第41話 魔人ガデュスと魔人ゾデュス

冒険者協会にクドウ達が集まっていた少し前——



「おっ、来たか、ガデュス。突然だが、俺ってばいい事を聞いちゃったんだよ」



「なんだよぉ~? 兄貴ぃ~」



魔人ガデュスは兄である魔人ゾデュスに突然の呼び出しを受け、人目のつかない森へとやってきていた。


魔人ガデュスは四天王ブリガンティス軍部隊長の地位に就いているそれなりに上位の位にいる魔人である。


とはいえ、ここ数百年はずっと暇だった。


やることといえば、食料調達の為の狩りの指揮を取ったり、たまに人間が魔界にやってきた時に上司にその事を報告することくらいだ。


魔王軍の部隊長の地位にいながら人間と戦うことは任務には入っていない。


それもこれも現魔王ギラスマティアが数百年前に決めた人間界不可侵の法律の所為であった。


人間界に隣接する魔界西部、ブリガンティス領にいながら、人間界に手出しすることができない事をガデュス——いや、ブリガンティス領にいる魔人であれば誰もが不満に思っている。


とはいえ、ブリガンティス領にいる魔人の誰もが今ではその法を破る事はない。


過去に何度かその法を破り、人間界侵攻を企んだ魔人はいた。


いずれも魔界の中でも強者の部類に入る猛者ばかりであった。


だが、そのいずれも人間界征服はおろか人間に遭遇する事もなく、魔界へと引き戻され、処分が下された。


どうやって察知したかは不明だ。


だが、人間界侵攻を試みた者の前に例外なく現れる。


時には魔王ギラスマティア当人。時には魔人アルジール。そして稀に正体不明の巨竜。


魔王ギラスマティアに逆らい、人間界侵攻を目論む程の魔人達だ。さすがに魔王ギラスマティアが来た時に抵抗した者はほとんどいなかったが、それ以外の場合抵抗することも多々あった。


だが、抵抗した者達はもれなくボコボコにされ、引きずられながら魔界へと戻されたのである。


そして、ブリガンティス領の魔人達はいつしか人間界侵攻を諦めた。


その事はもちろんガデュスの兄であるゾデュスも知っている。


だが、それでもゾデュスは笑みを浮かべながら堂々と言い放つ。



「人間界侵攻しちまおうぜ!」



「ちょっ!」



ゾデュスの爆弾発言にガデュスはキョロキョロと辺りを見回した後、ゾデュスに抗議した。



「兄貴ぃ~、どこから見られてるか分かんねぇんだから、やめてくれよ! そんな冗談は!」



正直今この瞬間の2人の会話を聞かれていても不思議ではない。


そのくらい魔王ギラスマティアの察知力は異常だ。そうでなければ魔人による人間界侵攻を全て防ぐなどという荒業などできるはずもない。


アレは強い弱いとかそういうレベルではない。やれば潰されるそれは決定事項なのだ。



「まぁ聞け、ガデュス。——魔王ギラスマティアは死んだ」



「……えっ」



ガデュスにはゾデュスの言っていることが理解できなかった。アレが死ぬくらいならまだゾデュスがストレスで頭がおかしくなった方がまだありそうである。



「俺の情報網を舐めるなよ、ガデュス」



「いやいやありえないだろ~。あんなのが簡単に死ぬわけないじゃん。種族不明だけど、まだまだ若そうだしぃ~」



魔王ギラスマティアが魔王に就任してからまだ数百年しかたっていない。魔王になる前も数年間各地で暴れて回っていたらしいが、あんな化け物が魔王になるまで長い間くすぶっていたとも思えない。


それから考えるとガデュスよりも若い可能性すらある。ガデュスも古参の魔人ではないが、それでも1000年弱は生きている魔人なのだ。


それにゾデュスの言う通りだとして、人間界侵攻にはまだまだ問題は多い。



「それにアルジール様がいるじゃん。いくらブリガンティス様が強いって言ったってアルレイラ様もいるし、勝ち目ないよぉ~。ミッキー様は何考えてるか分かんないけど、ブリガンティス様の味方するとも思えないしぃ~」



