第2話 出会い。





 クアロが同性愛者だと言うことは、周囲が知っている。今好意を抱いているのは他でもない街を牛耳るボス、レアン・ダーレオク。

 そんなレアンから、娘の子守りをしろと命令されたクアロは顔をしかめた。


「何故、俺が……」

「お前がカマ野郎だからだ」

「……はあ……」


 チェアでふんぞり返るレアンから告げられたそれには、意味がわからずクアロは首を傾げる。

 一方で横暴なレアンに、キュンと胸を弾ませた。


「他の野郎は女だったら、どんなブスでもいいってほざくようなゲスどもだ。てめぇなら食指も動かねぇから娘が傷物にはならねぇだろ」

「あー……なるほど」


 思い当たる節のあるクアロは、納得する。ゲスな男達に預けるよりも、一途なゲイに預ける方が娘のためだと考えた。

 それはクアロの一途な想いを評価していることでもあると思い、またクアロはキュンと胸を弾ませた。


「ですが、ボス。子守りなんて……」

「適当に付き合ってやれ」

「おままごとをですかー? ……その任務をこなした報酬は、一夜を過ごすことですか?」

「任務じゃねーよ、雑用だしたっぱめ。オレは野郎には興味ねーつってんだろが」

「ちっ」


 クアロの誘いは一蹴される。

 女好きなレアンは靡かない。更にはこき使おうとする。

 そんな男だと言うことは初めから知っているクアロは、失望することもなく命令を引き受けることにした。

 点数稼ぎのためにもだ。


「おい、クアロ」


 レアンの部屋から出ようとしたクアロは、呼び止められた。

 娘の部屋に案内する気がないレアンは、チェアにふんぞり返ったままクアロを見据えると告げる。


「絶対にオレの娘から目を放すんじゃねーぞ」


 真面目に、威圧的に、告げられた言葉に、クアロは静かに頷く。


「……はい」


 それから、部屋をあとにする。

 街に聳え立つ広い屋敷の中を歩いて、クアロはレアンの娘の部屋に入った。

 娘のルアン・ダーレオクは、スカイブルーと白の組み合わせのドレスを着てベッドに横たわっている。

女の子らしい格好をしていても、栗色の髪は男の子のように短かった。

 大きな翡翠の瞳でクアロを見るが、ルアンはベッドから起き上がろうとしない。クアロの顔を見て、服装を見る。

 黒のコートは、レアンが率いる組織のメンバーである証。

 組織の名は、ガリアン。


「うちの親父を好きって本当?」


 予め聞いていたルアンは、今日から子守りをすることになったクアロだと解釈して問う。


「だからなんだよ」


 子どもの不躾な言葉など慣れているクアロは、しれっとした顔で返す。


「この世界でも同性愛者は受け入れてもらえなくって、苦労してるでしょ」


 しかしルアンが次に言った言葉は、クアロの予想とは違うものだった。

 子どもから言われたことがない。大人にすら言われたことがなかった初めての言葉。大概は嘲笑うか貶すかだ。


「わかったような口を聞くな」


 つい、クアロは冷たく言い返してしまう。癖のように染み付いているせいだ。

 しかし、ルアンはその態度を気にした素振りもなく、欠伸を漏らした。


「今日は寝てるだけだから、テキトーでいいよ」


 ルアンはそう言う。

 クアロが部屋の壁にかかった時計を見れば、まだ正午前だ。

 これから一日中ベッドにいるつもりなのだろうか。


「おままごとは?」

「しない」

「……いつもなにして遊ぶの?」

「別になにも」


 ルアンは普段から特に遊んでいないと言う。

 妹の世話をしたことのあるクアロでも、困った。


「髪、どうしたの?」

「兄が弟にギアを教えてる最中に、燃えた」

「……お気の毒に」

「別に」


 髪は女性の命。

 それなのにルアンは気にした様子もなく、ベッドの天蓋を見上げている。

 どう扱えばいいのか、困るとクアロは肩を竦めた。

 レアンの娘だ。

 街を牛耳る男の娘に、友だちは出来にくいだろう。ルアンの性格上、更に無理だろうとクアロは思った。


「何もしたくないわけ?」


 クアロは歩み寄りながら問う。


「眠りたい」


 ルアンが目を閉じてしまった。


「おい、寝てばかりは毒だ」

「煩い。近付くな、オカマ」

「……」


 その発言は言い慣れているもので、クアロはうんざりする。それからドレスの襟を掴むと、ルアンをベッドから引きずり出した。

 目を丸めたルアンは、すぐにしかめてクアロを睨み上げる。父親に似た目付きだが、迫力は足元にも及ばない。それが可笑しくてクアロは口元を歪めた。


「何笑ってやがる、オカマ」


 気に障ったルアンはスカートの下のブーツで、クアロの脛を蹴りつける。子どものキックでも、大ダメージを受けたクアロは呻き、その場に踞る。


「こ、このガキ!」

「テキトーにサボればいいんだよ、あたしはこの部屋から出ない」

「こんのぉー!」


 涙目で睨み付けたあと、直ぐ様クアロはまた襟を掴んだ。そのままルアンを部屋から引きずり出した。

 当然、ルアンは暴れる。


「子どもなら日中遊べ!! ブランコなり、なんなり!」

「嫌だし! ブランコねーし!」

「言葉遣いちゃんとしろ!」

「てめぇもな!」

「ムキー!!」


 言葉遣いは父親譲りなのか、はたまた男兄弟を真似たのか、女の子らしくない。それは面白くないどころか、頭に来る。

 生意気なルアンの顎を鷲掴みにした。


「調教してやろうか、小娘!?」


 先ずはその言葉遣いから直してやる!

