第120話 苦い酒と甘い酒

「そ、それではごゆっくりどうぞ」



俺達を席まで案内し終えたミンカはそう言うとペコリと頭を下げて、宿屋の受付へと戻って行った。



「ご苦労様です。クドウ様」



席で待っていたメイヤがそう言った後、なぜかシステアの顔を見てニヤリと笑う。



「どうかしたか? メイヤ?」



「いえ、なんでもありません。早速始めましょう」



なんだか引っかかるが、確かに時間も惜しいのでアルジールをアルメイヤの隣に座らせて、俺はその隣に座る。


そして向かい合うように『光の剣』の面々がアリアス、ニア、システア、ガランの順で席に着く。



「この度は僕たちまで誘ってもらってありがとうございます」



「えっ? どうも?」



今回の食事会を誘ってきたのは俺ではなくシステアだ。


俺の反応に何か気づいたのかアリアスがシステアの方を見るとシステアが睨むようにアリアスを見ていた。



「と、とにかく何か頼みましょう。何かおすすめはありますか?」



誤魔化すよう聞いてきたアリアスだが、俺にはここでの食事の記憶がない。


正確には朝食は食べたが、シラルークに来た初日の夕食は酒の所為でまったく覚えていなかったのだ。


それを察したのかアルジールが珍しく俺をフォローした。



「ここの食事は何でも美味い。だが、酒はあまり旨くはないな」



そう言ってアルジールはミンカママを呼び出すと「おすすめを適当に持ってきてくれ。飲み物は——」


と俺達に視線を送り、各々が好きなドリンクを頼むとミンカママは「はいよ」と言って厨房の方に入って行った。



少しするとミンカママがウェイターを一人引き連れ戻ってきて、飲み物と簡単なおつまみを出してくれた。



「「「かんぱーい」」」



飲み物が行き渡った所で食事会はスタートした。


ちなみに女性陣3人は蒸留酒を果汁と炭酸水で割った物、俺とアルジールはビール、アリアスはウーロン茶ではないがほぼウーロン茶みたいなお茶、ガランはゴツイ見た目に似合ったかなりキツめの蒸留酒ストレート注文していた。


乾杯とほぼ同時にガランはグラスの酒を一気に飲み干す。



「あー、染みるっスね。ていうかアリアスは相変わらずリャン茶っスか? ニアでも飲んでるのに」



アリアスは15歳だが、この世界の法律では15歳で成年と認められているのでアリアスも俺も問題なくお酒を飲むことは可能である。



「苦いのがちょっとね。ビールも何が美味しいのかよく分からないし」



(ふふ、安心しろ、アリアス。3年もしない内にお前もこの喉越しの虜になるぞ。……ていうか人間界のビール美味いな。あっちの世界のビールもこんなに美味かったのか?)



高校に上がる前に事故で死んだから当たり前の話だが、俺は地球のビールの味を知らない。


普通に考えれば酒造りの歴史が長く、そもそも人口で遥かに上回っていた地球のビールの方が美味かったはずだが、今となっては飲み比べる術はなく、比較対象となるのは魔界産ビールだけとなるのだが、はっきりいって人間界産ビールの方がかなり美味い。



「クドウさん、まだ15歳ですよね? ビール美味しいですか?」



「えぇまぁ、美味しいですね」



アリアス的には酒が飲める年齢になったばかりなのによくそんなものが飲めるなといいたいのだろうが、1000年も生きていれば大概の物は飲んだ事がある。


それでも多少の好き嫌いはあるが飲めないほどに嫌いな酒はない。


それはもちろんアルジールやメイヤにも当てはまる。



「そうですか、やっぱり僕が子供なんですかね?」



そんな事はないと思う。


どちらかと言えば15歳であらゆる酒がそれなりに美味しく頂ける者の方が稀だ。


システアはどうか分からないが、ニアが度数低めの甘いお酒を飲んでいるというのはそういうことだろう。


アリアスがそう言うと、隣にいたニアが飲んでいたグラスをアリアスの方に向けて言った。



「これ少し甘いですけど飲みますか? 飲みやすいですよ」



「えっ?」



アリアスは半分ほどに減ったグラスとニアを交互に見合わせた。



「あっ、ごめんなさい。私の飲みさしなんて嫌ですよね?」



ちょっと悲しそうな顔をして差し出したグラスを引こうとしたニアにアリアスは慌てて言った。



「いや、そんなことは! いただきます」



アリアスはニアからグラスを受け取ると、味見程度に少し口に含んだ。



「……美味しい。あっ、ありがとう。ニア」



少し飲んだばかりだというのに少し顔を赤くしたアリアスが同じく顔を赤くしたニアにグラスを返す。



(初々しいね~。俺も昔は……。ってアレ? おかしいな。こんなシチュエーションまったく記憶にないぞ)



1000年も生きているというのに女の子との関節キッス的なイベント皆無な事に気付き、俺は軽く絶望感を覚える。


そんな俺と差し置いてそんなアリアスを見ていたアルメイヤがわざとらしく甘えた声でアルジールにもたれ掛かった。



「アールぅ~、このお酒美味しいよぉ~。飲む?」



酔った風を装っているアルメイヤだが、こいつがこんなほぼジュースみたいな酒で酔うわけがない。



(……キャラ崩壊が凄まじいな、アルメイヤ)



プリズンに胸倉を掴まれながらも怯む様子もなくディスりまくっていた事を懐かしい。



「悪いが、あまり甘い酒は好きではない。飲めないのならニアかアリアスにでも飲んでもらえ」



「え~、じゃあいい。自分で飲むぅ」



拗ねたアルメイヤは突き返されたグラスに入った酒を一気に飲み干すと、ガランが呼び出していた店員に次の酒を注文した。



そんな二者二様の光景をシステアはモジモジした様子眺めていた。

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