第38話

 …自然と、口角が上がっていることに…彼女は気付かなかった。


 見た。確かに見たのだ。


 ——不死が、死ぬ瞬間を。


「…ふふっ。凄いよ、澪。…不死殺しに目覚めるのに必要なことなら…あの殺戮なんて全然許せるよ」


 ――――――――――――――――――


「レイ」


「うん…?」


 里の一角、緑色の絨毯が敷かれた木陰で寝転がっていた彼。

 クォーリアの透き通る声に、瞼を開けた。


「無理じゃ。不死になることは」


 不死を殺す手段は手に入れた。

 不死の神秘も神秘剣で手に入れた。

 命がもうすぐ尽きそうだ。


 …結局、神秘の移植を行うことにしたのだ。

 成功率は高くない。だが、それでも…クォーリアはやれるだけの準備を整えた。


 不死を殺した原理。…いや、不死を殺せた理由を、クォーリアは彼女なりに考察し、結論を出した。


 不死、を時計が止まった者、と定義して、不死殺し、を時計を進める者、と定義した。


 彼の”時”という特有の属性が働いた、と考えるならば、この定義におかしな部分はない。


 しかし、問題は…


「真反対、なんじゃよなぁ…」


 上手くいくはずがない。相反する力同士なのだから。


 故にどうしようもない。ただでさえ成功率が低い実験が、その条件が+されたことにより絶望的な確率になってしまった。


「…専門職じゃないから、間に受けないで欲しいんだが」


「うん?」


「昔、師匠に聞いたことがあるんだが……火と水、同時に操る怪異がいたらしい。それと同じようにはできない…のか?」


「…いたのぅ、そんな奴も…。じゃがあれは同時に使っていたわけじゃなく……」


 あの日から、忘れようとしていた師との思い出。楽しかったことと辛かったこと、どちらも半々で…才能を開花させることができずに終わってしまった『自分にとっても師匠にとっても無駄だった1年間』

 そう思っていたのに…気がつくと、こんなところにまで来てしまっていた。


 失敗して良かった。なんて、そんなことは一欠片も思っていない。

 だが…それでも、努力が少しは報われたのだと思うと…ちょっとは嬉しかった。


 不自然に会話が途切れていたことを思い出し、物思いをやめてクォーリアを見ると…なにやらぶつぶつと呟きながら、頭に人差し指と中指を当て、何か考えているようだった。


「スイッチのように…切り替え式にするのはどうじゃろう?火と水の神秘を携えた怪異、あやつは確か、右手からは炎が、左手からは水が…というのではなく、目が赤い時は火が、目が青い時は水が出る奴じゃった。…その原理はようわからんが…こやつなら…」


 …1つ、師が何気なく話しただけの話題が……あの日々の断片が、思わぬ形で実を結んだ。


 ――――――――――――――――――――


「灰身滅智ならば…もしかしたら、可能かもしれん。」




「どういうこと?」


 結論が出るまで十分と少し。考えに考えた末、少女は眉を寄せながら、そう苦い顔で結論を述べた。


「灰身滅智は、”時”属性の”剣技”。…その本質は、自身の体に流れる時を”加速”させる技じゃ」


「…?なら、2倍速にしたら2倍速く剣が触れるようにならなきゃおかしくないか?それに、命の削りようと割に合わない」


「”加速”というのはそのままの意味ではない。生きるために消費する生命力、これの消費を加速させている、ということじゃ」


「…成る程?今後50か60年生きるのに必要な生命力を、1年で使い切ろうとする力…ってわけだ」


「うむ。もし、体が2倍速で動くレベルの灰身滅智を使えば、1年どころではなく3ヶ月ぐらいで死ぬかもしれんのぅ」


 …つまり、まぁ…無茶のツケ、前借りの利子…アホ。


「不老不死はその逆。生きるために生命力を”消費しない”。じゃあどうやって生きてるか、と言えば…よう知らんのだが」


「…あれじゃないか?消費しないんじゃなく、消費した分がすぐ取り戻されるとか。メッタ刺しにされた分、メッタ刺しにされた瞬間に生命力がどっかから湧いてくるとか」


 珍しく、専門知識が無い彼がその分野に口を出した。

 …そもそも、神秘とかいう”原理不明なもの”の専門家、なんてのもよくわからんが。


「ふぅむ…確かにそっちの方がしっくりくるかもしれん」


「…まぁ、生命力って概念自体よくわかってないんだけど。メッタ刺しにされて死ぬのは、60年分の生命力を使っても足りなかったからなのか?59年分で足りて生き残っても、残りの寿命は1年なのか?んなわけないし」


