第136話 システア回想2
「——我らの隠れ里に竜が」
「竜? そんなことでわざわざこの地までやってきたのですか? ここまでの道のりは簡単なものではなかったでしょう?」
意外そうなシルベリアの言葉がシステアの耳に届く。
システアは竜というものを今まで見たことはなかったが、情報としては知っている。
魔物の中でもかなり上位に位置する魔物で高名な冒険者でもかなり手こずる相手だというくらいには。
恐らくこの村に現れたなら村人が全員でかかったとしても全滅は免れない。
竜とは当時のシステアからすればそんな存在だったのである。
そんなシステアの考えを裏付けるかのように女は暗い声で自分達の身に起こった出来事を語り始めた。
「……シルベリア様、アレは化け物です。応戦に出た者達は全てやられ隠れ里は壊滅。残った半数の者達は南方に逃れる為に現在も移動中です」
「そんな馬鹿な!」
女の説明を聞いたシルベリアはガンと机を叩いて叫んだ。
「エルフ族の精鋭が竜たった1体に敗れたというのですか!」
「シル、落ち着こう。あの子に聞こえる」
興奮するシルベリアを落ち着かせるように小さな声でリンドが宥めるとシルベリアは心落ち着かせるように少し間を置いて女に尋ねる。
「南方と言いましたね? では皆はベリル殿の所へ向かっているのですね?」
「はい。あの方でしたらエルフ族の力になってもらえるとシルズ様が……」
女はそう言ったかと思うと、すすり泣くような声がシステアの耳にも届き、シルベリアはそれで悟ったように呟いた。
「そうですか。シルズは立派に戦いましたか」
「……はい、立派な最後でございました」
「あなたの主観でかまいません。ベリル殿と悪魔族はその竜に勝てますか?」
そんなシルベリアの問いに女は問いで返した。
「シルベリア様、北方の龍神族に助力は頼めないでしょうか?」
「無理ですね。彼らは私達の裏切りを決して許さないでしょう。それに彼らは竜に近しい魔人ですからね。……そうですか。ベリル殿の力を借りても厳しいのですか」
「はい、恐らくは」
「時間的猶予は?」
「分かりませんが、恐らく我らエルフの民はもうベリル様と合流した頃かと。竜から攻撃は既に行われていたとしても不思議はありません」
「なるほど、それで私の所へ」
シルベリアの言葉にリビング内では沈黙が続いた。
その沈黙の意味は幼かったシステアにも理解が出来た。
エルフ族の女は同族の窮地を救うために同じエルフ族であるシルベリアに助力を求めにやってきた。
それに応えるか否かシルベリアは今悩んでいるのだ。
かつての同胞を為に魔界へ赴くか、今のシステアとリンドとの生活を優先し同胞たちを見捨てるかの決断を。
システアは願った。
女の頼みを断り、自分や父との平穏な生活をシルベリアが選択することを。
だが、無情にも沈黙を破ったのは決意を決めたシルベリアの言葉だった。
「時間はなさそうですね。分かりました。今夜にでもここを発ちましょう」
「あ、ありがとうございます! シルベリア様! これでエルフ族はきっと救われます!」
「ごめんなさい、あなた」
女の明るい声とは対照的にシルベリアは申し訳なさそうな声でリンドに謝罪するが、リンドから聞こえたのは非難でも制止する声でもなかった。
「いつかこんなことになるかもしれないとお前と一緒になった頃から覚悟はしていたさ。でもその相手が人間でなくて本当によかった。お前が大勢の人間を殺して帰ってきたなんてシステアに説明できないからね。……帰ってくるんだろう?」
「えぇ、絶対に」
「じゃあシステアを呼んでこないとね。お前が少しの間、旅発つことを教えてあげないと」
リンドが言い終えて少しすると扉が閉まる音が聞こえてシステアは残っていたパンとスープを急いで口に流し込む。
そして数十秒でリンドが部屋までシステアを呼びに来た。
「システア、お母さんから少し話があるみたいだ。一緒にリビングに行こう」
「うん、パパ」
何も知らないのを装ってシステアはリンドの後に続く。
リビングでは笑顔のシルベリアと微妙な表情をしたエルフの女が待っていた。
「システア、ここに座って」
そう促されてシステアはリビングの空いた椅子に座りシルベリアの言葉を待つ。
「システア、お母さんは少し昔の知り合いの手伝いに行かないといけないの。だから少しだけ辛抱してお留守番しといてもらえる?」
「何のお手伝い?」
「え、えーっと、畑に獣が出たらしいの。その駆除のお手伝いにね! これでもお母さん魔法上手なんだよ!」
嘘だ。
只の獣なんかではない。
システアはエルフ族が魔界に存在する上位クラスの魔人であることを幼くして知っていた。
そんな魔界でも強者であるはずのエルフ族が束になっても敵わない強大な竜を倒す為に母が魔界に行こうとしていることくらい分かっている。
「ママ強いんだー! だったら悪者の竜なんか一撃だね!」
「そうそう、私にかかれば竜なんて……って聞いてたの?」
「うん、ごめんなさい。魔法で聞いてた」
「私の娘ながらなんて子。全く警戒してなかったわ」
システアの盗聴していた事を窘めることなくシルベリアは素直に感心し、娘であるシステアに正直に明かす。
「そうね。嘘はいけなかったわね。そう、お母さんは昔の仲間を助けに竜と戦いに行きます。でも大丈夫。お母さんがとっても強いのは本当の事だから」
そして、シルベリアは娘にも秘密にしていた過去を語り始めるのだった。
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