第175話 勇者パーティーの像
王の誘いを受けた俺達はエルナス王国が予め用意していた馬車へと乗り込んだ。
豪華な馬車だったが、流石に全員が乗り込めるはずもなく、2台に分かれて乗ることになった。
俺が乗っている先頭を行く馬車には俺、アルジール、アルメイヤ、王国騎士団長であるクレアモンド、そしてなぜか【光の剣】のメンバーであるシステアが乗り込んでいた。
大門をくぐると、割れるような歓声が馬車の中にまで響いてきた。
俺が窓から外を覗き込むと、大通りには観衆が溢れかえり、全ての人が歓声を上げながらこちらへと手を振っている。
「そ、壮観だな」
魔王をやっていた俺でもこれほどの数の人間に出迎えられたのは初めてだ。
エルナシティアの具体的な人口がどの程度か俺は知らないが、王都民が全て集結しているのではないかと思えるほどに人々はごった返している。
「ここに集まった民衆はクドウ様を一目見る為だけにここに集まっているのですよ。どれだけ巧妙にお隠しになってもクドウ様の威光は隠し切れませんから」
アルジールは納得したように一人頷いているが、別に俺一人を見る為にここまで集まったわけではないのだろう。
とはいえ。
「手でも振った方がいいかな?」
まるで凱旋パレードのような様相を呈しているが、俺達が乗る馬車は屋根付きで外からはこちらの顔がちらっと見える程度だろう。
ぽつりと呟くと、正面に座るシステアが小さくこちらへ笑顔を向けてきた。
「良いと思います。アールさんの言う通り民衆は新たな勇者の顔に見にやってきたのだと思いますから」
そうだよな。そうでもないとここまで人は集まらないよな。
俺がちょっとドキドキしながらそんな事を考えていると、外の観衆から一際大きな歓声が上がった。
どうやらアリアスに先を越されたらしい。
男女入り混じり、「アリアス様ぁ~!」と割れるような歓声が上がっている。
……よし。
俺は意を決して、窓から顔を出して観衆たちに小さく手を振った。
すると——。
「わぁぁぁー!」と大きな歓声が上がる。
俺の顔は知らないはずだが、新たに勇者になったどちらかの勇者だと理解してくれたのだろう。
先程のアリアスの時と同程度のボリュームだったが、少し女性の「キャー!」といった黄色い歓声が少ないのは気のせいだろうか?
まぁいい。
歓迎されている事には間違いないはずなのだからな。
俺がそう納得して、窓から離れようとすると、後ろからメイヤの声が聞こえてきた。
「アールも手を振ってあげたらー?」
「いや、しかしだな、メイヤ」
俺に遠慮してかアルジールは少し渋る素振りを見せたが。
「みんなクドウ様の隣に立つアールを見たいんじゃないかな?」
「む、そ、そうか?」
メイヤに言われ、アルジールがゆっくりと身を乗り出し窓から顔を出した瞬間、歓声が一瞬収まった。
だが、次の瞬間。
「「きゃぁぁぁ~! アール様ぁぁぁ~!」」
男達の歓声を押しのけるように、女性たちの黄色い声援——というかもはや奇声のような叫び声が響き渡った。
そんな声援に少し顔を顰めつつもアルジールが手を振ると、更なる女性達の悲鳴の声が上がる。
そんな女性たちの多くの手には黄色い布のような物が握られており、一心不乱に布を左右に振っているのが見えた。
俺は出していた首を引っ込め、クレアモンドを見る。
「あぁ、あれですか? アール様のファンクラブの者達ですね。今、アール様は王都の女性からとても人気がございまして……。どこからか流出した写真から作成されたブロマイドが今、巷に溢れかえっているそうです」
いや、アルジールが魔人を倒して勇者になったのは昨日の事なんだが?
つまり、昨日の内にシラルークで撮影された写真がその日の内にエルナシティアに送られ、複写されたブロマイドが大量に出回ってしまったということか?
肖像権やら権利やらはどうなっているのだろうか?
ひとしきり手を振り終えたアルジールが戻ってきた。
「そういえば、演説の時に見知らぬ女に何枚か写真を撮られましたね」
「演説ってなんだよ」
「もちろん、クドウ様が如何に素晴らしいかを民衆に伝える為の演説です。システアがクドウ様を筆頭勇者にする為に必要な事だと言うので、僭越ながらシステアと共にこの私が」
あぁ、確か冒険者協会にもゴリゴリに圧力をかけていると聞いたが、そんな事までしていたのか。
俺がユリウスを助ける為に母さんを説得している間に色々動いていたらしい。
そんなアルジールの情報を補足するようにシステアが言った。
「記者だったようですよ。アリアス、ニア、私も何枚か撮られました」
この世界にも娯楽も芸能スクープもなさそうな世界でも記者はいるらしい。
魔界にはそもそも写真なんてものはなかったので、あまり意識はしていなかったのだが。
ていうか俺は写真を撮られた記憶なんてまったくないんだが、いつか来るんだよね? うん、多分きっと来るはずだ。
とりあえず俺のファンクラブの話が全くない事と黄色い歓声が少ない事は忘れる事にしようとした時、アルジールが窓の外を見て、クレアモンドに尋ねた。
「あれはなんだ?」
アルジールの質問を受けて、みんなが窓の外を見た。
馬車は大広場を通り抜けようとしているタイミングで大広場にある巨大噴水の中央には4体の像が建っていた。
「あれは初代勇者パーティーの像です。元々は別の場所に建っていたのですが、当初に作った物は作りも荒く、長年の劣化が激しかったそうで、今建っているのは100年ほど前に作り直したレプリカだそうです」
初代勇者は俺が生まれる前よりも前に亡くなったというから、最初に作った像と言うのは1000年ほど前に作られた物なのだろう。
当時は今よりも魔人の脅威に晒されていた時代で石像を作る職人が育つ環境になく、物資も乏しかったかもしれない。
俺達が通っているルートからは4体の内2体の像だけ正面から確認できた。
1体は剣を突き上げている長髪の剣士の像、そしてもう一体はちょうどニアが来ているような法衣を着ている女性の像だった。
ん? なんか剣士の男はどこかで見たような気が……気のせいか?
多分、恰好からして初代勇者と初代聖女なのだろうが、もちろん俺は初代勇者にも初代聖女にも会った事はない。
俺がそんな感想を抱いていると、アルジールがとんでもない爆弾を落とした。
「ふむ、ではあの像は道端の端にでも移動して、中央に巨大なクドウ様の像を建造しなければな」
コイツは頭がおかしいのだろうか?
いや、おかしい事は間違いないのだが、それはせめて身内だけの時だけにして欲しい。
アルジールの発言を聞いたクレアモンドはどう対応してよいのか分からないのか完全に固まってしまっている。
本来であれば、世界を魔王から救った初代勇者を侮辱されれば、激怒しそうなものなのだが、アルジールもまたシラルークを魔人の攻撃を守った勇者の一人だ。
しかも、今は半ば凱旋パレードのような状況で大声を上げる事すら躊躇われる状況でもあった。
正直、これ以上【魔王】の評判を落としたくはない。
ガランさえいればこの気まずい状況をうまくどうにかしてくれるのだろうが、今、ガランは後ろの馬車に乗っている。
なので、仕方なく俺は——。
「こーら、アール。あんまり冗談を言ってクレアモンドさんを困らせたらダメだぞ!」
——と可愛く誤魔化してみる事にした。
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