第150話 我慢できない者
「アリアス!」
ニアが女の様子になど気を向ける様子もなく、アリアスの元へと走っていく。
「……そんなバカな」
目の前の光景を信じられず、システアはそう呟く。
アリアスはクドウが現れる前までは世界最強の剣士であり勇者だった。
そのアリアスが何もできずに倒されてしまうなどありえない。
それが仮に魔王軍四天王の一角であったとしても。
だが、それ以前の問題として——。
(……あの女、アリアスに何をした?)
目の前の光景としてアリアスが地面に倒れ伏しているのだから、あの女がアリアスを攻撃したのは間違いない。
だが、システアの目から見て女はその場から一歩も動くどころか攻撃の素振りすら確認できなかった。
(魔法? いやありえん。あの女からは未だ魔力を感じぬ。では投擲武器か?)
女の攻撃手段が分かった所で恐らくシステアには何もできない事は分かっている。
だが、それでもこれからやってくるクドウ達の助けになるかもしれないと、システアは冷静さを失った頭で必死に考えるが答えは出ない。
(わしの考えが甘かったのか。魔人アルジール以外の四天王ならば多少は勝負になるとは思っていた。……だが魔人ミッキー、あまりにも強すぎる)
そんな中アリアスはニアに付き添われて、冒険者数人に運び出されるのをシステアは横目に見る。
(生きているか。じゃがあの様子じゃ当分戦闘は無理じゃろうな。まぁそれ以前にこの場にいる全員でかかったとしてもミッキーに勝つのは不可能じゃろうがな)
アリアスを何もせずに見送った女は何も言わないシステアに再度尋ねる。
「もうこの場で戦えるのはあなたくらいしかいないと思いますが、もう終わりですか?」
女はなにごともなかったかのように表情一つ変わっていない。
(わしじゃ勝負にならない事くらい分かっておるじゃろうに。……どうする? このまま時間を稼いでクドウさんが来るのを待つか?)
システアもクドウとアールが合流し、この場で魔人ミッキーを討つのが最良だということは分かっている。
たった2人で人間界へとやってきた今この時が魔人ミッキーを討つ最大のチャンスでもあるのだから。
だがその逆にクドウとアールがこの場で敗れてしまった場合、それは人間界の敗北を決定づけてしまう事にもなりかねない。
(クドウさん達はまだまだ若い。これからもきっと強くなっていくだろう。もし仮に今は勝てないのだとしたとしてもいずれはきっと)
もしかしたら現状でもクドウ達は魔人ミッキーを倒す力を持っているのかもしれない。
だが、システアはその賭けに出る事はできない。いやできるわけがなかった。
システアは通信魔法を起動させる。
あとはクドウ達に逃げるように伝えるだけでいい。
仮にミッキー達にも聞かれた所で問題はない。
ミッキーはこの街の中で自力でクドウ達を発見する事が出来なかった。
平常時ですら隠し切れない魔力を持つあの2人をだ。
余りにも戦闘能力とのバランスが取れていないが、ミッキーは魔力探知を使う事ができないのは間違いない。
あとは連絡するだけ。だがここで一つ大きな問題が発生した。
(あれ? どう説明すればいいんじゃ?)
説明無しにとにかく逃げろと言えば、恐らく心配したクドウは結局やってくるだろう。
逆に想定よりも強かったミッキーの強さを説明してから逃げろと伝えた場合……。
(……聖竜にすら臆さなかった人だぞ。私達がピンチだと知ればあの人は……)
クドウが急いで駆けつけてくる姿を想像し、システアは顔が真っ赤になる。
だが、今はそんな事を考えている場合ではない。
システアは万が一にも人類の希望を失うわけにはいかないのだ。
そんな時だった。
「——なんだ? この茶番は?」
レナザードが溜息を吐き、クロナの元へと近づいていき——
「おいっ、行くぞ。とんだ無駄足だったな」
そう言ってレナザードは冒険者協会の外へと向かい始めるの見て、ミッキーが話しかける。
「勇者クドウ、勇者アールと会って行かなくてよろしいのですか?」
するとレナザードは歩みと止めて「ふんっ」と鼻を鳴らし、不機嫌そうに答えた。
「私はリアを止めたという勇者とやらに話を聞きにきたのだ。さっきの勇者と同格の者にリアを止めれると本気で思うのか?」
「いえ、思いませんが……。一応話を聞くという話だったのでは?」
「それが無駄だと分かったから出るぞと言ったのだ。私達には時間がない。一刻も早くリアに会わなければならないというのにこのような事をしている場合か?」
(仲間割れか? 話はよく分からんが、このまま魔界へ帰ってくれるというのなら好都合じゃ。ミッキーの強さを体感できただけでもありがたい)
ミッキーがレナザードと呼ぶ者の正体は全く分からないが、2人の態度から察するにレナザードはミッキーの上位の存在に思える。
ミッキーよりも強いなどという事は考えたくもないが、この場はレナザードという者の意見が通りそうだ。
「——ですからクドウとアールという者は先程のアリアスという勇者よりも強い可能性が高いのです。少しだけ待ちませんか?」
クロナとしては何の手かがりもなく探すよりは小さな可能性でも賭けてみる方がいいとレナザードに食い下がったのだが、いつになく食い下がるクロナに遂にレナザードは大声を上げた。
「強いというにも限度というものがあるだろう! 最強の四天王シュトライゼンですら他の四天王よりも頭一つ抜け出ている程度だった! アレの頭一つ程度でリアを止められるわけがないだろう! 勇者クドウも勇者アールも所詮さっきの勇者と同じ取るに足らない存在に決まっている!」
レナザードの言葉にクロナを含め、冒険者協会内にいる誰もが言い返す事ができなかった。
言い返す事などより早くみな魔王軍四天王ミッキーの脅威から逃れたかったからだ。
(言っていろ。数年後おぬしらは後悔することになる。今この時、勇者クドウを討たなかったことをな)
心の中でしか口に出せない事をシステアは少し悔しく思ったが、この程度の事などなんともない。
いずれ人類が魔人に勝利し、悪しき竜を討つことをシステアは心の底から信じているのだから。
そんな時、不意に魔力感知による警戒を完全に怠っていたシステアの魔力感知のセンサーが途轍もない魔力の波動を感知した。
(——なんじゃ! この途轍もない魔力は!? 外!?)
システアは咄嗟に途轍もない魔力を感知した冒険者協会の入り口付近を振り返る。
こんなに激しい魔力を発しているというのに、ミッキー達は全く気付く様子がない。
そして、静まり返った冒険者協会内にギィーと扉の関節部を軋む音と共にそれはやってきた。
「……クドウ様が取るに足らない存在だと?」
冒険者協会内に入ってきたそれにこの場にいる全ての者が振り返る。
「……ア、アールさん?」
思わずそう呟いたシステアの視線の先には途方もない魔力と轟く雷鳴を纏わせたアールが立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます