第121話 最高の料理と最高の酒

速攻で酒を飲み干したガランはふと思った疑問を口にした。



「アールさん、ここの酒、別にマズくなくないっスか?」



それは俺も思っていた事だ。


アールが昨日、何を飲んでそう思ったかは知らないが、とりあえず今飲んでいるビールは普通に美味い。


すると、アールは呆れた様子でガランを見た。



「バカ舌め。確かにビールはそれなりに美味いが、お前が飲んだそれは不味いだろう」



あんまり店の中で「不味い不味い」と連呼するのはやめて欲しい。——まぁミンカママは遠くで接客しているようなのでまだいいが。


アルジールはそう言った後、なぜか俺の方をチラチラと見る。



「料理はともかくとして酒に関していえばクドウ様が召し上がるには相応しくないと思うのだ。そうは思いませんか? クドウ様」



そんなこと言われても何を言いたいのか俺には全く分からない。


俺は普通に美味しく頂いているし、俺のイメージが落ちるからホントにやめて欲しい。



「そうなんですか? クドウさん」



ほら、純真無垢なアリアス君が真に受けたよ。



「いや、そんな事はないと思うが」



俺がそう否定するが、アルジールは頭だけではなく耳もおかしくなったのか俺の言葉をスルーして更に話を続ける。



「クドウ様にはクドウ様に相応しい酒がある。……ところでガラン、貴様ワインは飲むか?」



突然話を振られたガランは「えっ? まぁ好きっスけど」と答えるとアルジールは満足そうに頷いた。



「だそうです。クドウ様」



何が?


普段以上に話の通じないアルジールの意味不明の言動に俺は首を傾げた。


そんな様子を見ていたアリアスがドリンクメリューに目を通すとアルジールに言った。



「アールさん、ワインありますよ。1種類しかありませんけど」



確かにこの店にもワインはあるが、ここの客層に合わないのかまったく力を入れてないらしく俺から見てもあまり魅力の感じないワインがたった1種類あるだけだ。


別に値段が全てだと思わないが、そもそも力を入れているわけないので味もそれなりだろうと俺は予想した。



「アリアスよ、話を聞いていなかったのか? 私はクドウ様に相応しい酒と言ったのだ。クドウ様ともなれば世界一美味いワインが相応しいだろう」



「えっ、あ、そうかもしれないですね」



どこぞ王族だとしか思えないアルジールの発言にアリアスは戸惑ったようにそう言うしかなかったが、俺はやっとアルジールが言いたい事にぴんっと来た。



(そうか、昨日酔っぱらって出してしまったか、アレを)



このままシラを切り続けてもよかったが、アルジールがしつこそうだったし、俺が筆頭勇者になっためでたい日でもあったし、俺は観念してもぞもぞと異次元空間に手を突っ込んだ。



(あっ、やっぱ1本減ってるな)



そして、俺は例のアレを異次元空間から引っ張り出すと、テーブルの上にそっと置いた。



「お前が飲みたいのはこれか?」



俺が異次元空間から引っ張り出したアレとはユリウスがユリウス教から献上させているユリウスが飲むためだけに育てた葡萄から作られ、長年の研究と長きに渡る熟成期間の末生み出された正に世界最高峰の葡萄酒ユリウスワインだった。(俺が勝手に命名しただけ)



俺が取り出したユリウスワインのラベルに書かれてあるユリウス教のシンボルであるクロスされた聖剣の紋章を見たガランが叫ぶように言った。



「おぉ、すげぇっす! 教会ワインっすよね? 初めてみたっス!」



(あぁ、ホントはそういう名称なのね)



驚くガランを横目にニアはワインのラベルをまじまじと見て何かに気付いたのか呟くように言った。


「おかしい、これ」



ニアの呟きにガランがすぐさま反応した。



「えっ? まさか模造品っスか? 確かに王族とかでも中々飲めないって聞くっスしね」



分かりやすく肩を落とすガランだが、これは正真正銘本物だ。


なんせユリウスん家から直でパクった——じゃなかった貰ったものだからな。


ニアはガランの発言に答えるように続きの言葉を漏らす。



「本物の教会ワインは神ユリウスに献上する前段階で基準に漏れた物と神ユリウスに献上するものを区別する為に聖剣のシンボルをなぞる様にバツ印で塗りつぶされているはず。なのにこれは塗りつぶされていない……」



「えーっと、つまりこれは……?」



「ガランよ、貴様話を聞いていなかったのか? 私は世界一美味いワインと言ったのだ。ユリウスに献上する物の劣化品などが世界一美味いワインなわけがないだろう。これはクドウ様がユリウスをた——」



「あー! ごほんごほん! ゲフンゲフン!」



アルジールが物凄く物騒な事を言おうとしたのをギリギリの所で俺はワザとらしすぎる咳払いで阻止した。


明らかに不自然な行動だが、『光の剣』の面々の前でいつものように殴って止めるよりかはマシだろう。



「どうされましたか? クドウ様」



俺の苦労など知ってか知らずか不思議そうに聞いてきたアルジールを殴りたい衝動を抑えながら俺は言った。



「なんでもない。あ、ワインなんですが、この前一緒に飲んだ時にもらいました」



母さんがちょっとした勘違いから追い掛け回していたユリウスを助けに向かった件で俺とユリウスが無関係だと言い張るのは流石に不可能だという事は分かっている。



「飲み友達なんです」



誰もそんなことは聞いていないが、先んじて俺はユリウスとの関係をそう簡単に説明した。


決して、転生アイテムを頂くために死闘を演じた魔王と神という関係だけは知られてはいけないのである。



「……えーっと、とにかくこれは只の教会ワインではなく、正真正銘のユリウス様への献上品のワインなんっスよね?」



これ以上は聞くなという俺の願いを察したのかガランは話をワインに戻した。


まぁ単純にワインへの興味が勝った可能性もあるが俺としては好都合である。



「えぇ」



俺はそう言って、取り出していたワインオープナーを使い、躊躇なくコルクを引き抜くと、ワインを凝視していたガランから「あぁ、開けちゃったッス」と声が漏れた。



「いいのですか? こんな貴重な物を。かなり高価な物なんですよね?」



酒をほとんど飲まないアリアスでもこのワインの希少性は理解できるのか遠慮がちに俺に尋ねた。


恐らくだが、値段云々の前にいくら金を積もうがこれを入手するのは大国の王とて不可能だろう。


ユリウス教の高位司祭辺りに賄賂でも積めばまったく可能性がないわけではないだろうが、ユリウスに献上されるこのワインは1回に献上される数も決まっていて、ユリウス教の総本山があるユリスリティアの倉庫で在庫数が徹底管理されているらしく、気づかれずくすねるのはほぼ不可能でオマケに横領したのがバレたらほぼ死罪確定である。


それを理解している高位司祭がそんなことをするはずもないし、そもそも自身が信ずる神に背く司祭はいない。


つまりこの献上品ワインを飲むには俺のようにユリウスからかっぱらう——じゃなく快くプレゼントしてもらうしか方法はないのである。



「かまいませんよ、戦勝祝いです。今日はぱーっと行きましょう」



俺はちょうど料理を運んで来たミンカママに人数分のワイングラスを持ってきてもらう頼んで、1本のワインを全員に行き渡るよう注ぎ分けた。


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