第8話 ひどいイベント違い

「その醜いツラで私に近づくんじゃない。このカスが」


この女の言葉に男の顔は茹でダコの如く真っ赤になっていく。スキンヘッドが相まってまさに茹でダコそのものである。

恐らく、この茹でダコ男が胸倉を掴まれている女をナンパでもしたのだろう。

確かにかなりの美人である。

だが、そのナンパしてきた茹でダコ男に言い放ったのが先の「その醜いツラで私に近づくんじゃない。このカスが」なのだろう。

なかなか度胸の据わった女だ。

だが、その女の胸には俺たちと同じF級冒険者のプレートがつけてある。つまり俺たちと同じF級冒険者なのだろう。

それに対して男の胸に光るのはゴールドのプレート、C級冒険者だ。

そういえばエリーゼがS級はおろかA級やB級冒険者ですらその数はかなり少ないと言っていた。

B級冒険者でも1つの町に1人いるかいないかという話だった。

つまり目の前にいるこのタコ男もこの街では有力な冒険者の1人ということになる。


(これは少しまずいか、いやかなり面白い展開になってきた!)


「てんめぇー! 痛い目を見ないと分かんねぇようだな!」


「へぇ、あなたが私を痛い目に?」


女はタコ男のC級のプレートが見えていないのか更にタコ男を煽る。


「面倒ですね、2人共始末いたしますか?」


俺の横でアルジールが物騒なことを言う。

タコ男はともかく女の方はダメだろう。ていうかタコ男もだめだ。


「やめておけ、まぁ見ていろ」


そう言って俺は立ち上がり、男たちの前までやってきた。


「なんだ! てめぇ!」


タコ男は女を掴んでいた手を離すと今度はずんずんとこちらに近づいてきた。


「ちっ、余計なことを」


女の小さな声が聞こえた気がしたが、きっと幻聴だろう。そうに違いない。


「みっともない真似はやめておけ。彼女が嫌がっているだろう」


俺はかっこよくそう決める。

女がそんなに嫌がっていなかった気もするがそんなこと俺は気にしない。

男は俺の胸についているF級冒険者のプレートを見て、ニヤリと笑う。


「あぁ? てめぇに関係ねぇだろう? 今いいとこなんだ。邪魔しねぇでもらえるか?」


「そうはいかない。彼女にも他のお客にもお店の人にも迷惑だ。ここは俺が奢っておいてやるからとっとと消えてくれないか?」


普段俺はよくアルジールに言動を注意している。

俺は常識人である。

だが、こんな酒場で暴れるタコ男相手には常識人である俺も容赦はしない。

俺が主人公であるゆえだ。


「てめぇ、自分と俺との実力差ってものが分かってねぇようだな?」


「あぁ、そのようだ。俺にはお前の実力が分かっていない。どの程度手加減すればいいのか俺には見当もつかないよ、タコ男」


そう言って俺は男にニヤッと笑い返してやった。


「た、た、た、タコ男だと……? ——もうてめぇはここで死んでおけやぁぁぁぁー!」


タコ男はそう言って俺に殴りかかってきた。

『カス』はセーフでも『タコ男』はタコ男的にはアウトだったらしい。

抽象的な表現より具体的な特徴を言った方がダメージはデカいらしいな。

それにしても遅い。やつの拳が俺に届くまで何回タコ男を言えるか試してみよう。


(タコ男タコ男タコ男タコ男タコ男タコ男タコ男……)


タコ男と何回言ったか分からないが、途中でタコ男の拳が俺の顔面にヒットする。


「あ、死んだ」


そんな声が客の間から聞こえてきた。

だが、残念。俺は死んでいない。

周囲の反応とは真逆にタコ男の体からはぶわっと冷や汗が噴き出す。


「ふーん、こんなもんか」


俺の反応に周囲は驚愕に染まっている。タコ男もそのうちの1人だ。

絶句するタコ男に俺は尋ねる。


「お前は戦士か? 魔法使いって柄じゃないよな?」


「えっ! あ、戦士です」


「そうか、ふむふむ。C級戦士はこんなもんっと」


タコ男は今、俺が何を言っているのか理解できていない。まぁ俺にはどうでもいいことだ。


「さてと、じゃあこんなもんかな?」


恐らく、タコ男には俺が何をしたか見えなかっただろう。

見えた者には見えたかもしれないがこの場ではアルジールくらいだろう。多分。

周囲の者達が気づいた時にはタコ男はその場に崩れ落ちていた。

酒場ないが一瞬、静寂に包まれた。だがすぐに——


「ううぉー! すげぇー!」


誰かが言った一言の後、酒場は歓声に包まれた。


「あんた、凄いじゃないか!」


そう言って、ミンカの母親が俺の元にやってくる。

どうやら騒ぎを見て、ミンカの父親を連れてくるか迷っているうちに事態が収まってしまったようで何度も「すまないねぇ」と俺に謝ってくれた。

他の客達も俺の元にやってきてしきりに俺の事を褒めてくる。


「当然です。クドウ様にかかれば、このような木っ端冒険者など」


と偉そうに客達に答えていた。

どうやら俺が褒められるのがとても嬉しいようだ。


(そういえばないぞ。……例のイベントが)


俺はそう思って周囲を見渡した。


「例の女の子ならお代を置いて帰って行ったよ?」


俺が振り返るとそこにはミンカの母親がにやっと笑って立っていた。


「残念だったねぇ! せっかく助けたのに。なんならどうだい、うちの娘は? 自分で言うのもなんだけど良い娘なんだよ。あんたにならピッタリだと思うよ!」


女に逃げられたのをからかいつつ、ミンカの母親がミンカをごり押ししてくる。

確かに良い娘だが、今日知り合ったばかりでそういう感じにはなっていない。


「いえ、別にそういうわけじゃないんけど・・・。あ、ミンカさんは良い娘ですね。きっと将来いいお嫁さんになります」


「おっ、もう会ったのかい?」


「えぇ、俺、今日ここに泊まるので。3日分予約しています」


俺がそういうと、ミンカの母親は笑顔で言った。


「それはいいね。サービスさせてもらうよ!」


そんな事を離しているうちにタコ男が目を覚ましたようだ。

タコ男はフラフラとこっちにやってくる。


「おっ、大丈夫だったか?」


俺は一応タコ男を気遣って、そう声をかける。


「へぇ、気づいたら床と友達になっていましたぜ」


どうやらもう喧嘩を吹っ掛けるつもりはないようだ。タコ男の態度は180度変わっていた。


「兄貴! 折り入ってお願いがあります!」


兄貴? 残念ながら俺には弟はいない。魔人に転生する前も1人っ子だったので、まず間違いない。


「俺はプリズンと言います。俺を兄貴のパーティーに加えてくだせえ!」


タコ男改めプリズンはそんなことを言ってきた。


それにまだ聞くとも言っていない。


例のイベントかと思ったら、違うイベントだったらしい。

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