第185話 失踪事件

魔人ゾデュス、ガデュスの人間界侵攻作戦が失敗に終わり、一夜が明けたブリガンティス城。


既に昨日の内に四天王の会議を終え、ゾデュス達との話し合いも終えた。


当初の計画からはかなり軌道修正を余儀なくされたブリガンティスだったが、人間界魔界の統一支配は問題なく進んでいると確信していた。


いや、むしろ当初の計画よりも自身に都合の良い形で進んでいるとすら言ってもいいほどだった。


なにせあのアルレイラとミッキーすらも人間界侵攻に加担すると、自ら宣言しているのだから。


建前上は勇者クドウと勇者アールの討伐という事にはなっているが、その2人だけ討伐すればいい問題とはブリガンティスは考えていなかった。



どこの世界に今まで散々な目に合わせてきた魔界相手に人間界の希望である勇者を2人差し出せば、それ以上の手出しはしないと言われて、信じる者がいるというのだろう。


どこまでの戦いになるかはブリガンティス自身ですら予想はついていないが、少なくとも人間界に取り返しのつかない大ダメージを及ぼす程の大きな戦いになるとブリガンティスは考えていた。



そして、人間界にその取り返しのつかない大ダメージを与える事になる大部分が四天王アルレイラの軍になるとも。



(くくく、流石にあの女が人間共の軍に後れを取るとも思えないが、それでもゾデュスを返り討ちにしたくらいだ。それなりに健闘してくれるだろう)



ブリガンティスは世界が自分の手のひらで回っているような錯覚を覚え、小さく笑みを溢す。


実際、ブリガンティスも人間界がアルレイラ率いる龍神族に勝てるとは思ってもいない。


だが、人間界の冒険者も今までのように甘い相手ではない事はゾデュスが身を持って検証してくれていた。


アルレイラの軍にどの程度の被害が出るかは人間界次第だが、少なからず龍神族にもそれなりの被害が出るとブリガンティスは踏んでいた。



(バカな女だ。まさかとは思っていたが、それほどまでにギラスマティアの事をな。愛が人を狂わすか)



正直に言えば、今回の件でゾデュス達が敗れた事よりもブリガンティスにとって想定外だったのが、アルレイラの反応だった。


もちろんブリガンティスもアルレイラが魔王ギラスマティアに対し、魔王に対する崇拝以上の思いを抱いている事はなんとなく察してはいたが、まさかあの普段は冷静沈着のアルレイラがあのような馬鹿な真似に出るとは思ってもいなかったのだ。



「結局、誰があの魔王を殺してくれたかは分からずじまいだったが、まぁいい」



ブリガンティスにとって重要な事実は魔王ギラスマティアが死んだただ一点であり、殺したのが聖竜でも3神ユリウスでも関係のない事だった。


たかがぽっと出の勇者如きにあの魔王とアルジールを倒せるわけがないので、ゾデュスが言っていた2人の勇者の戦闘能力にはそれほど脅威も覚えていなかった。


ゾデュスを退けたとは言え、実際には聖竜の介入があっての話だからだ。



話を聞く限りではそのまま戦っていればゾデュス達が敗れていた可能性もあるが、たった20人程度の魔人を倒したくらいでは関心くらいはするにしても脅威は覚えない。


それがブリガンティスが新たに生まれた勇者に対する偽りなき評価だった。




「本来は俺達だけで全てやるつもりだったが、楽になったな。くくく、全てが順調に回っている。1000年も待った甲斐があったというものだ」



人間界の勇者を始末した後は時間をかけ、自らの軍を強化する。


そして、準備が終われば人間界を支配し、アルレイラとミッキーを打ち倒し、自らの支配下に加える。


言葉にしても一筋縄ではいかないように思える話だが、それでもブリガンティス自身それほど時間はかからないと思っていた。


元々、魔王ギラスマティアの力による支配に鬱憤が溜まっていた魔人は多い。


100年もかからない内に、人間界魔界統一の志に自ずと全土の魔人が集まってくる。


ブリガンティスは長年の勘からそれを肌身で感じていた。



そんな長い思考に耽っていたブリガンティスはふと気づいた。



「静かだな」



この部屋には今ブリガンティス一人しかいないのでそれは当然の事だが、ブリガンティスはなぜか今、それが気になった。


それはなぜかと考えてみると簡単な話だった。



「リルがいないからか。いつもならふざけたことを言いながら勝手に俺の部屋に入ってくるんだがな」



既に時間は正午前だ。


思えば、ブリガンティスは今日、一度もリルに会ってなかった。


普段なら気にもならないが、ブリガンティスはゆっくりと部屋の外に出て、一人の魔人に声をかけた。



「おいっ、お前」



後ろから話しかけられた魔人はびくっとしながらブリガンティスの方へと振り返る。



「はっ! ブリガンティス様! 如何しましたか?」



「リルを見なかったか?」



「リル様ですか? お部屋にいらっしゃるのでは?」



ブリガンティスに話しかけられて緊張しながらも名も覚えていない魔人はそう答えた。


リルの部屋はブリガンティスの部屋から少し離れた所にある。


もちろん、ブリガンティスは常時リルの所在を把握しているわけではないが、普段から騒いでいるリルはとにかくよく目立つ。


ブリガンティスの部屋にいるのならまだしも、そこらを動き回っているのなら、城内にいる魔人ならその居場所に気付いていそうなものだった。



普段であれば、『なんだ、部屋にいるのか』とそこで納得するブリガンティスだったが、なぜかこの日に限って、リルの事が気になった。



「そうか」



ブリガンティスはそれだけ言うと、魔王城にも負けない広い廊下をリルの部屋へと向かい歩き始めた。


そして、1分ほどでリルの部屋の前までたどり着く。



「おいっ、リル」



ブリガンティスは部屋の外からリルの名を呼ぶが、返事はない。



(寝ているのか? もう昼だぞ)



リルは基本騒がしいが、自由奔放なので、遊び疲れて寝ているという事は十分考えられる。


だが——。



「おい、入るぞ」



一言断りを入れて、ブリガンティスはリルの部屋の扉を開けた。


鍵はかかっていなかったが、それはいつもの事だった。


確かに不用心だが、この城にリルの寝込みを襲う魔人など存在しない。


そして、ブリガンティスが広い部屋の中央に置いてあるベッドを確認すると、人一人分くらいのふくらみがあった。



「やはり寝ているのか。もう昼だというのに」



ブリガンティスは自堕落なリルに呆れながらもゆっくりと掛布団をめくる。


だが、そこにはブリガンティスにも想定外の光景が広がっていた。



「……な、なんだと?」



ブリガンティスが途中まで捲っていた掛布団を勢いよく投げ捨てると、そこには『魔界のメガネの老紳士』こと魔鋼技師ゼルベ人形の姿があった。

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