第180話冤罪

システアの願い?



森から連れ出せなかったというのは、俺達が知る通りシステアと共に魔王を倒しうる勇者が出現しなかったという話だろうか?


だが、それはカーティス自身の責任ではなく、アリアスのような強い勇者を生み出せなかった冒険者協会——もっと言えば人類全体の問題だろう。


カーティスの言葉を借りるなら、アリアスがシステアを認めさせて最初に森から連れ出した勇者という事になるのだが、アリアスとシステアの間にそういう雰囲気など微塵もない。


もちろん、アリアスの実力は俺が初めてあった時から認めている風だったので、そういう意味だけで言えば他の男より一歩抜け出していたのかもしれないが、男女間のアレコレがあったとはとても思えなかった。


まぁアリアスにはニアがいるので、システアがどう思おうとどうにもならなかった気もするが。



「システアさんの願いってなんですか?」



知り合って数日なので、俺がシステアの事を何も知らないのは当然だ。


普通であれば、徐々に知っていけばいい話でわざわざ赤の他人であるカーティスが教えてもらうような話でもないだろう。


だが、カーティスはわざわざこの忙しい時期に時間を取って、俺と話をする時間を作った。


カーティスが嫉妬から俺に釘を刺す為にこの機会を設けたというのもあり得ない話ではないが、これまでのカーティスの態度や人柄からそれはないと俺は本能的に悟っていた。


恐らくカーティスは俺を見定めようとしているのだ。


俺がシステアのその願いとやらをかなえる事が出来るに値する人間かを。


そしてカーティスは玉座に着いて語り始めた。



「システアさんが数百年に渡り、森に籠り魔法の研究を続け、強き勇者の誕生を待っていた事はご存知ですか?」



「えっ?」



もちろん、森に籠っていた事は知っている。



だけど数百年? 数十年じゃなくてか?



周囲の話から数十年くらいは森に籠っている事は予想していたが、思いもよらない年月に俺は思わず驚きの声を上げた。


カーティスの言う事が本当ならシステアは……。



「ふふ、クドウさんの想像の通りですよ。彼女は人間ではありません。市井では魔法によって若さを保っている魔女ということでなんとか通っていますが、ハーフエルフ、半分魔人の血が混じっています。これはエルナスの中枢でも一部の者だけが知る話です」



俺の心を見透かしたようにカーティスはそう言って小さく笑みを漏らした。



だが……。



「……エルフ? この世界にはエルフはいないはずですが?」



俺が知る限りそのはずだ。


少なくとも、魔界を治めていた数百年、俺はエルフやその近親種にすら出会ったことすらない。



「そうですね。今はもう存在しない種族です。エルフ族は1000年ほど前にシステア様だけを残し、絶滅した種族ですから。……それにしてもよく知っていますね。私の知る限りでは古文書にすら残っていない存在のはずですが」



そう言って、不思議そうな表情でカーティスは俺を見返した。


まぁ確かに俺はエルフという種族を実際その目で見たことはない。


俺が知るエルフは1000年前の記憶——俺がまだ日本人だった時の記憶の中にあるだけでそれはただの空想上の存在でしかなかった。



「あー、えぇまぁ、聞いた事がない種族だったので、そんな種族はいないはずだと思ってたんですよ。昔から勇者になるのが夢でそういう書物を漁っていましたから」



俺はそう言ってなんとか誤魔化した。


もちろん嘘は言っていない。


まぁ俺が勇者になりたいというのは1000年前からの夢で読み漁ったというのは勉強の為などではなく単なる趣味だったのだが。



「なるほど、博識ですね」



「えぇ、まぁはい」



只の怠け者で本来の勉強とはかけ離れた行為なのだが、カーティスは感心するように俺を見た。


カーティスの中の俺は規格外の力を持つ上に、勤勉な勇者になっている気がする。



「システアさんがハーフエルフなのは理解しましたが、おかしくはないですか? 1000年前という事はエルフ族を絶滅まで追い込んだのは初代勇者パーティーって事ですよね? だったらなぜシステアさんは人類の味方をするんです?」



俺が知らないという事はエルフ族が絶滅したのは俺がこの世界に転生する少し前、つまり初代勇者が俺の1代前の魔王を初代勇者パーティーが討伐した頃の話だろう。


だとするなら魔人の一種であるエルフ族を滅ぼしたのは普通に考えれば、初代勇者パーティーやその時代に生きていた人類たちだろう。


なのだとすればシステアが復讐の為に人類と敵対する事はあっても味方をするなどあり得ない。



「いえ、エルフ族が絶滅したのは初代勇者パーティーが魔王を討った後の事です。確かにエルフ族は魔王討伐の旅に出た初代勇者パーティーと戦いこそしましたが、秘密裏に勇者パーティーによって見逃されていたようです。システア様も人から聞いた話らしいので、当時の状況がどのようなものだったかは想像するしかないのですが。システア様の父親は当時の魔王討伐軍の一員だったそうです。多分その辺りが勇者パーティーがエルフ族を見逃した一因なのではないかと思いますが」



