第4話

それにしても、この『11104』と『1056194』と言うものはどういう意味があるのだろうか?

私にとって莉菜さんの自殺に関する唯一の手がかりはこの数字だけであった。

(一体どういう意味なんだろうか。この数字はなにかの暗号なのだろうか。莉菜さんはこの数字を解いたために自殺したのだろうか)

 私の考えていることはただの憶測にしか過ぎない。一つの手がかりを私は得ているだけだ。この意味が判ったところでこの数字が直接に莉菜さんの自殺に結びつくことは無いとは思うのだけれど、考えていくとこの数字が間接的でも莉菜さんの自殺の原因になっている気もしているのだった。

(まずこの数字が唯一の手がかりなんだ。だからこの数字の意味を解いていくことが重要なんだ)しかし全く意味が判らない。

 私はノートを広げて書き込んでいった。


 ・11104→5桁(奇数)・いいいまし?1が3つあって0と4が続く。いさおし?

 ・1056194→7桁(奇数)いまごろいくよ?(今頃って何?何処に行くの?)194は「いくよ」で合っている予感。1056って何だろう?


 私が居間で頭を抱えて考えていると、お母さんが私が何をしているのか聞きに来ていた。

「明理、ノートを広げて何を悩んでいるの?」

「お母さん、あのね。先日亡くなったクラスメートがLINEで私に何か数字を送ってきたの。その数字の意味をずっと考えているところ」

 お母さんはノートを覗き込んできて、ノートに書いてある数字を見て話し出した。


「逢いたいよ。今から行くよ」


「お母さん急に何を言ってるの?」

「え?何って明理がノートに書いてあるメッセージを読んだだけだよ」

「お母さん、この数字の意味が判るの?」私は驚いてお母さんに聞いた。

「お母さんがまだ学生だったのときは、今のように携帯電話とかスマートフォンとか無かったときなの。その代わりと言ったらいいのかポケットベルというものが普及し始めていて、お母さんはそういうものは持たせてくれなかったけど、お母さんの友達でポケットベルを持っていた人が居たの。ポケベルの出始めのときはまだ相手に文字で伝えることは出来なくて、電話をして欲しい人のポケベル番号に電話をかけると相手に『ピーピー』って音が鳴って相手を呼び出すことが出来たのね。でも音が鳴るだけで誰が呼び出してるのか判らなかったの。

 その後になってプッシュホンっていう今のような押しボタン式の電話の普及でポケベルに数字が送れるようになったの。一行だけの10文字くらいかな(?)表示される小さい液晶が付いていてドット絵(?)っていうのかなギザギザの文字だけど表示が出来るようになっていて、それを作った人達も私達の使い方とは目的が違っているとは思うけど、相手に数字を送って語呂合わせのように読んでいったり、友達同士で数字の言葉を自分達で決めたりして、数字自体に意味を持たせて自分の伝えたい言葉を相手に伝えることをしていたの。

 たとえば『0840』だったら『おはよう』、『3476』なら『さよなら』って言う具合にメッセージを送っていくのよ。それからさらにポケベルが進化していって文字や数字とか記号が表示できるようになったの。11だと『あ』12は『い』、15だと『お』21なら『か』25なら『こ』という具合に自分が送りたい言葉を二桁の数字にして、その数字を打って相手に送ると相手のポケベルに文字が表示されて言葉を伝えれるようになっていったのね。そこでそのような数字を打っていくことを『ポケベル打ち』と言って、そこからだと思うけどポケベルが急速に私達の間で流行りだしていったのよ。明理がノートに書いてある数字はそのポケベル打ちが出来る前の、数字のみの表示が出来るようになった頃のメッセージだと思うわ。

 その読み方で読んでいくと11104は『逢いたいよ』となって1056194は『今から行くよ』と読めるのよ」

 お母さんの話を聞いていて、なんか自分が全く知らない違う時代にタイムスリップしたような感覚に陥ってしまっていた。電話というものが目の前にあるのにわざわざ糸電話を使っている人が目の前に居るような不思議な感覚だった。

 お母さんの時代にはスマホや携帯が無くて、どうやって友達に連絡をしていたのだろうと不思議には思っていたのだが、まさか数字のみで相手に伝えていたとは全く見当も付かなかった。しかしそれでは自分から相手にのみ伝わる一方通行の情報しか流れていないのでは?と疑問に思っている。結局は『電話しろ』と相手に言って電話させるのがポケベルなのではないか?と思ってしまったりしている。

「これでもお母さんはポケベル打ちがすごく得意で、友達みんなから神業と言われていたのよ」などと満面の笑みでお母さんが私に話をしているけど、全くもって意味が判らない。今で言うところのトグル入力とかフリック入力がとても早い人が居るが、その入力しているところを見て「入力が早い!凄い!」と言われていてちょっと鼻高にしている人のことを言うのなのだろうか?

