


 クアロが指差して怒鳴るが、ルアンはベッドの上にふんぞり返って嘲笑った。

 クアロは近くの椅子に置かれたクッションを掴むと、その小さな顔に投げ付ける。

 ボフンっ、と小さなルアンは、クッションにぶつかり倒れた。


「口の聞き方を叩き込んでやる、小娘っ!!」


 クアロが高らかに宣言する。

 ルアンがクッションを掴みベッドの上に立ち上がる。ギロリ、とクアロを睨む眼差しは、父親の迫力がほんの少しだけ重なった。


「やれるもんならやってみやがれっ、このゲイ野郎!!」


 ルアンは怒鳴り声を上げて、クッションを投げ返す。

 それから数日、ダーレオク家の屋敷に、二人の罵声と争う音や爆音が響いたという。



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