「そのあたりは一応、世界中でも統一的な考えがあるんじゃが…長くなるし別の機会でいいじゃろう」


 コホン、と一度息を整えるために咳払いし、結論を再構成しなおし、どう言葉にするかもう一度悩み始めるクォーリア。


 彼は勝手に少女の頭に手を置いて、その結論をのんびりと待つ。


「つまりじゃ、スイッチのように、”加速”と”停止”を使い分けられるんじゃないか?という話じゃ」


「普段は不死、灰身滅智中は不死殺し、ってこと?」


「うむ。…同じ時属性、しかし真逆…混ぜるのは難しくとも、切り替え式なら普通よりも簡単かもしれん」


「…どうやって切り替え式にするんだ?一個の体に一個の神秘、だろ?」


「うむ。じゃから、付け足す」


「…??」


「火と水、というのは真逆に見えて似ておる。どちらも”温度を司る”とか、”原子状態を操る”とか。”火を付ける力と火を消す力”とか。だからお主の力も”加速する力”に”停止する力”を加えて”時間を操る力”に変える」


「これなら…真反対というより寧ろ、同じ力に見えるじゃろ?」


 ただ、明日生きる為に続けてきた研究…それが偶々、『大事な人の命を繋ぐ為』に成った。


 得意げに笑う少女の横顔が、堪らなく愛おしく見えた。


 ――――――――――――――――――――



「…そういえば、不老不死だから”時属性”なら、クォーリアが火を使えるのはなんでなんだ?」


「…或いはさっきのような”火と時を組み合わせた概念の能力”なのか、それとも…」


「…妾のこれは、不死ではなく単純に超長命なだけかもしれんのぅ」


 呆気なく、長年の疑念に決着がついた瞬間だった。


 ――――――――――――――――――――


 …4ヶ月後。


「準備ができたぞ」


「……ああ。…行こう」


 ガタが来ている感じはしない。ただ、なんというか…今朝から冷や汗が止まらない。

 ポツンと置いていた武器達を、いつもの癖で装備した。


 ――――――――――――――――――


 クォーリアはギリギリ間に合ったのだ。…本当にギリギリ。


 そして、彼女もまた…ギリギリ、間に合った。


 ―――――――――――――――――――ー


「――ッ!?」


「?」


 突然振り返るクォーリアに疑問符を浮かべる。視線の先は里の入り口。…未だ嘗て見たことのない怯えた目が、彼の目を、覚まさせた。


 飛んでくる、雨のような細かさの黒色の粒子。澪とクォーリアを覆うには十分すぎる、細かい粒子の壁。


「クー!」


 大剣を地面に突き刺し、クォーリアの腕を引き寄せ庇う。

 1つ当たるたびに、悲鳴をあげる大剣。…ヒビが割れるのも時間の問題だろう。


「敵は!?」


「わからん!じゃが…許可なく勝手に入ってくる奴じゃ。…とんでもないのが、最悪のタイミングで来たようじゃな」


 神秘を発動し、土の剣を上空に生成。気配の位置へとそれを放つ。


 着弾。…軽く避けられたようだが、雨は止んだ。


 …灰身滅智、絶雨…神秘らしい神秘を身につけてから、神秘の気配が何となくわかるようになっていた。そして今、感じる気配は…本気の騎士団長よりも、ましてやクォーリアよりも強い…化け物じみたものだった。


「あれ?間違えたかと思ったけど、合ってたんだ」


 悪怯れるそぶりも、これっぽっちの殺意も、感じさせない向日葵のような声。

 聞こえるはずのないその声に、反射的に大剣の陰から顔を覗かせる。


「あ、澪っ。久しぶり〜。…1ヶ月ぶりぐらいだっけ?」


 ニコリ。


 再会を心から喜ぶ満面の笑みに、言い知れぬ恐怖を覚えた。


 ―――――――――――――――――――ー


「4ヶ月ぶりだよ。…1週間後がどうのって言ってたけど」


「あれ、そんなに経ったんだ…。まぁ、いいけど。あの日から1週間後に、ほら、不死を殺してたでしょ?だから、許した」


 …どこから見てたんだ。草原のど真ん中だぞ、いたら流石に気付くはず。


「…何で急に攻撃してきたんだよ」


「それが1番早かったから、なんだけど。…久しぶりに聞こうかな」


 会話になっているのか、なっていないのか。…雰囲気も何も、そのままだが…真っ直ぐに目を合わせても、?を浮かべるだけの彼女には、最早自分の存在は”何者でもない”のだと、思い知らされた。


