第188話 首の皮一枚
(なんだ? この状況は?)
ブリガンティスが黙り込む状況を見て、ゾデュスの思考はただそれだけが支配していた。
セラフィーナの頭がおかしいのは今に始まった事ではない。
ゾデュスが驚いているのは、ブリガンティスの変貌ぶりに対してだ。
何事に対しても、冷静で時には残虐な面を見せていたブリガンティスがリルの失踪によって、完全に取り乱す姿を晒していた。
こんなことは数百年を共に過ごしてきたゾデュスでさえ一度たりとも見たことのない光景だった。
(ブリガンティス様にとってリル様はどういう存在なんだ?)
ブリガンティスと共に数百年過ごしてきたという事はリルとも数百年共に過ごしてきたという事だが、そんな長い年月一緒にいても、リルがブリガンティスにとってどういう存在であるのかゾデュスは全く知らなかった。
ゾデュスがリルについて知っている事はゾデュスと出会う前からリルはブリガンティスと共にいて、少なくとも数百年以上は生きているはずなのに、ゾデュスと出会った時からまったく姿形が変わっていないという事だけだった。
確かに魔人は人間と違い、年齢による老化は著しく緩やかだが、少なくとも10歳ほどにしか見えない姿のまま数百年を生きる者などゾデュスは長い人生の中でもリル以外見たことがなかった。
ゾデュスがそんな思考を脳内でグルグルと巡らせる中、ブリガンティスは意見をまとめたのか静寂を破り、言葉を口にした。
「少し出てくる」
それだけ言うと、ブリガンティスが玉座の間から去ろうとした。
そんなブリガンティスを見て、流石のゾデュスも口に出せずにはいられなかった。
「どこへですか? ブリガンティス様」
「決まっている。リルを迎えに行く」
ブリガンティスがそう答えた瞬間、ゾデュスは頭が真っ白になった。
(……はっ? 一魔人の為にブリガンティス様が自ら?)
普段であれば、口出しなどできるわけがないが、それでも現状を考えればゾデュスも無理にでも口を挟まないわけにはいかなかった。
「お、おやめください。アルレイラやミッキーとの約束はどうする気ですか? 今、約束を違えれば面倒なことになります。どうかお考え直しを!」
今、2人の四天王と事を構えれば流石のブリガンティスと言えどタダで済むわけがない。
ただでさえ、人数の上では最大勢力を誇るブリガンティス軍だが、ギラスマティアの影響で最盛期と比べればその数を減らしているのだ。
それに今、動けば流石にアルレイラやミッキーだけでなく、人間界の勇者達も黙ってはいないだろう。
だが、そんなゾデュスの忠告を聞いてもブリガンティスは歩みを止めなかった。
そんな時だった。
またもセラフィーナがまた毒を吐いたのは。
「バッカじゃない? 知らないけどアンタ、これから会議とか色々あるんでしょ? 前科もあるんでしょ? 流石にバレるわよ」
言っている事ももっともだが、言葉遣いが悪い上に最初の『バカ』は余計だ。
だが、なぜかそんなセラフィーナの言葉が今のゾデュスにはなぜか頼もしく感じていた。
「……なんだと?」
とはいえセラフィーナが言い過ぎなのは間違いなく、ブリガンティスは歩みこそ止めたが、顔には青筋が薄っすらと浮かんでいる。
完全に切れてしまった時のアレだ。
普段であれば、その原因を作った張本人に待つのに死だけだろう。
だが、そんな魔力も怒気もダダ洩れのブリガンティスにセラフィーナは言う。
「アンタ、こんなに部下がいるんだから、迎えに行くにしてもせめて部下を使いなさいよ」
「そ、そうです。ブリガンティス様。私が責任を持ってリル様を連れ帰りますから、ブリガンティス様は3日後に備え、城で待っていてください」
「それにアンタ一人で行ったって見つけられるか分からないわよ。逆に人間界側の勇者に見つかってそれどころじゃなくなるのがオチだわ」
セラフィーナの言葉を聞き、ブリガンティスは少しその場で考え込む。
そして——。
「ならどうしろと? まさかたったこの前、任務に失敗して手ぶらで帰ってきたゾデュス1人にリルを任せろって言うのか?」
「確かにこいつだけじゃ心配ね。あんま強くないからバレる心配は少ないだろうけど、頼りにならなさそうだし」
「——おいっ!」
味方だと思っていたセラフィーナに裏切られ、ゾデュスは大きな声を上げるが、セラフィーナの話はまだ終わってはいなかった。
「めんどくさいけど、お友達認定されちゃったし、私も行くわ。あとガデュスも。3人で行けばリルを見つけられる可能性も上がるし、私はアンタみたいに怒りで魔力駄々洩れってこともないから勇者に見つかる心配も少しは減るでしょ」
セラフィーナがそう言うと、ブリガンティスはまた考え込むように黙り込んだが、少しして口を開いた。
「なるほど。お前の言う事にも一理ある。分かった。リルの事は任せよう」
そうブリガンティスが言い終わった瞬間、ブリガンティスの魔力が更に膨れ上がり、玉座の間内をブリガンティスの魔力が支配した。
それだけで屈強な魔人が気分を悪くしたのか顔を青くしている。
「——だが、もし失敗したら覚悟しておけよ。お前もゾデュスもタダでは済まさん。それだけは胆に銘じておけ」
そう言い終えると、ブリガンティスは玉座の間から去り、自室へと戻って行った。
そんなブリガンティスを見送りながら、ゾデュスは思った。
(し、四天王がどうとか言ってる場合じゃなくなってきたな。これに失敗すれば俺は……)
最悪の想像をしながらも、ブリガンティス軍としての最悪を回避できたゾデュスは恐怖と安堵が入り混じった複雑な心境に襲われるのだった。
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