 怒りに燃えるクアロの後ろに立つ人物がそれを聞いた。


「誰が誰を調教するって?」

「げっ……ラアン」


 振り返ったクアロは、思わずルアンを放して顔をひきつらせる。

 ルアンの兄、ラアンだ。

 クアロとは近い年齢だが、仲は良くない。ラアンは父親に好意を寄せるクアロを忌み嫌い、何かと邪魔をするのだ。クアロもそんなラアンを疎ましく思っている。


「妹に何かしてみろ……処罰はオレがする!」

「俺は教育するだけだ! 嫌ならお前が面倒を見ろ!」


 クアロの教育が嫌ならば、兄であるラアンが面倒を見ればいい。喧嘩腰で睨み合うと、ラアンはすぐに顔を背けて腕組をした。


「オレは忙しいんだっ! 妹のおままごとなんかに付き合ってられるか!」

「しねーし」


 黙って見上げていたルアンが、おままごとを鋭く否定する。ラアンは、顔をひきつらせた。

 ちらりと短くなってしまったルアンの髪を見るが、すぐに背ける。


「余計なことは吹き込むなよ!? いいな!?」


 クアロに叫ぶと、ラアンは逃げるように早々と広い廊下を歩き去った。


「……なんなんだ、アイツ。余計なことって……アンタ、父親と兄の仕事知らないのか?」


 念のため、クアロはルアンを見下ろして確認した。うっかり知らないことを話したら、レアンにどやされかねない。


「ヤクザみたいな仕事でしょ」

「は? なに? 薬かなにか?」

「マフィアみたいな仕事でしょ」

「は? マフィン?」

「チッ、めんどくせ……」

「は?」


 訳のわからないことを言い、最後には心底苛立ったように呟くルアンの頬を、イラッとしたクアロはまた鷲掴みにした。


「街の住人に守ってやるからって護衛代を無理矢理払わせて、勝手に犯罪する輩は暴力で叩き潰して財産を奪うような仕事でしょ」

「間違ってはいないが、言い方悪すぎる!! 誰からそれ聞いた!?」


 子どもらしかぬ発言に、クアロは驚愕した。

 一体誰から吹き込まれたのか。それこそ余計だ。


「治安を守るための資金を貰って、犯罪を取締り、犯罪者は牢屋に閉じ込めて財産で食事を払ってもらってるんだ!」


 正しくはこうである。

 言い方の違いで、クアロは自分達が極悪の悪党にも思えた。


「アンタ、間違った認識しているぞ! 改めさせてやる!」

「どう見ても父親の風貌はマフィアのドンだろ……」

「マフィン!?」

「ちげーよ」


 ルアンの腕を掴んで、クアロは歩き出す。面倒臭いとルアンは溜め息をつく。

 そのままルアンを家から引きずり出した。


「……どこ、行くの?」

「ガリアン」


 仕事場でもあるガリアンの館。

 少し歩いていけば、聳えるガリアンの館に辿り着く。

 組織のメンバーが書類仕事をしたり、休憩するために出入りする。その館の裏は、監獄。警備は万全だ。


「私は主に警備の仕事をしている。監獄は見たことあるか?」

「あるわけないじゃん」

「じゃあ門だけ見せてやる」


 クアロは仕事場を見せようと、ルアンの腕を掴んだまま、館の中に入り監獄へ向かう。


「父親が悪党面だからって、悪党じゃないぞ。あの人は十歳でギアを使いこなし、悪党を根絶やしに……違う、悪党から街の治安を守って、仲間を募って組織ガリアンを作り上げた。監獄もな」


 組織もルールも監獄も、レアンが指揮して作り上げた。


「俺はアンタのかっこいい父親に惚れて、ガリアンに入ったんだ。この街を守っているのは、彼だ。悪に近くとも、住人を守っている。世界一かっこいい男だ」


 ニッ、とクアロはルアンに笑って告げる。

 見上げるルアンは、翡翠の瞳で瞬きすると言った。


「恐怖の支配者なら、完全なる悪だろ」

「そこは悪に近い正義にしておけ!!」


 ルアンも強情だが、クアロは完全に悪だと否定できなかった。

 百歩譲って、悪寄りの正義がいい。


「……」


 ふと、クアロは足を止める。

 振り返れば、ドレスの少女。だが、髪が短いせいで女装した男の子のようにも見える。

 同性愛者と知られているクアロが、女装した男の子を連れているのは、どう考えてもよからぬ噂が立つ。

 自分だけなら無視できるが、仮にもボスの娘だ。愛しのボスを煩わせるわけにはいかない。

 だからと言って、レアンも組織のメンバーはゲスで信用できないと言っていた。女の子と主張しない方がいいと、クアロは考えてコートを脱ぐ。

 それをルアンに着させた。

 丈の長い黒いコートは、ドレスをすっぽり覆い隠す。

 こうすれば男の子にしか見えなくなり、クアロは「ぶふっ」と吹いた。


「目立つからこれ着てろ。……本当、男の子にしか見えねーな」


 腹を抱えて笑う。笑われても、ルアンは気にしていない。袖から手が出ず、プラプラしていた。手が出るように、クアロは袖を折り畳む。

 小さな手だ、とクアロは注目する。その手を引いて歩くべきか、迷う。

丈の長いコートは、ルアンが着ると床についてしまうことに気付いた。


「ちょっとここで待ってろ。絶対に動くなよ。絶対に!」


 ルアンの小さな肩を、窓側の壁に押さえ付けて立たせる。釘を刺して、クアロは急いで別のコートが管理されている部屋に向かった。



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