第8話 先輩と楽器屋さん

先輩のお腹も膨れたところで当初の目的である楽器屋に行くことにした。


「先輩、一口って言ってませんでしたっけ」


「ごめんなさい……だって美味しかったんだもん……」


よく食べるなぁと思って見ていたら、僕の分も全部食べられた。

まぁ正直あまりお腹が空いてなかったからいいんだけれども……。


「大丈夫ですよ。それにしてもよく2つも食べれましたね」


「うう〜……恥ずかしいからそんな言わないで……」


「冗談ですって!……あ、あの店ですかね?」


まだちょっと遠くて店名までは見えないけど、ガラス越しにギターがあるのが見えたので聞いてみると、ムゥっとした顔で「あのお店だよ!」と返してくれたが、さっきの仕返しとばかりに先に走っていってしまった。


「あ!待ってくださいよー!」


---


「いらっしゃいませ! あ、真奈ちゃん今日も来てくれたんだね!」


店に入ると50歳を超えたくらいだろうか、髭もしっかり整えられている渋めの男の人が出迎えてくれた。


「はい!今日はこの人の付き添いでギター見に来ました!」


「ほほーう。ついに彼氏さん連れてきたんだ!」



「ちがいますちがいます!今年入部してくれた後輩ですよ!!」


え……つ・い・に・って、先輩には彼氏がいるっていうことか……?


どうしよう。なんか急に気まずい気持ちになってきた。

彼氏がいるならこうやって2人で出かけていいのだろうか……


「藍斗君? 暗い顔してどうかした?」


「あ、いえ! なんもないですよ!?」


「そぉ? ならいいけど! 」


「はい!」


僕は漠然とした不安を抱きながらも、先輩がおじさんと話し終えたらしいので店の中を見て回ることになった。


---


「意外に多いですね……」

「ここのお店外から見たら小さくみえるけど、中入ると意外におっきいもんねー」


入り口近くにあるギターの他に、店の奥に行くとまだ沢山あった。

どれもかっこいいし、目移りしちゃうな……。



——くるくると店内を見てまわること30分、いまだに決まらない。


流石にこれ以上時間をかけるのは付き添ってくれている先輩に迷惑だと思ったので、「これとかどうでしょう」とそこにあった黒いギターを指差しながら後ろにいるはずの先輩に聞いた。


「えっ」


振り返ってみると、さっきまでずっとついてきてくれていたはずの先輩がいない。

代わりにさっきのおじさんが立っていた。


「真奈ちゃん御手洗い行くって言っていたよ」


振り向きざまに目が合うと、おじさんはそう言った。


「君にも言ったらしいけど、夢中でギター見てて話かけても返事なかったらしくてね。

それで伝言ついでにおじさんが君の補助をするよう頼まれたんだ」


「そうなんですか」としか言えなかった。

気づかないほど集中していたということに自分でも驚く。



……自分で言うのもなんだが、結構人見知りする方だと思う。今現にこのおじさんとどのように接したらいいのかわからず、下を向いてしまっている。


するとなにか勘違いしたようで、あっはっはと笑いながら「そう暗い顔しなくてもいいじゃないか! そんなに真奈ちゃんいないのが寂しいのかい?」

と、言ってきた。


僕はすぐに「そんなことないです!」と答えたが、おじさんはニコニコしたままだ。


「あの、一番オススメのギターってなんですか??」


この流れだと誤解を生むと思ったので、話をそらすことにした。


そう尋ねると、少し歩いていって「これかな」と、壁にかけてある物を指した。


僕はおじさんの後について行ってそれを見たとき

「すごい」と、つい口に出してしまった。


なにがすごいかって、とりあえず値段だ。

まずそれが一番目に映った。


「すみません。こんなにもってないです……」と言うと、またあっはっは! と笑いだし、「ちょっとした冗談さ!」と言いだした。


398000円、約40万円だ。明らかに学生に勧める代物ではないんじゃないと思う。この店員さんはやる気がないのだろうか。


そんなことを思っていると、「こっちが君にオススメかな」と、40万ギターの下にあるギターを指してくれた。


「あ、こっち安いですね」


次に紹介されたのは6万の物だった。

さっきのと比べたら全然買える範囲だ。


「このギターがオススメの理由ってなんですか?」

次いで僕はそう尋ねた。


「んー、簡単に言うと値段の割に良い部品を使ってるからかな?」


いわゆるコスパが良い、ということらしい。


「じゃあこれにしよっかな……」


そう思っていると


ぐいっ!と服を後ろから引っ張られた。


「藍斗君!! こっちきて!!」


それは真奈先輩であった。


「ちょ、い、いきなりどうしたんですか!」


「あっごめん! とりあえずきて!」



僕はビックリしてどういう状況なのか理解できずにいたが、先輩の得意げな顔を見て、

とりあえず連れて行かれることにした。

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日常青春事情 抜刀斎 @akatsukiyozora

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