魔王軍四天王で唯一、人間界侵攻を強く唱えていたのはガデュスも仕えている魔人ブリガンティスである。


四天王アルレイラはアルジールの実姉でアルジールと同じく魔王ギラスマティアに忠誠を誓っている。


仮に魔王が死んだとしても魔王の残した人間界不可侵の法を破るとは到底思えない。


残る四天王ミッキーは何を考えているか謎の魔人である。ガデュスは実際に戦っている所を見たことがないが、かなり強いという事だけ分かっている。


ブリガンティスが言うには、四天王の会議に出てもぼーっとしていることが多く、そもそも欠席したり遅刻することすら多々あるらしい。


ちなみにミッキーも魔王ギラスマティアと同じく種族不明の魔人である。


つまり、魔王が死んだとしても四天王魔人ブリガンティスが人間界侵攻を成すには、最低でも魔人アルジール、魔人アルレイラを相手にしなくてはならないことになる。


ミッキーがどう出るか不明だが、話に聞いた感じではブリガンティスの味方になる事は考えづらい。


最悪3人の四天王相手にする羽目になる。



「はぁ~、ムリゲェ~」


ガデュスがこう言うのも無理はなかった。


確かに魔人ブリガンティスは強い。


魔王を除けば、魔人最強クラスの魔人と言っても間違いではない。魔人アルレイラにも1対1でも勝利するだろうし、魔人ミッキーにも恐らく勝つだろう。


だが、魔人アルジールが相手では正直どうなるかブリガンティスの部下であるガデュスにも分からない。


魔人アルジールと魔人ブリガンティスの因縁は魔王ギラスマティアが現れる前からのことだ。


魔人アルジールは魔界東部の覇者として、魔人ブリガンティスは魔界西部の覇者として幾度も戦いを繰り広げてきた。


魔界全土を巻き込み、時には人間界すらも巻き込んで戦いは続いたが、結局勝負がつく前に魔王ギラスマティアが現れた。


いわゆる犬猿の仲の腐れ縁というやつである。


ちなみに当時は拮抗していた魔界東部と西部の勢力図は人間界侵攻を目論んだのがほぼ魔人ブリガンティス陣営の魔人だったということもあって、魔王ギラスマティアの粛正に度々会い、今では魔人アルジールの東部勢力が優位の情勢となっている。


ガデュスは何度でも言う。



「はぁ~、ムリゲェ~」



「おいっ、なんで2回言った?」



ゾデュスはイラっとした表情でガデュスを見るが、ガデュスの意見は変わらない。



「いや、だって無理じゃん、兄貴ぃ~」



「まぁ待て、ガデュス。お前の言いたいことも分かる。俺は歴代の軍団長みたいな力だけの馬鹿じゃない」



ゾデュスは現在ブリガンティス軍軍団長に地位にいるが、ゾデュスが着任する前にはこの数百年で10回近く軍団長は変わっている。つまりはそういうことだ。



「お前、ここ2日間の魔王ギラスマティアと魔人アルジールの動向知ってるか?」



ゾデュスはそんなことをガデュスに聞いてきた。


聞かれるまでもない。あの2人の動向など目を瞑り、耳を塞いだって嫌でも聞こえてくる。



「兄貴ぃ~、何を言ってんだ。あの2人は……あるぇ~?」



ガデュスはゾデュスの問いを答えようとしている最中に気づいた。


言われてみればここ2日間の魔王ギラスマティアと魔人アルジールの話は聞こえてこなかった。


魔王ギラスマティアが行方不明になることはたまにあるが魔人アルジールもとなるとかなり稀——というかガデュスの記憶にはない。



「……なんで?」



ゾデュスはニヤーっと厭らしい笑みを浮かべながらガデュスに言った。



「死んだのは魔王ギラスマティアだけじゃねぇ、魔人アルジールも一緒にだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る