「もし、時間を巻き戻せたら…澪は、巻き戻す?」


 …まるで、受け入れられるのがわかってる愛の告白をするかのように…以前とは似ても似つかない、不適な笑顔を見せるのだった。


 ――――――――――――――――――――


 全ての真実が語られた。


 彼女の、正義の味方としての在り方は、どうやらそういうものだったらしい。

『歪んでいる』だなんて彼は思わない。一度きりの人生、それでも巻き戻せるなら巻き戻すだろう。誰だって。


 ただそれを、自分の世界全て…自分の理想世界の為に酷使しているだけ。

 自分の身さえ良ければいいという訳ではなく、自分が好きな人全てを救いたいなどと英雄らしいことを言っているのだ。


 ただ。


「じゃあなんで、俺が、1年間を棒に振った、って嘆いてた時に、巻き戻さなかったんだ?そこまで。1年前まで。1年前まで巻き戻して、修行させないように止めなかったのは何故だ?」


「…最初はそれも考えたし、もしかしたらそうするかも、っていうのはまだ考え中だけど…まぁ、多分しないかも」


「なぜ」


 言ってる意味がよく分からない。考え中、だなんて。


「不死殺し、がずっと欲しかったんだっ。ちょ〜っと、邪魔なのが居て。世界中を探してみても、不死を殺す手段なんて見当たらなかったから。…君みたいな”時計の針で、神秘無しで、極地に至れるような人”は貴重だから」


「俺の意向は無視か」


「そんなことしないよ。…君が君を好きでいられるように、私が導く。それがヒーローのお仕事だよ」


 …散々言っておいてなんだが、別に今の人生に悔いがある訳じゃない。いや、あるにはあるが…別に、巻き戻したいだなんてのは、当然思っていない。


 ただ…彼女の思想は…この世を人形劇だと見ているソレなのだ。


 理想の世界を作り上げる。誰もが幸せになれる世界を作る。

 心から。


『…今ここにいる自分の、幸せな感情も…或いは彼女の巻き戻しによって作られたものなのか?』


「みんなの幸せが、私の幸せだよ」


 胸に手を当て、本心を告げる。


『もしかしたら、この感情も、彼女の操り糸によってなのではないか?彼女が助けてくれなかったら、自分はあの日に、死んでいたのではないか?』


 彼女は…彼の……いや、彼のだけではない。

 世界中の人々を救う、神様なのではないか?


「……」


 全ての理不尽をなくしたい。

 その願いを叶えられるのが彼女で、そして俺なら…これほど嬉しいことはない。

 』


「…お前の物差しは、信用できる」


「…俺は、お前の基準で救う人、救わない人、救い方を選ぶなんて、お前は他人を、他の人の人生をなんだと思ってるんだ…なんて、キレるつもりだった」


「つもりだった?」


「ああ。…でも。今までのこと、全部振り返って…考えを纏めたら……俺には、お前以上に物差しがしっかりした奴はいないように思う」


「じゃあ…!」


 キラキラと目を輝かせる夕空。初めて、ちゃんと目が合った気がする。

 爆発せんとする喜びのまま、抱きつく為に飛びついた夕空。

 しかしその手は彼に届かず…空を切り、膝をつきそうになりながらもなんとか着地した。


 …彼が横に避けたのだ。


「…お前が手を引いて歩いてくれたら…乗り越えられる障害しか乗り越えず、歩きづらい道でも立ち止まらないで進めるだろう」


 左手で鞘を掴み、地面に突き刺すように立てる。


 迷いを晴らすように鳴り響く鈍い音。風の音に意識を醒し、身を灰に、智を滅する。


「お前のソレは人形劇だ。…俺を勝手に役者にするな」


 いつの間にか沈み始めた太陽。

 抜刀、突きつけた刀身に映る夕陽は…心が通じ合ったあの日と変わらない。

 けれどもう、元の関係には戻れないだろう。


「…人形劇。…なるほどね。確かに、そうかも」


 人形劇。人形劇…と噛み締めるように何度か呟いて…。


「…ちょっと前に聞いた時には同意してくれてたのにね」


 背負った大剣を抜くと、刀身が伸びる。神秘鎧と同じ原理だろう。

 地面に突き刺すともう一度彼を見つめ…それでも、哀しそうにしながらも、笑ってみせた。


「人形劇でも幸せになれたなら良いって思うんだけどな…。……幸せになれたから、人形劇じゃ嫌って、思うんだろうね」


 乾いた笑いは、初めて見た。作り笑いというより、笑うしかない…そういう感じ。

 彼の知る彼女の笑みは…それが最後になる。

 顔を抑え、首をブンブンと降ると…『ニコリ』まるで口でそう言ったかのような、笑顔の仮面が現れた。


「幸せになれておめでとう!でも、みんなの為に!その幸せは捨ててねっ!」


 剣を引き抜き、突き付ける。

 正義の使者は、世界の為に、自己中心な時計の針を今一度へし折る事に決めた。

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