第122話 黒の暴君

「……いいんっスね? 飲むっすよ? 後で返してとかはナシっすからね?」



ワイングラスが行き渡ってもガランは未だ、ユリウスワインの希少性からか俺に何度も確認してきた。


流石にワイングラスに注いだものを今更返せなど言うはずもないのだが、そんな常識をも破壊しうるインパクトがユリウスワインにはあるようだ。



「えぇ、どうぞ」



俺の言葉を確認したガランは蒸留酒ストレートを飲んだ時とは違い、ゆっくりとワイングラスを傾けると——。


ワイングラスを傾けたままのガランはその場で固まってしまった。


アリアスが必死に語り掛けてもまったく返事が返ってこない。


「おーい、どうしたの? ガラン。おーい」



アリアスが更に呼びかけ続けると、ガランははっと我に返ったのかポツリと小さな声で呟いた。



「よかった……っス」



ポツリと呟いたガランは身を乗り出すと、俺の手を力強く握った。


いきなりのガランの行動に俺は一瞬ドキッとしたが、握手をしたかっただけと気づいて訳は分からなかったがとりあえずガランの手を握り返してみるとガランは今度は興奮した様子で俺に詰め寄った。



「俺、クドウさんと仲間でホント良かったっス。システアさんがほれ——」



「「「わー!」」」



ガランが何かを言おうとしたのをなぜかアリアス、ニア、そしてシステアが大声で遮ぎり、アリアスが凄い身のこなしでニア、システアを飛び越えてガランの口を塞ぎにかかる。


流石は勇者と言った所かガランが持つグラスワインを零れないように確保した上で。



「ガラン、おま、おま、おま」



そんな様子を見ながらシステアは壊れたおもちゃの如く「おま、おま」と連呼し顔を真っ赤にされている。


何を言おうとしたのかは分からなかったが、どうやらガランが失言しかけたのを3人が止めたのだろう。


3人の様子とガランが発した言葉から恐らくシステアに関する『光の剣』内の秘密なのだろうと俺は予想した。



「システアさんがどうかしたんですか?」



ちょっとした悪戯心から俺は3人に質問してみると、アリアスがガランの口を塞ぎつつ、慌てた様子で言った。



「な、なんでもありません!」



「そうなんですか?」



人には知られたくない秘密の1つや2つくらいはある。


自分1人で抱え込むものもあれば信頼する者だけで共有するものなど様々だが、俺としてもちょっとした悪戯心から言ってみただけでそこまで追求するつもりもない。



(俺なんか1つや2つじゃないしな。むしろアリアス達に話してない事の方が多いくらいだし)



俺が追及を止めようとしたところで意外な所から声が上がった。



「……言ってしまえばいいのに」



と声を上げたのはアルメイヤだった。


ニヤニヤとした笑みを浮かべて、システアの事を見つめている。



「なんだ? メイヤ。お前、何か知っているのか?」



アルジールがアルメイヤに問うとアルメイヤは「えー、知ってるって言えば知ってるけどぉー。アールにだけ教えようかなぁー?」と人目を憚らず兄妹でイチャつき始める。


そんな雰囲気とは逆にシステアは恥ずかしそうに俯いて何も言えずにいるように見えた。


流石にこれ以上じゃ不味いなと思った俺は自分の事は一旦棚に上げることにした。



「おいっ!」



アリアスが制止するよりも早く俺は大声を上げる。


そして、意図的にきつい視線でアルジールとアルメイヤを睨みつけると2人はイチャつくのを止め、俺の顔を見返した。



「それくらいにしておけ。システアさん達はもう俺達の仲間だ。仲間の秘密をペラペラと喋るような真似はするな。そんなことも分からないのか?」



アリアス達の大声で既に注目を集めていた客の目が更に俺達に集まるが、そんなことは知った事ではない。


これくらい言わないとこの馬鹿2人は理解できないのだから。


まぁこれだけ言えば、大丈夫だろうと俺が話題を変えようとした所で——。


アルジールとアルメイヤは突如立ち上がり、俺の前に並んだ。



(あれ? まさか反論してくる感じ? これ以上ギスギスさせるの嫌なんだけど)



流石にこれ以上騒ぎを起こせばミンカママに店を追い出される可能性が濃厚である。いくら勇者になった俺達でもあの人はあまりそんなことは気にしなさそうな気がする。


最悪俺達が追い出されるのはまだいいが、アリアス達まで追い出されるのはかなり悪い。


だが、現実としてそうはならなかった。



「お、おいっ」



俺の目の前でアルジールとアルメイヤ片膝を付き、これでもかというほどに頭を下げていた。



「クドウ様、大変申し訳ございませんでした! クドウ様の御心を理解できなかった我らをお許しください!」



店内に響き渡る大声で謝罪したアルジールをアリアス達は呆然と眺めている。


俺的にはそこまで見慣れぬ光景とまでは思わないが、初見のアリアス達や店内の客にはインパクトがデカすぎたのか店内は完全に静まり返っている。


そんな様子を見ていた店内の客の一人がポツリと呟いたのが店内に小さく響いた。



「……暴君」



(えっ、やめて。フラグを立てないで)



俺のそんな思いも虚しく、ここでの出来事は瞬く間にシラルークの町に響き渡り、俺の決まっていなかった二つ名は『黒の暴君』に決定したのだった。


余談だがアリアスの二つ名は『シャイニーセイバー』、ガランは『凶戦士』、ニアは『光の聖女』、システアは『森の賢人』というらしい。



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