第187話 リルの行方

大きなブリガンティスの怒声が響いたが、数十秒経っても、リルの所在を知る者は名乗り出なかった。


それはブリガンティスの怒りを避けたい一心からによるものではなく、この場にいる全ての魔人がリルの所在について本当に知らなかったからだ。


そんな静寂に包まれる中、最初に言葉を口にしたのはセラフィーナだった。



「どこかへ遊びに行ったんじゃないの? 元気そうな子だったし」



「お、お、おま!」



またも始まったセラフィーナの何気ない言葉にゾデュスは声にならない声を漏らす。


今、ブリガンティスが求めているのはリルの行方一点のみであり、リルに会って丸一日も経っていないセラフィーナの感想などではないとゾデュスは思ったからだ。



(いい加減にしろよ! このままじゃ四天王になる前に、俺がブリガンティス様に殺されちまう!)



セラフィーナをこのブリガンティス城へと連れて帰ってきたのはゾデュスであり、セラフィーナの非礼はそのままゾデュスへと向かう可能性があった。


あまり本気ではなかったセラフィーナ暗殺を視野に入れ始めたゾデュスは何とかこの場は堪え、なんとか言葉を発する事に成功させた。



「黙れ! クソ女! ブリガンティス様の前でこれ以上余計な口を聞くな!」



「ちょ、近づかないでよ」



これ以上ブリガンティスの前で口を開かせないように、ゾデュスがセラフィーナを抑えにかかるが、セラフィーナは俊敏な動きでそれを全て回避する。


そんな2人の様子をブリガンティスは静かな様子で眺めている。



そして——。



「……ゾデュス、お前が黙れ」



小さく響いたブリガンティスの声にゾデュスはすぐにセラフィーナを捕らえようとするのをやめた。


2人が止まったのを確認すると、ブリガンティスは再度口を開く。



「続けろ」



「続けろって言われても、ただ遊びに行ったんじゃないのって言っただけなんだけど」



セラフィーナとしては只の想像を口にしただけでその言葉に特に確信があったわけではない。


別に具体的な行き先を思いついていたわけじゃないのだからそれ以上の考えはなかった。



「なんでもいい。お前の意見が聞きたい」



それでもブリガンティスはセラフィーナに尋ねた。


この時、ブリガンティスに単なる想像でも他の魔人はリルの手かがりとなりうる意見すら何も口にしなかったからだ。


とは言っても、普通に考えればそれは手掛かりでもなんでもなく、セラフィーナの只の感想なのだが、それでもブリガンティスの怒りを恐れて何も意見を出さない現状において、それがブリガンティスにとっては唯一の手掛かりであることは間違いない事実だった。



セラフィーナは少し悩むような仕草を見せてから、ブリガンティスに逆に問いかけた。



「うーん、家出か遊びに行ったか、それとも攫われちゃったかは分からないけどなんかおかしくない?」



「なにがだ?」



「いや、だっていくら広い城って言ってもこんなに魔人がいたわけでしょ? どっちにしても誰かには見られちゃうんじゃないの?」



セラフィーナの言う通り、ブリガンティスの城は魔王城にも負けない程、雄大で広い城だが、常に100体を越える魔人が常駐している。



城のどこを歩いても絶対に誰かしら歩いているのだから、流石に誰にも気づかれる事なく、抜け出す事も攫う事も不可能に近かった。——普通であればだが。



「リルはブリガンティス軍で唯一【転移魔法】が使える。攫うなら、同じく【転移魔法】を使う者が必要だが、リルが自発的に抜け出そうとしたのならそんなに難しい話じゃない」



「へー、あの子結構凄かったのね。じゃあやっぱどっか遊びに行ったんじゃないの?」



「誰にも告げずにか?」



いくらリルが自由奔放と言っても何も告げずに、城の外へと出るとはブリガンティスには思えなかった。


それに加えて、【転移魔法】を使い、わざわざ配下の者達に見つからないように出て行った理由など見当がつかない。



「じゃあ言えばアンタに怒られるような所に遊びに行っちゃったんじゃないの? 家出じゃないのならだけど」



「……どこだ? それは」



「いや、知らないわよ。私、アンタの事もリルの事もよく知らないし。……あー、でもアレか」



セラフィーナが途中で何かに気付いた様子を見せると、ブリガンティスは目を見開き、セラフィーナの肩を力強く掴んだ。



「なんだ!? 分かったのか!? 言え、早く!」




「いったいわね! 言うから放しなさいよ」



セラフィーナはそう言って、ブリガンティスに掴まれていた手を勢いよく振り払う。



「他に思いつかないんなら、今の時期から考えると、人間界でしょ? ギラスマティアがいた頃と違って、行くだけならそこまで難しくないんでしょ?」



流石にゾデュスが撃退された事もあって、ゾデュス達が人間界侵攻を強行した時よりは警戒されている可能性もあるが、一人で——しかも【転移魔法】の使い手だという事も考えれば、人間界に侵入するだけなら可能だとリルが考えたとしても不思議ではない。


だが、それでもブリガンティスには理解できなかった。



そして、セラフィーナの言葉を聞いたブリガンティスは驚きの声を上げた。




「人間界だと!? リルが! なぜだ!?」



「いや、だから遊びに行ったんじゃないの? そういう子っぽいじゃない、あの子」



そんなセラフィーナの言葉を聞いたブリガンティスはその場で黙り込んでしまった。

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