なんだがロミオとジュリエットのような話だな。


まぁ読んだ事ないから知らんけども。


俺の想像と直感でしかないが、流石に初代勇者パーティーがエルフ族を見逃した理由はそれだけではなく、他の魔人と比べると人間に対する敵対心が低かったり、そもそも他の魔人のような残虐性がなかったりと色々な要素が加わった結果だろう。


とにかくシステアは当時敵対していたはずの人類とエルフ族の異種族間の壮大な大恋愛の末に生まれたという事だけは間違いない。


同種族間ですら1000年間、孤独を貫き通した俺とは大違いである。


こうして見れば、メイヤのアルジールに対する愛もまんざら……いや、ないな。やはり兄妹間はダメだ。


アルジールにもいい女性が出てくればいいのだが、こいつ尋常じゃないくらいモテるのにまったく女に興味が無さそうだからな。


多分、俺と同じく一生独身貴族をエンジョイすることになるだろう。



永遠のみんなのアイドルとしてな。



俺はそんな滅茶苦茶どうでもいい事を考えた後、頭を切り替えて話を元に戻す。



「では、エルフ族はなぜ滅んだのですか?」



流石に天災という事は無いはずだ。


隕石が都合よくエルフの住処に深夜の全員が寝静まった頃にピンポイントで激突したりしたのなら、ありえなくないかもしれないが、そんな都合いい話はないだろうし、多分そうだったとしても流石に全員が逃げ遅れるという事などないだろう。


地震、津波、雷は絶対にない。


そんなもんで死ぬことはあっても絶滅までいく知能生命体など人類くらいのものだ。


エルフ族を滅ぼしたのが人類ではないのだとしたら……神による攻撃?


天災よりかはあり得そうだが、他の魔人よりも遥かに人類に友好的に思われるエルフ族を絶滅に追い込むまで攻撃するものだろうか。


俺がもし世界を愛し、平和を願う神なら間違いなくブリガンティスやアルジールを先に滅ぼすだろう。


身内の俺から見たってこいつらは相当タチが悪い。



……って? あれ?



そして、そんな事を考えているうちに俺は重大な事実を悟ってしまった。


灯台下暗し。


なぜ俺はすぐに気づかなかったのだろうか?


考えてみれば簡単な話だったのに。


初代勇者が魔王を倒して、少しして俺がこの世界に転生した時に魔界で猛威を奮っていたのはブリガンティスや龍神族だ。



「……お前、やったな?」



俺はカーティスへと向けていた視線をアルジールへと移す。



「なんのことでしょう? クドウ様」



アルジールは話を聞いていなかったのか、それとも惚けているのか理解できていなさそうな表情で俺を見返した。


惚けているというのならかなりいい度胸だ。


俺は腕を掴んでいたメイヤが振りほどけるくらいの勢いでアルジールの胸倉を掴み上げた。


そんな俺の行動を見ていたカーティスは唖然とし黙り込む。



「惚けてんじゃねぇ! お前、お前がやったんだろ!? 吐け、おら!」



メイヤも縋りつくように俺を止めに入ってくるが、そんなことなど気にも留めることなく俺は長身のアルジールから自供を引き出すべく左右へとブンブン振り回す。


ずっとおかしいと思ってはいた。


なぜドラゴンも魔人もゴブリンもいるこの世界になぜ異世界ファンタジーの基本オプションであるはずのエルフがいないのかを。



元凶はすぐ傍にいたのだ。


900年近く、素知らぬ顔をして。



「な、何をしているのですか!? なぜいきなり仲間割れを!?」



ハッとして呆然としていたカーティスも大声で俺を止めに入ろうとするが、カーティスに今の状況を理解できるはずもないだろう。


だが、そんなことなど関係ない。


俺から異世界エルフハーレム——ではなく異世界ファンタジーの基本オプションの中でも最も重要なファクターの一つを奪った奴がすぐこの場にいるのだから。


ひょんなことから知ってしまった真実だが、俺にはこの場でアルジールを断罪する権利——いや、使命があるのだ。


だが、アルジールはこの後に及んでも罪を認めはしなかった。



「ク、クドウ様、わ、私は何もやっておりません!」



ほぉ、何をやっていないんだ? 聞かせてもらおうか? アルジールぅぅぅ!



俺はその後、数分に渡って、無抵抗なアルジールをブンブンと左右に振り回し続けるのだった。

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