第3話 俺の名は
俺たちは思っていたよりも早く始まりの街に到着した。
俺は紙の地図や方位磁石なんて時代遅れなものは持っていない。一応マッピング機能がついたハイテク魔法アイテムは持っているが、そんなものを持ち出さなくても近くの人の魔力を探るだけで町がどこにあるかくらい手に取るようにわかるのだ。
(まぁでも初心者冒険者らしく、紙の地図も買っておいた方がいいな)
ちなみに金など腐るほどある。
魔界で使われる通貨はもちろんだが、人間界の通貨も異次元空間にしこたま放り込んである。
魔王時代に戦いを挑んできた勇者や聖者などからかっぱらったり、人間界に遊びに行った時に小遣い稼ぎ等をして得た金だ。
ちなみに違法なことはしていない。勇者などからかっぱらったのもいきなり襲われた精神的慰謝料としてだ。
決して違法ではない。
記念する始まりの町はシラルークというらしい。
魔界から離れているという点では始まりの街としては相応しいが、始まりの街としてはやや規模の大きな町の様だ。
宿屋や武器屋が充実しているのはもちろん、冒険者協会やあの馬鹿神を信奉している教会もあるようだ。
「さて、アルジール、町に来たらまずすべきことは何か知っているか?」
俺は初歩的な質問をアルジールにぶつけてみた。
アルジールは少し考える。
「人間の街に来てまず行うこと……人間界征服の為の足掛かりとしてまずこの街を征服する事でしょうか?」
「……違うぞ。宿をとるんだ」
「宿を取る? まず宿屋の征服という事ですね!」
そう言いアルジールは宿屋街に向かおうとするので俺はアルジールの肩を掴む。
「……もういい。お前は黙って俺の後ろについてこい」
「はっ! このアルジール、どこまででも魔王様の後をついていきます!」
俺は周囲の人を見渡し周りに人がいないのを確認してから、アルジールに言った
「それと魔王様は禁止」
「……えっ? なぜでしょうか?」
アルジールはこの世の終わりが訪れたみたいな顔で俺を見る。
「1つ、俺はもう魔王ではなく人間だから。もう一つは俺が人間だろうが魔王だろうが、町中でお前が「魔王様ー!魔王様ー!」などと連呼しようものなら、俺の主人公ライフがそこで終了の可能性が高いからだ」
「それではなんとお呼びすれば?」
あれ? 意外と素直だな。もう少しごねるかと思ったが、俺の命令には絶対服従なのはこういう時にはありがたいな。
「そうだな、クドウ。これからは俺の事はクドウと呼べ」
「……クドウ様ですか? ギラスマティア=メルボラス=グリム——」
「そっちは長ったらしくて、魔王感しか出ないから却下な」
魔界での俺の本名は使わないのかと言いたかったのだろうが、呪文のようなクソ長い名前を最後まで聞くつもりはない。仮にギラ様と略して呼んだとしても、そこから俺が魔王と感づかれることは避けたい。
ちなみにクドウとは俺は魔王をやる前に人間をやっていていた時の名前だ。そっちを使えば俺としてもしっくりくる。
「……分かりました」
「あとお前の名前は今からアールだ。流石にそのままじゃ色々とまずいからな」
こんな馬鹿でも一応は四天王筆頭で俺の側近だった男だ。人間界にもその名は轟き、味方であった魔人達にすら恐れられていた名だ。
「分かりました。これからは四天王アールと名乗ります」
「四天王も禁止。冒険者を名乗れ」
「……畏まりました」
その後も俺たちの人間界における設定をアルジールに教えた後、俺たちは宿屋へと向かう。
そして、ごく普通の一般的な冒険者が泊まる宿の前に俺たちはやってきた。
「クドウ様、まさかこちらに泊まるおつもりですか?」
「あぁ、そのつもりだ」
「先程あった屋敷の方がよろしいのではないでしょうか?」
「あれは人ん家だ」
アルジールはこともあろうにここに来る途中で見かけた大豪邸に泊まりたいとか言い出した。
貴族か商人の家だろうが住人はどうするつもりだったのだろうか? 恐らくまた「征服致しましょう!」とか訳の分からない事を抜かしたに違いない。
俺たちは駆け出しの冒険者。——まぁまだ冒険者協会に行ってないので駆け出してすらいないのだが。
そんな冒険者の1人であるアルジールの征服癖は早いとこどうにかした方がいい気がする。
「それでは、あちらなどはいかがでしょうか? あれならばクドウ様に相応しいと言わないまでも一時の
宿としてはぎりぎり及第点かと」
アルジールは目の前の宿屋から少し離れたごく普通の一般的冒険者が泊まれるはずのない高級宿を指差す。
「あれはダメだ」
あれは貴族か大商人が泊まるような宿だ。最上級の冒険者でも見栄を張る時に位しか泊まる事はないだろう。
実際問題、金銭的には余裕で泊まれる。俺はそんじょそこらの貴族よりは金は持っているのだ。
だが、俺たちはまだ冒険を始めたばかりの冒険者なのだ。そんな目立つことはできない。
「いいからここにする。行くぞ!」
そう言って俺は宿屋へと入って行くのだった。
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