第137話 システアの回想3
「今から話す事は他の人には絶対に話してはダメよ」
そんなシルベリアの前置きにシステアは素直に頷いた。
「いい子ね。……私はね、昔、魔界で暮らしていたの」
「うん」
「魔界では私はこう呼ばれていたの。エルフ女王シルベリアってね。そして魔王軍の四天王の一人でもあった」
「……えっ?」
システアは魔王軍四天王の名こそ知りはしなかったが、それでも魔王軍四天王自体は聞いた事があった。
かつて魔王が世界に君臨していた時、魔王の手足として人間界に破壊の限りを尽くした張本人達こそが魔王軍四天王。
シルベリアがその魔王軍四天王だったという事実を知り、システアは驚きを隠せなかった。
「怖がらせてごめんなさい。でもこれは本当の事。何年経とうが私が四天王の一人だったという事実は消えない。でもこれだけは信じて欲しいのだけど私は今まで一度たりとも人間界に侵攻したことはないの」
それこそがシルベリアが人間界においてあまり存在を知られていない理由の一つだった。
だからこそシルベリアは本名を隠さずこれまで人間界で生活できていたのだ。
「でも四天王だったんだよね?」
「私は魔王には逆らえはしなかったけど四天王の地位に就くときに魔王と1つの約束をしたの。私達エルフ族を人間界の侵攻に参加させないこと。その代わりに傷ついた魔人の回復を行い、魔界が侵略された際には防衛に全力を尽くすとね。条件をつけた私が気に入らなかった様だけどエルフ族の強力な回復魔法は魔王にとっても利用価値が高かったみたいね。それに四天王が3人もいれば人間界を蹂躙するには十分と考えた魔王は私との約束を受け入れたの」
「ママはなんで人間達と戦わなかったの?」
普通であれば魔王の不興を買ってまでそんな約束を取り付けようとは思わないだろう。
魔王が納得したからよかったものの一歩間違えていればエルフ族は魔界で危機的状況に陥っていたかもしれないのだから。
「始祖様との約束があったから。始祖様は人間を心の底から愛しておられたの。私達をこの地に残した際、始祖様は言ったわ。人間と決して争ってはならないと。いつしか魔人と人間が手を取り合う時が来るその時の為にとね」
聞きなれない単語にシステアはシルベリアに聞き返した。
「始祖様?」
「私達のエルフ族の始まりとなられたお方よ。今は遠くの地に行ってしまったけど私達エルフはその時の約束をずっと守っているつもりだった。でも結局の所、私達は人間界の侵攻に力を貸してしまっていたのよね。そして、魔界にやってきた彼らと戦ってしまった。結果は目も当てられないような惨敗だったのだけどね」
シルベリアは後悔を口にしながらも、笑みを浮かべているようにシステアには見えた。
エルフの始祖との約束を破る戦いがシルベリアをなんらかの呪縛から解き放ったのだとシステアにはなんとなく理解できた。
「確か始まりの勇者ユリウスに負けたんだよね?」
「そう、ユリウスさん。不思議な人だった。敵のはずのエルフ族を匿って、私を魔界から逃がす為にこの村まで紹介してくれたのだから。あとはシステアの想像の通り」
システアは村の人々から何度も聞いた事があった。
この村はかつての魔人の人間界侵攻に晒され見捨てられた村だったと。
そんな絶望の光景から救ったのが今は亡き始まりの勇者ユリウスだった。
村の人々がシルベリアが魔人であることに気付いているかどうかは分からない。
だが、気づいていても断らなかったのだろう。
それが村を救った英雄ユリウスの頼みであり、その英雄ユリウスが村の者達を信頼しシルベリアを預けたのだから。
「これで私の話はおしまい」
なぜか少し照れた様子でシルベリアが自分の話を打ち切り、話を元に戻す。
「それでね、今回ヴェーネ……あっ、この子の事なのだけど」
シルベリアがそう言うと、傷を負ったエルフ族の女が会釈を交えて挨拶した。
「どうも、紹介が遅れました。ヴェーネと申します。どうかお見知りおきを。システア様」
「ど、どうも」
堅っ苦しいヴェーネの挨拶に思わず緊張したシステアが慌てて挨拶を返すとシルベリアが話を再開した。
「さっきも言ったけどヴェーネが言うには魔界に隠れ住んでいたエルフ族が竜の襲撃に遭ったらしいの。だからお母さんは竜と戦いに行きます」
それは相談ではなく決定事項だった。
恐らくシステアが泣いて叫んだとしてもシルベリアは竜と戦いに行くだろう。
それを幼くして悟ったシステアはワガママなど言わずシルベリアと送り出す決断を既に決めていた。
だがそれでもこれだけはどうしても聞いておきたかった。
「ママはその竜に勝てるの?」
「もちろんよ。だってお母さんは元魔王軍四天王の一人なのよ」
シルベリアの優しい笑顔の奥には強い闘志が燃えているように見えた。
「勝って帰ってきてね!」
「分かってるわよ! お母さんとシステアの約束!」
そう言って2人はしばしの別れを惜しむように抱き合った。
「そろそろ行ってくるね。お父さんといい子で待ってるのよ」
「うん!」
シルベリアは手を振るシステアに見送られながら、転移門の魔法を発動させると、名残惜しそうにヴェーネと共に門の向こうへ消えていったのだった。
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