第173話 大神殿にて

伝説の初代勇者パーティーの一員でもあった初代聖女マリアは初代勇者亡き後も世界救済の為に祈り続け、魔王軍によって生み出されてしまった多くの孤児を救済する為に世界各地に教会を建てた。




都市ユリスリティアにある大神殿はマリアが魔王討伐後に得た莫大な報奨金の多くをつぎ込んで建てた最初の教会であり、現在では世界最大規模を誇るユリウス教の総本山となっている。






事の始まりは2日前の事だった。




これまでほとんど姿を見せる事がなかった神ユリウスの降臨。




そして、多くの神官の前で神ユリウスは魔王ギラスマティアの死と魔王ギラスマティアが世界の均衡を保っていたという真実を告げた。




だが、事件はそれだけでは終わる事はなかった。




その日の内に多くの古文書にも記されている伝説の魔人アルジールが遠く離れた町シラルークに現れたと報告が上げられた。




魔王軍の侵攻に備え、人類は現勇者アリアスと現聖女ニアをシラルークへと送り出すと、翌日にシラルーク東方の森で魔王軍四天王ブリガンティスの配下の魔人と衝突。


E級冒険者だった勇者クドウ、アールの力も借りてアリアス達はなんとか魔王軍の先兵を撃退することに成功する。




だが、魔人と撃退したその日に更なる事件は起こることになる。




シラルークに聖竜が襲来し、それとほぼ同時間にこの大神殿から法王が姿を消したのだ。


法王が姿を消したのはシラルークを聖竜から守るために降臨したユリウスによって召喚されたものだと神官達が知るのはその数時間後のことになった。




そして、事件続きの大神殿では今日もちょっとした事件が起きていた。






「神ユリウスと法王は何を?」






「遂に戦いが始まるのか……。おぉ、神ユリウス、どうか世界をお救い下さい」






大神殿内に安置されているオーブが光り、法王を含めた神官達は全員大神殿に集められたの。しかし、神ユリウスが降臨する降臨の間に呼び出されたのは法王だけだった。




残る神官達はこうして降臨の間の手前に備え付けられた一室で、神ユリウスと法王の話し合いが終わるのをただ待っていた。










降臨の間にはユリウスと呼び出しに応じた法王が相対していた。






「座らないのか? その歳で立ち続けるのは辛かろう?」






「いえ、問題はございません。お気になさらずに」






既に法王がユリウスに呼び出されてから20分ほどが経過していた。


その途中でユリウスは何もない空間から一脚だけ椅子を取り出して、法王に座るのを勧めたのだが、法王はそれを断っていた。




法王は74歳と確かに高齢だが、健康状態も良好で足腰も同年代から比べるとかなりしっかりとしている。


だが、仮に多少元気でなくともユリウス教の神であるユリウスを差し置いて、自分だけが座る事などよっぽどの事がなければありえない。




法王としては立って待つことには何の不満もないが、ユリウスが何を待っているのかが、ただそれだけが気になって仕方なかった。




20分待ち、法王が痺れを切らし、ユリウスに尋ねようとした所で、突如異変は起きた。






「なっ!?」






何の前触れもなく、ユリウスの後方に黒い渦のような物が複数同時に出現したのだ。


法王が驚きの声を上げる中、それらの渦から6人の色とりどりの全身タイツを着た格好をした者達が出てくる。




そんな珍妙な光景に驚く事もなく、ユリウスは渦から出てきた赤色のタイツの男に声をかけた。






「遅かったな」






「はは、流石にあの男を説得するのには苦労しましてね。彼が魔剣邪ぁ~を嫌いなんて情報聞いていませんでしたよ」






赤タイツの男が頭を掻きながらも少しだけ抗議めいた声を上げると、ユリウスは小さく鼻をフンと鳴らす。






「これはミツキ殿の趣味だから我にそんなことを言われても知らぬ。まぁ正体を隠すのには好都合だからこうなっただけでな」






「あー、ユリウス様も魔剣士あっくん押しなんですか? その割には黒い服なんて着ている所を見たことがありませんが」






「……どちらも興味はない。それよりレナザード様の処理は無事に終えたのか?」






「はい、問題なく。探知妨害魔法をかけておきましたので当分時間は稼げると思いますよ。万が一にも接触できないように魔界の辺境に捨ててきました」






「そうか」






ユリウスとしてもレナザードがこの世界にやってきたのは予想すらしていない出来事だった上に、いち早く発見できたのは本当に偶然の事だった。




ユリウスはこの世界を去るよりも前の彼女から【始まりの者】6人とその側近の姿形を視せてもらっていた。


だから探知魔法で発見した時にレナザードが彼女が話していた【始まりの者】の一人だという事に気が付くことができた。




それと同時にユリウスは瞬時に理解した。




レナザードを彼にもフィーリーアにも接触させてはならないという事を。




レナザードがなぜ魔力を失っていたかも、彼女が遥か昔に仲間達に語れなかった真実を知ってしまったかもユリウスには分からない。




だが、あの日の真実をフィーリーアに伝え、【始まりの天翅】ラーの計画を阻止しようというのならユリウスは絶対にそれを阻止しなければいかなかった。




全ては始まりの地で彼女が仲間に話す事が出来なかったあの日の願いを叶える為に。






「そんなに心配なら始末してしまえばよかったのでは?」






考え込んでいるユリウスに赤タイツが尋ねたがユリウスはそれをすぐに疑問で返す。






「お前たちに勝てたのか? クロナという者がかなりの強さだったようだが」






「微妙な所かもしれませんね。まぁでも命令だったら従いましたよ」






「ふははは、頼もしい限りだが、レナザード様に手は出せぬ。これも我があの方とした約束の一つだからな」






「あの、神ユリウス?」






置いてきぼりにされていた法王がここでようやく話に割って入り、ユリウスは法王へと視線を移す。






「なんだ、法王? 言っておくが、お前の事を忘れていたわけではないぞ。どうせここまでの話はお前には理解できなかったであろう。だが、分からずとも今言った話は他言無用だ。絶対に誰にも話してはならない」






「は、はぁ」






ユリウスの言う通り法王には今言っていた話のほとんどが理解できなかった。




法王からすればそれよりもこの色タイツの集団の正体が気になるところだが、それも話すことができないのだろうと、聞くことはしなかった。






「ここからの話は神官に喋ってもよいぞ。気になる点があれば質問しても構わぬ」






そうユリウスが前置くと、赤タイツが話を再開した。






「クドウには3日後の魔王軍襲来の件を伝えましたよ」






「み、3日後に魔王軍が侵攻してくるのですか?」






「そうだ。今から準備すれば転移魔法を使わずとも、人間界西部の町に高位神官を集める事ができるだろう。あぁ、だが前線には出すなよ。足のない神官連中では邪魔になるだけだからな。あくまで後方での支援を優先させ、町に魔法障壁を施せ」






ユリウスはこれまでの経験から法王にそう助言した。


冒険者協会に所属するヒーラーならば前線の激しい動きにも対処できるかもしれないが、神殿に仕え戦いに慣れていない神官では戦場では邪魔にしかならない事をユリウスは長きに渡る過去の戦いで知っていたからだ。






「畏まりました。そのように指示を出します」






「あとブラウンから試練の塔の鍵を開けると伝えておきましたので、近々勇者アリアスが試練の塔に挑戦してくると思います。ユリウス様もご準備をお願いします」






「あぁ、分かった。……3年ぶりになるか。ここまで早い挑戦になるとはな」






これまで数回に渡って実施されてきた試練の塔の試練だが、16歳での挑戦は異例中の異例だ。


加えて、アリアスは本来の試練を受ける資格を有してはいなかった。




今となってはその用件を満たす事は不可能なので、ユリウスとしてはその事をどうこういうつもりはない。


アリアスが真の勇者に相応しい力と思いがあればユリウスはアリアスに真の勇者としての力を授けるつもりでいる。




ここで後ろで話を聞いていた茶タイツの男がユリウスに話しかけた。






「ユリウス様、申し訳ないのですが、私はそろそろ行かねばなりません。いつまでも不在では怪しまれてしまいますので」






「そうだな、お前達ももう行ってよいぞ。我はまだ法王と話がある」






ユリウスに促され、色タイツの集団は転移門を潜って、どこかへと帰って行った。




ユリウスと2人残された法王は尋ねた。






「それでお話とは?」






「法王、貴様が信じるものは何だ?」






唐突に問われた法王だが、ユリウス教の神官であればその問いの答えは最初から決まっている。






「もちろん、神ユリウスでございます」






「そうか、ではもう一つ問う。信ずる者は消えてなくなった時、次に信ずるものをどう決める?」






「は? 次にでございますか?」






一瞬、ユリウスが言っている意味が分からず、法王は答えに窮した。


自身が信じるものは神ユリウスのみである。と答えるのが神官なら当然の答えかもしれないが、どうもユリウスがそのような答えを求めているとは法王には思えなかった。






「ふっ、信心深いのは結構だが、こんなに迷っているようでは人を導いていかねばならぬ者としては失格だな」






「……申し訳ございません」






ユリウスは小さく笑うと、ゆっくりと法王に背中を向けた。






「迷うな。結局最後に信じられるのは貴様自身の心だけだ。盲目的に信じるな。疑え。そして、最後の決断は貴様自身で決めるのだ。どのような存在にも心だけは屈してはならない」






それだけ言うと、ユリウスは自らが作り出した転移門の中に消えていった。




その言葉が法王が聞くユリウスの最後の言葉になることをこの時の法王は知る由もなかった。

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