第172話 戦いに備え
「アレはやっぱやり過ぎだったよなぁ」
「何の話ですか? クドウ様」
「いや、こっちの話だ、気にするな」
今、思ってもアレはやり過ぎなプレゼントだったと思う。
母さんがなぜあんなに本気になったのかは今でも分からないが、アレをいざプレゼントしようとした時は本当に大変だった。
後日、アルレイラを魔王城に呼び出して、贈ろうとしたのだが頑としてアルレイラは受け取りを拒否したのである。
「このような品は受け取れません」と言って。
だから刺繍はともかく魔法の強化はやめてくれと母さんに何度も言ったのだが、暴走した母さんを俺に止める事などできるわけがなかった。
仕方ないので東部地域を守護しているはずなのに万年魔王城に常駐しているアルジールとアルメイヤを呼び出し、アルレイラを強引に説得させることにした。
数時間にも及ぶ攻防の末、最終的にアルレイラは折れたのだが、それはそれで今度は【エターナルホワイト】しか着てこなくなってしまった。
結局アレがアルレイラにとってパワハラだったのかそれとも気に入ってくれていたのか今でも俺には分からず仕舞いだ。
そんなこと思い出に耽っていた俺をミンカはじっと見つめていた。
そして、アルジールに悪い影響を受けたのかとんでもない事を言い出した。
「クドウさんはアールさんのお姉さんとお付き合いしていたのですか?」
もちろん、そんなわけはない。
部下だったからこそそこまで意識はしていなかったが、アルレイラは控えめに言っても絶世の美女だ。
身内びいきをするわけではないが、母さんと姉さん達を除けば俺が知る中で、一番の美女と言ってもいい。
その上、どこぞの馬鹿2人と違って仕事ができる上に気遣いもできる完璧な女なのだ。
力が全ての魔界じゃなければ確実に四天王筆頭はアルレイラだっただろうと自信を持って言えるそんな女がホントに戦闘能力全振りだった俺なんぞと釣り合いが取れるわけがない。
「ミンカ、信じられないかもしれないがアールの姉さんはな、常識があって才色兼備を絵にしたような女性なんだ。とてもじゃないけど俺とじゃ釣り合いは取れないよ」
仮に俺が魔王という絶対的権力を使ってアルレイラにそのような関係を迫ろうものならそれこそパワハラだろう。
「少なくとも姉上はクドウ様の事を好ましく思っていたようですが」
とアルジールは俺の言葉を否定するようなことを言いだしたが、そりゃ流石に嫌われてはいなかっただろう。
俺の勘違いでなければアルレイラからは敬意のようなものは感じていたので魔王として敬意は払ってくれていたのだろう。
だが、それは単なる上司に対する敬意であって異性に対する恋心などでは決してない。
だから俺はアルジールの妄言は無視することにしてミンカの問いだけに答える事にした。
「だから俺には彼女というモノはいないんだ。今も……そして、これからもね」
そう言って俺はミンカへと笑顔を向けた。
なんだか自分で言ってて悲しくなってきた。
ミンカも俺の卑屈さ呆れたのかちょっと苦笑いを浮かべている。
まぁこれが現実なのだから仕方がない。
伊達に1000年間もの長きに渡って孤独を貫き通した俺にはそれが身に染みて分かっているのだ。
「じゃあシステアさん達を待たせているからそろそろ行くよ」
「あ、はい。いってらっしゃい。あの……また帰ってきたらでいいのでお買い物に付き合ってもらってもいいですか?」
「ん? いいよ。俺で良ければ。ミンカの買い物中でほっぽり出しちゃったからね。じゃ!」
そうして、俺達はミンカの見送られながら宿を出て、システア達がいる冒険者協会へと歩き始めた。
「そういえばどういう経緯でミンカとデートに行く事になったのですか?」
街を歩く中、いつもの如くアルジールにべったりとくっついたメイヤが俺に尋ねてきた。
「ん? あぁ、俺が世話になったからなんかプレゼントしたいってミンカに話してたらミンカのママが横で聞いていたみたいでな。どうせくれるなら一緒に行って欲しいもんを買ってやってくれって言われてさ」
「なるほど、彼女にそのような勇気がある様に思えなかったのでおかしいと思っていたのですが、そういう訳だったのですね。お姉さまには悪いですがなかなか面白い展開ですね」
何が悪いのかも面白いのかも俺にはさっぱり分からんが、メイヤの中では中々面白い展開になってきたらしい。
「それにしてもクドウ様と2人でお買い物とはなんともけしからん女だな。うらやましい」
「あ、アールもデートがしたいなら私がいくらでも付き合うよー! エルナシティアはお店がいっぱいあるんだって!」
アルジールの訳の分からないボヤくような呟きに敏感に反応したメイヤがそう言いながら、ひっついた体をクネクネとくねらせた。