 そういえばガラケーで2タッチ入力方式と言うものが存在すると聞いたことがある。お母さんの言っていることと同じように11が「あ」15が「お」という入力方法と聞いている。もしかしたらお母さんの言っているポケベル打ちと言うものは、2タッチ入力方式のことなんじゃないかと思うようになっていた。スマホで2タッチ入力方式なんて使っている人が居るとは思えないけど……というか、2タッチ入力方式って言う入力方法ってスマホに有っただろうか?今度自分のスマホで確かめてみよう。有ったとしてもめんどくさそうで絶対に使おうとは思わないけど。

 しかしながら文字が表示できる前のポケベルで数字を表示させて、数字を語呂合わせのように読んでいって相手にメッセージを伝えるということは、私にとっては本当に初めて聞いたことだった。目から鱗?これは初めて見て驚いたときに言うことだっけ?耳に小判?そんなものは無いか。耳に補聴器で良いか。これだと意味が大きく変わってしまうかな。どう言ったらいいのかな?良い言葉が見つからないけど、まあいいか。


「もう今ではポケベルと言うものは無くなってしまったから、数字メッセージのことを知っている人というのはお母さんと同じ世代だけだと思うよ。そのメッセージを送ったのはお父さんとかお母さん世代の人なのかも知れないわね」

 お父さんやお母さんの世代の人が今のご時勢に私や莉菜さんに数字でメッセージを伝えたと言うのだろうか。その世代の人が『逢いたい』とか『今から行くよ』とメッセージを送ったとしよう。一体誰がそのような私達には読むことが出来ないメッセージを莉菜さんに送ったと言うのだろう。そのメッセージを莉菜さんが読むことが出来たとしても、そのメッセージを読んで自殺をするようなことにはならないのではないだろうか。直接的でも間接的でも、このメッセージと莉菜さんの自殺との因果関係は存在しないと結論つけるしか考えられなくなってきたのです。


(唯一の手がかりだと思ったのに、数字の意味が判ったら逆にその手がかりが消えてしまうと言う、この気持ちはなんだろうね……)気が抜けるというのは正にこういう事を言うものだと自ら体験するとは思いも寄らなかった。さらに唯一の手掛かりが消え失せてしまうというのはとても厳しいことだった。

 しかし誰が夜9時過ぎに莉菜さんのところに逢いに行ったのだろう?それに誰かが莉菜さんに逢いに来たのなら家族の人が警察の人に話しているはず。でも莉菜さんのところに誰かが尋ねてきたということは誰も聞いていないように思う。それにわざわざ昔のポケベルで使っていた語呂合わせの読み方でメッセージを伝えたと言うこともなんだか気になることだった。

 その前に莉菜さんがそのメッセージを読むことが出来たのだろうか?ということの方が最初に確認することのように思う。明日、友達に聞いてみてこのポケベル読みが出来る人が何人居るのかも知りたいと思っていた。もしかしたら私だけが知らなかったのかもしれない。


          ☆ミ


 次の日になり学校のクラスのみんなに数字メッセージを見せて、読むことが出来るのかを調査してみることにした。

 結果、ほとんどの生徒が読むことが出来ないと言うことが判った。担任の先生にも聞いてみたら、ちょっと悩んではいたが先生の世代は一応ではあるが、読むことができることが判った。私達は小さいときから文字で相手に伝えることが出来ていたので、数字メッセージは逆に何かの暗号のように感じてしまっていて、これがメッセージだとは思っていないのでした。


 そこで私は自分なりに一つの仮説を立ててみた。

 莉菜さんも実はこの数字メッセージは読むことが出来なかったのでは無かったのだろうか。そして私と同じようにメールが来る度にすぐに消そうとするが消去することが出来ない、メルアド拒否をしても拒否することが出来ない。しかし次々とメールが送られてきて、気持ちが悪くなってとても怖い思いをしていた。そして私に助けを求めようとLINEを送ったが返信が無かった。そして自分でどうしていいのか判らなくなってしまった。そのように考えることの方がとても自然になっているような気がした。しかし、そこから後が判らなくなっている。

 メールが一件もスマホの中に無いと言うことは、送られてきたメールを莉菜さん自身が消去したと言うことになってしまう。来たメールを一度開き内容を見るとメール消去が出来るということが判り、莉菜さんは自分自身でメールを削除した。ということはもうこの段階で莉菜さんは気持ちを落ち着かせようとしていて、ある程度は気持ちが落ち着いていたということになってしまい、そこから自殺をするとは到底考えられなくなる。

 莉菜さんは怖い思いをして気持ちを落ち着こうとしていた。私の時と同じようにメール消去が出来て良かったと思っていたことだろう。問題はそこから自殺をするくらいの何かが起きたと言うことで、その『なにか』を見つけなければいけない。

 クラスのみんなには、もし数字のみのメールが来たらその数字を、私にLINEでもメールでも何でも良いから教えて欲しいということを伝えてあるけど、もう二度とそのような気味の悪いメールが誰にも送られてこないことも祈っていた。

 そういえば最初の殺人事件の被害者の国房美樹さんも、メールが来る度に青ざめていたと聞いた気がする。私が消しても消えないメールのことを警察の人に言ったときも、その場の空気が変わったことを思い出した。国房さんも実は数字メールの被害者だったのではないのだろうか?

 しかし二件目の事件の被害者である西守采佳さんはメールの言葉が一つも出てきていないことに気が付いた。湖で発見されて死因は溺死ということしか判ってない。ということは西守さんの事件は、国房さんや莉菜さんの事件とはまったく別の事件だと言うことになる。


「ねえ、西守采佳さんの事件のその後ってなにか知ってる?事件と事故の両方で調べてるってニュースで言ってたっきりで進展が無いよね?」

 私は隣にいる情報通の友達に聞いてみた。

「西守采佳さんの事件って全然判らないみたいだよ。家族がいつ家を出たのかも知らなかったって言ってるらしいもん」

「どういうこと?」

「家に帰ってきて二階の自分の部屋に行ったところまでは母親が見ているの。それから母親と妹が一階でテレビを観ていたらしいけど、誰も二階から降りて来てなくて、食事をするために二階に居る采佳さんを呼んだけど、とても静かだったから寝てると思ったらしいのよね。それで二階に上がって呼びに行ったら部屋に居なくて、家の周りとか友人のところに電話を掛けたりして、采佳さんを探したけど全然見つからなかったということらしいの」

「それで湖で溺死?」

「采佳さんの家からその湖まで遠すぎて歩きは絶対に無理、自転車は家に置いてある。公共機関を使うにも、お財布は家に置きっぱなしでお金を持っていない。警察は誰にも気付かれない様にそっと家を出て、誰かと家の近くで会って、車で湖まで行ったのではないか?ということで捜査してるみたいだよ」

「近所の人とか誰も見てないの?」

「誰も見てないみたいだよ。お通夜のとき采佳さんの家に行って気が付かなかった?あの家って住宅街にあるでしょ。道路もあまり車が来ないような細い道になっていたし、それに近所のおばさん達が午後3時から午後5時まで、あの家の前のすぐ横で井戸端会議やってたらしいんだよね。だから誰かが出てきたら近所のおばさん達が気が付いているはずなんだよね。お母さんが采佳さんを呼んだのが午後6時頃で、その時にはすでに家に居ないと言う事で午後5時から6時の間に家から出ただろうとしてるみたい」

「ということは殺人事件として捜査してるってことね。午後5時から6時の間っておかしくない?発見された時間って何時頃なの?」

「午後6時過ぎ頃に湖に夜釣りに来た人に発見されて警察に通報したみたい。そして午後9時前にはニュースになってる」

「午後5時に家を出たとして湖まで車でどのくらいの時間がかかるの?」

「自転車でも1時間以上かかるだろうから、車ならどのくらい掛かるのだろうね、判んないけど。湖まで行く道っていっつもすごい渋滞しているらしくて、20分とか30分では絶対に着かないらしいよ。だから車でも渋滞に嵌って凄い時間がかかるんじゃないかな」

「それでもう一つ聞くけど、采佳さんってメールに怯えてたとか、変なメールが来てたって言うことは無い?」

「国房美樹さんはメールが来るたびに青ざめていて怖がっていたらしいけど、西守采佳さんに関してはメールの話は何にも聞いてないかな」

「それなら最初の事件と采佳さんの事件はそれぞれ別々の事件と思ったほうがいいみたいだね」

「そうだと思うけどね。しかし明理。あなたは危ないことには首を突っ込まないほうがいいんじゃない?明理だって変なメールが来ているんだからね。変なメールが来ている人達って国房美樹さんと浮本莉菜さんが居て二人とも亡くなってんじゃん。明理は特に注意しないといけないことを理解してる?」

 確かに友達の言う通り、私のところにも変なメールが来ていた。しかし私には何も悪いことが起きてない。私と国房さんと莉菜さんの違いというのは何だろう?


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