第118話 ストーキングマイウェイ

「ギー君も罪な子ね」



「もむもむもむもむ……」



クドウ達がミンカの酒場に向かう様子を窺っている2人の影があった。


1人は蒼の瞳に蒼の髪を持つ人間離れした容姿を持つ美女、そして何やら口をもぐもぐさせているももう一人も幼いながらもエメラルドグリーンの瞳と髪を持った美少女だった。



「——ってシルフィル、あなた何食べてるの?」



いつの間にか包み紙に入った食べ物を手にしていたシルフィルを見ながらアクアは尋ねると、口元に茶色っぽいソースがついたシルフィルが答えた。



「そこの店で美味しそうな匂いがしたから買ったの。美味しいよ?」



シルフィルが指差す先には何かの肉をタレにつけながら焼いている男の姿が見えた。


もう一人いる男が男の焼いた肉と野菜等をクレープ状の生地に包んで綺麗に巻いている。


2人の美女と美少女が見ている事に気付いた男達がニヤニヤをした表情で手を振っているのを見てアクアはにこりと男達に笑顔を返すと、シルフィルを見返した。



「お金はどうしたの? 持ってなかったでしょう?」



「おうちにあった宝石渡したらこれと一緒にもらったよ」



そう言って、シルフィルは持っていた革袋を開きアクアに見せると、そこには銅貨や銭貨が大量に入っていた。


恐らく、今笑顔で手を振っている男のどちらかがお釣り代わりにシルフィルに店の売上げの一部——というか殆どを渡したものだろう。



「……渡したのはどんな宝石?」



アクアがシルフィルに尋ねると「これくらいの赤いやつ?」と言いながらシルフィルは親指と人差し指で3cm程の円を作った。



「シルフィル、あなた……」



3cmといえばそんなに大きくないように思えるが、宝石と考えれば中々というかかなり凄まじいサイズ感である。


しかも、フィーリーアの宮殿にある赤い宝石といえばアクアには1つしか思い当たらなかった。


聖紅石——主に魔界で僅か産出される希少石で人間界でも採掘されないことはないが、人間界でお目にかかる事はほぼない代物である。


ちなみに硬度もかなり高い上に魔法との相性も高いのでフィーリーアの宮殿にある剣の柄などには普通に埋め込まれたりしているが、人間界ではまずありえない。


仮にシルフィルが男に渡したという3cm大の聖紅石を剣に埋め込もうものなら結構しっかりめの豪邸が建ててもお釣りがくるほどの金貨が必要になるからだ。


余りに非常識なシルフィルの行動に少し頭が痛くなるアクアだが、別に取り返しがつかないという程の事でもないかとアクアは前向きに考える事にした。



「……まぁお金を確保できたということで良しとしましょうか」



クドウ達は飲食店に向かっているようなので、このまま尾行を続けるなら金は必要になるはずだったからである。



「さて」



アクアは気を取り直して、視線をクドウ達に再度向けつつ、背後のシルフィルに話しかけた。



「どう思いますか? シルフィル」



そんなアクアの問いかけにシルフィルは間を置く事なく即答した。



「えへへ、ギー君は相変わらず可愛いねぇ」



口をもぐもぐさせながらもシルフィルがクドウを見る目は温かかった。



「ふふふ、そうねぇ……ってそんな当たり前の話ではなく!」



世界の真理ながら自らの求める返答を得られなかったアクアは思わずノリツッコミを入れた。



すると、シルフィルはまた別の感想を口にした。



「んー、あのシステアって子可愛いけどなんか違う気がするねー。ちょっと根暗っぽいし。ギー君にはもっと天真爛漫な子が合ってる。うん。間違いない」



「それはあなたの好みでしょう。あとそういう話でもない」



全然話が噛み合わないシルフィルに少し呆れながらアクアは自分の思ったことを口にした。



「ギー君の体の話よ。脆弱すぎる上に本来の魔力を扱うには不十分です」



アクアの目線の先にいるクドウの肉体は人間としては最高峰と言って良いほど素晴らしいものだった。


華奢な肉体に似合わない力とスピードを併せ持ち、更には魔法との親和性の高さが一般的な人間のソレからは完全に逸脱していた。


だが、それも人間内でいえばの話だ。


もちろん一般的な魔人と比べたとしても遥かに上回る肉体性能ではある。


だが、それでもアクアから見れば脆弱すぎると言わざるを得ない。



「数日前までのギー君は本当に強かった。肉体性能だけ見ても私やあなたに見劣りしないほどにね」



「もむもむ」



「だから私達はギー君の心配をする必要はなかった」



なぜならこの世界においてギラスマティアを害せる可能性がある者など片手の指に収まるほどしか存在しなかったから。


だが、今は違う。



「ギー君は私達が手助けする事を良しとはしないでしょう。だからこそ、私達に黙って人間界に来た。母様は目立つから無理。私達がギー君を守らないといけない」



「もむもむ」



「って聞いているのですか? シルフィル!」



いつまでもジャンクフードを頬張っているシルフィルにアクアが窘めるように言う。



「聞いてるよ、姉さま。そんなことよりギー君行っちゃうよ」



シルフィルが視線で合図すると、クドウ達は今まさに曲がり角を曲がっている最中だった。



「いけない! 行きますよ! シルフィル!」



そう言うと、アクアは少し小走りでクドウの後を追っていった。



(……姉さまって冷静に見えて心配性。今でもギー君は十分強いよ。……あと相変わらず無茶苦茶可愛い。えへへ)



そんなことを思いつつ、シルフィルもアクアの後を追うのだった。

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