第40話 ずっとあなたの傍にいるから
「魔人アルジールだと!」
激しい喧騒の中で冒険者の1人から大声が上がった。
俺が後ろを振り返るとそこにいたのは唯一のA級冒険者ギランディーだった。
「なんでそんな大物が今になって出てくるんだ?」
俺が転生したのについてきただからなのだが、確かに何も知らない冒険者からすればもっともな意見である。
ギランディーからすれば数百年魔界から出てこなかった魔人アルジールがなぜ今更——そう言いたいのだろう。
俺はシステアがどう答えるかが少し見物だなと思いながら見ていると、意外な返答をシステアはギランティーに返した。
「……魔王が死んだのじゃ」
喧騒の中にあった冒険者協会が打って変わり静寂に包まれる。
質問に対する答えがおかしい云々以前に俺は思った。
(あれ? なんでもうバレてんの?)
当たり前だが、俺は事前に今から転生するよとか今から一旦死んできますなどと誰かに報告した覚えはない。なのに、まだ1日しか経っていないのに魔王がいなくなったことがもう伝わっている。
誰も何も答えない静寂の中、システアは続けた。
「魔王ギラスマティアが死に人間界を守るものはいなくなった。これから人類と魔人の戦いは始まる」
(おぅ、俺が人間界を守っていた事まで知ってんのね。まぁユリウス教の偉い人にでも聞いたかもしくは——)
俺はそこで魔王がいなくなった事をバラした存在に思い至る。
(クソ神! あいつか!)
ていうか人間界側に情報源はそれくらいしかない。
俺は「ふははははは」と高笑いしながらワインを飲み干すユリウスの顔を幻視した。
間違いなくあいつだろう。
だが、理由はわからないが、転生したといわず死んだと伝えてくれた事は俺にとっては都合はいい。
もしそんなことを言われていたら魔女狩りならぬ魔王狩りが始まるところで、楽しい冒険者ライフどころではなかっただろう。
「そうか、人間界を守っていたのは魔王だったか」
ギランティーはなぜかシステアの答えに納得したようだった。なんか雰囲気的にもっと否定的な意見をぶつけてきそうだったのだが。
「ほぅ、信じるのか?」
システアは感心したように言うと、ギランディーは苦笑を浮かべる。
「魔人の強さは知ってる。あの化け物達を抑えることができるとしたら魔王か神くらいのもんだろうよ。神ユリウスとやらは人間界にそこまで興味はないようだしな」
ギランディーは魔界に跋扈する魔人達を放置する神ユリウスを皮肉っているのだ。
その気になれば天使の軍勢を送るなり、自ら戦いに出るなりすればいい。
ユリウス教徒の前でそんなことを言えば不敬だなんだの言ってくるだろうが、ギランディーからすれば天から見守っているだけでは何もしていないのと変わらないのだ。
神ユリウスは人間界と魔界との戦いに興味はない。ギランディーはそう思っている。
「で、魔王亡き今、攻めない理由がなくなった魔人達の先兵がかの魔王軍四天王筆頭魔人アルジールってわけかい?」
魔人アルジールといえば人間界でも知らない者がいないほどの大魔神である。
先兵と言われれば軽く思われがちだが、魔人達は人間を舐め切っているに違いない。
それならば偵察などせず一番強い魔人による蹂躙を行うとしてもなんら不思議ではないという事だ。
「ワシはそうは思っておらん」
「何が言いたい?」
だが、システアは否定し、自身の意見を次々と披露し始める。
システア劇場の始まりである。
「仮に魔人アルジールが先兵なのだとしたらなぜここは未だ戦場になっておらんのだ?」
「確かに妙だ。そうだったら今頃シラルークは火の海になっていてもおかしくはないな」
「恐らく、魔人アルジールは人間界を蹂躙しに来たのではなく、逆じゃろう。今も人間界を守るために魔人達と睨み合いを続けておるのじゃ」
「なんだと? あの凶悪な魔人が?」
「そうじゃ、魔人アルジールは魔王ギラスマティアに忠誠を誓っておった。恐らく、魔人アルジールはその意思を継いで、人間界を魔人達から守っておるに違いない」
「なんだと? じゃあ俺達が集められた理由は……」
「人間界侵攻を企む魔人と戦うためじゃ。……魔人アルジールと共にな! 今も魔人アルジールは魔王の遺志を継ぎ人間界を守っておる! いつまでもつか分からん! 今すぐにでも魔人アルジールの援護に向かうのじゃ!」
システアが言い切ると、冒険者達から謎の歓声が上がる。
中には「うぉぉぉ、アルジールぅぅぅ!」と叫び声を上げながら謎の涙を浮べているものまでいる。
システアが最初にアルジールの名を出した時の悲壮感は冒険者達には既にない。
恐怖の象徴であったはずの魔人アルジールがこの数分で忠義に厚い男にして、人類の守護者——そんな立ち位置へと変わった。
俺はそんなシステア達の様子を黙って眺めていた。
そして、思った。
うん。全部違うよ。……だってその人君達と一緒にここにいるから。
そんな俺の思いを無視してシステア達は戦いの準備を始めるのだった。
ちなみになぜかアルジールはシステアとギランディーの話を誇らしそうに聞いていた。
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