俺は流石に慣れてきたが、周りの視線が痛すぎるのでもう少し普通に歩けないものだろうか。
アルジール本人は横でクネクネしようが擦りつこうがあまり気にしてはいないようだが——。
「メイヤ、お前と私が一緒に出掛けたらクドウ様を守る者がいなくなってしまうだろう。却下だ」
とメイヤの提案は却下された。
俺としてはたまには一人でゆっくりしたい時もあるので、別に構わないんだけどね。
アルジールはともかくメイヤじゃいてもいなくても戦力的に見ればそこまで変わらんしな。
まぁアルジールとしてもメイヤに俺を守らせるというよりは自分が俺の事をも守りたいのだろう。
だからお前とのデートには付き合えませんよ。
とそういうことなのだろう。
魔人時代から自身の守護領域を放り出して魔王城にずっと詰めていたアルジールらしいといえばらしいがそろそろ俺離れして欲しいものである。——撒くのも面倒だからな。
まぁ数百年無理だったものはもう無理かと諦めた所で俺は少し気になっていた事をアルジールに聞いてみる事にした。
「そういやさ、お前さ、ちょっと魔力上がってないか?」
この前のクロナの戦闘の時、俺はアルジールの魔力を頼りに現場へと急行したのだが、その時にアルジールの魔力がこの人間界へと転生したばかりの時よりも僅かに上がっているような気がしたのだ。
まぁなんとなくそんな気がしたというくらいで確信はなく俺の勘違いの可能性もある。
「そうでしょうか? もし魔力が戻っていればこの町を全て消し飛ばしていたと思うのですが? ……あぁ、私にそれだけの力があればあの女など小細工など弄せず町ごと消し飛ばしていたものを」
途中からクロナとの戦闘を思い出してしまったのかアルジールの表情が僅かに悔しさで歪んだ。
1000年以上の時を生きるアルジールにとっても2度目の敗北だっただろうから俺も悔しさは理解できる。
とはいえ、流石に町ごと消し飛ばすは言い過ぎだろう。
小さな村くらいなら一撃で消し飛ばしていた可能性もあるがシラルークは地方とはいえ一応、冒険者協会や多くの商店も立ち並ぶ都市だ。
仮に全盛期の力で【雷神竜】を放ったところで1/10を消し飛ばすくらいが限界だったはずだ。
まぁそれでも10発放てば1都市をほぼ消し飛ばせるのだから効果範囲とは充分過ぎるし、それほどの効果範囲があったのなら今日勝っていたのはクロナではなくアルジールだっただろう。
「まぁ頭を使うようになったのは良い事だと俺は思うぞ。お前は俺以外に自分より強いやつを見たことがなかった所為か基本的に魔法をぶっ放す戦い方しかしてこなかったからな」
正確に言えば、魔法を数発撃った時点で戦いが終わってしまうからそういう戦いしかできなかったが正しいかもしれないが。
唯一、魔法をぶっ放すだけでは勝負がつかなかったのがブリガンティスだった。
その時のこいつはブリガンティスとの戦いを楽しんでいたのかケリをつけてしまえば遊ぶ相手がいなくなってしまうからかは分からないが、ブリガンティス相手でも特に頭を使うことなくただ魔法をぶっ放すだけで戦っていた。
そういう意味では俺以外で敗北の味を教えてくれたクロナとの出会いはアルジールにとって成長を与えてくれた良い出会いだったのかもしれない。
今の魔力ではブリガンティスには及ばないかもしれないが、頭を使う戦いを覚え、あと少し手助けすれば3日後の戦いでも十分戦えると俺は思う。
「アルジール、アリアスが試練に挑む間、多分俺達には時間が出来る。その時ちょっと行ってみたい所がある」
「もちろんお供させて頂きます。そこにはガラン達もお連れに?」
こいつ、ホントガランが好きだな。まぁ友達ができてよかったが。
とはいえ、流石にガランどころか人間を連れて行けるようなところではないのでもちろんそれは却下だ。
「あー、ダメだ。ていうか俺達がその場所に行く事はみんなには内緒だ。メイヤはついてこい。流石に雑魚相手に無双できるくらいにはしておきたいからな」
俺がそう言うと、アルジールは何かを閃いたようにちょっとだけしたり顔をした。
「ふふふ、なるほど。たった3日で戦闘能力を上げる……。クドウ様が昔言っていた1日で1年間分の修業ができるという例の部屋に行くのですね」
したり顔をさせて申し訳ないがもちろんそんな便利な部屋など俺が知る限り存在しない。
いや、あるのかもしれないがそれは画面の中だけの話であり、少なくとも魔法が存在するこの世界でもそんな部屋などありはしない。
「違う。言っておくがただ頭に手をかざしただけで隠された才能に目覚めたり、戦闘能力を10倍にする技を授けてくれる仙人も存在しないからな。まぁ、ついてきたら分かる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます