第37話
「…そういえば」
「うん?」
「あの…その髪と、目は…」
彼の髪は左側2割ほどが白く、左目が赤くなってしまっている。
「ああ…ちょっとした、後遺症というか…」
「…力が強くなったり、身体能力が強くなったりする…」
「!?知ってるのか」
「は、はい…その…意識を失って数日の間…私もそうなっていて…」
『…俺と同じように、暴走して……自力で落ち着かせたのか?』
「…不死なら関係ないかもしれないし、制御が効かないならどうしようもないが…抑えられるのなら、抑えたほうがいい」
「?なぜ?身体の調子が良くなるから、制御できたらなぁって思っていたんですけど」
「コレは、命を削る。…俺はこの前意識的にコレを酷使したんだが……明らかに…そう、”削られてる”感覚がある」
「…なるほど」
…命が無限の不死の場合は……何を削るのだろう。
それとも…本当に、対価なしで酷使できるのだろうか?
――――――――――――――――――――
「…ふぅん……?」
と、いうわけで街に戻りクォーリアと引き合わせてみたが…反応は思っていたのとは違っていた。
「…すまぬが、さっぱりわからん。…というか、妾が言うのもなんじゃが…人間にしか見えんのぅ」
「そう、ですか…」
「……」
正体不明の力に怯える少女。彼女の願いを叶えるにはやはり→殺す、ことがベストなのかもしれないが…せめて証拠が欲しい。
特に他の手段が思いついたわけでもなく…街の外へ向けて歩く。
「へぃへぃ、そこの彼女!こんな時間に1人かい〜?」
と、途中で、酒瓶片手にそんな風に少女に声を掛ける男。確かに時刻は既に夕刻以上になっていたが、飲むには少し早いだろう。
「っ…」
白髪のこめかみ辺りが疼く。
…”理性”を無くしたままの状態だったら、既に刀が血に染まっていただろう。
少女は無言で歩みを進める。彼もそれに習い後を追うが、男は少女の肩を掴んだ。
瞬間、抜刀。首筋に刀を添える……そんな光景は、しかし予想外の状況が許さなかった。
刀の向け先は、既に無かった。そう、”無かった”のだ。
男の体は横に水平にスライド…したかのように、一瞬で吹き飛ばされ、民家の壁に激突。半身が潰れ、死体に見慣れた神秘使い達でも、その光景は直視し難い。
誰がそんなことをやったのか?
近くには何人か人がいるが、怪異の姿はない。
触れられる距離にいたのは、彼と少女だけ。
「……ぁ、は。…ひ…ぁ……っ」
死体を見て、自分の手を見て…少女は彼に、どうしようもない笑顔を向ける。
笑っているのか、泣いているのか…闇色の瞳が語るのは、一重に『絶望』ただ一つだった。
「…ごめんなさい。帰ります」
何も言わず、何も無かったかのように歩き出す少女。
街は悲鳴で満ちているが…彼女はソレに、完全に自身を隔絶させる。
数秒立ち止まってしまった彼だったが…視界から消えてしまう前に、安全な距離を保ちつつ、少女の後を追った。
――――――――――――――――――――
街から出て、1時間ほど歩き続け…ついに少女は、その足を止めた。
「…北本さん。…分かったでしょう?もう、躊躇わないでください」
振り返り、涙すらもう出ない瞳で真っ直ぐと見つめられてしまう。あんな適当な希望を与えた彼に…責めもせず、泣きもせず…少女はただ、懇願した。
「神秘剣…それなら、もしかするかもしれません。怪異の力は奪えなくとも…私は…たぶん……にんげん…の、はず…なので」
言いながら、どんどんと沈んでいく面持ち。一歩、一歩と彼に近づいていき…少女は両手を横に広げ、無力を示し、解放を願う。
「……ああ。わかった」
どうすればいいのか、他に道はないのか…彼自身がそれを探している最中で、少女の道は、もしかしたらクォーリアを救うことにも繋がるかもしれない。
だが…こんな表情を見せられては…少女に背を向けていつまで掛かるか分からない旅を続けて答えを探すなんて…選べるはずもなかった。
何も言わず、手を柄に。
居合一閃。雨を断ち切る渾身の一太刀。
体は真っ二つに切られ、胴体より上だけが地面に。
落ちる。
やがて下半身もその近くに倒れ…しかし一瞬の間に、2つはまた1つとなった。
「――」
無言で立ち上がる白髪と化した少女。そして赤い目で獲物を見据えると…ニンマリと口を半月状に歪め、彼へと襲いかかった。
――――――――――――――――――――
彼女のことはまだよく知らないが…この力が、灰身滅智によるものだということは、なんとなくわかった。
振り下ろされた爪。咄嗟に腕を切り落とすが、切り落とした瞬間に再生。まるで刀が腕をすり抜けたかのようになり、彼はもろに爪で切り裂かれた。
「ちぃっ…!」
当身で突き飛ばし、同時に後ろへ跳んで距離を取る。
納刀し、大剣を構える。
幸いにも…少女は本当に、ただの少女だった。
武器も持っていなければ、そもそもの身体能力も高くない。…自分の性質を、よく分かって…人に迷惑をかけないように、生きてきた。
『それを、俺が…』
振り下ろされた大剣。真っ二にされた少女。先程と同様、少女はそれを気にも介さず、彼の首目掛けて両腕を振るう。
バックステップで避け、同時に足払い。バランスを崩した少女が倒れ、ちょうど両腕がクロスした地点に短剣を差し込み、背中に大剣を突き刺し、それは地面にまで深く突き刺さる。
…相手が不死だと言われた時から考えていた策。手足を封じ、重い物を乗せるなりして動けなくしてやればいい。武器の数が足りず、足を封じることはできなかったが。
少女はもがき続ける。意味不明な叫び声を上げながら暴れ回る少女が痛々しくて、目を逸らしたくなるが…彼は目を細めこそすれ、それから目を離さない。
…どうすればいい。どうしたら、彼女を”救える”?
迷い、迷って…どうしようもなくて。
遠くから聞こえる蹄の音に、答えを求めて視界を移した。
――――――――――――――――――――
「これは…一体…!?」
知っている顔の連中が、馬の背から降りて2人を認識する。するやいなや…10数人いる騎士達は、一斉に剣を抜いた。
「また、貴様かぁ!!!」
一月程前まで世話になっていた、騎士協会の面々。つまり、先日道場破りでボコボコにした奴らだ。
今の彼には、あの時ほどの力はない。あっても精々半分で、そして今、大いに取り込み中だ。
「…我々は、街中で起こった殺傷事件を追っている。北本澪。事情を知っているなら聞かせてもらおう」
騎士の中でも比較的冷静な男がそう静かに問う。
「…この怪異が、男にちょっかいをかけられて、反射的に殺した。それだけだ」
暴れ回る少女を見つめながらそう答える。
「そうか。……手を貸そうか」
「平気だ。それに、何人いても、どうにもならない」
「…どういうことだ」
「不死、なんだ。いくら炎で焼いても、焼き尽くすことはできないと思う」
「……そうか。…みんな、撤収だ」
それ以上聞いてこなかった男に、心の中で感謝して…改めて少女をまっすぐ見つめる。
…邪魔が入ったが、やることは変わらない。今、考えるんだ。不死を…殺す方法を……。
「…は?」
だから、遠くから背中向けて投げられた騎士剣にも気付かずに…彼は呆然と、そんな間抜けな声をあげた。
――――――――――――――――――――
「おい貴様!何を…!」
振り返った彼が見たのは、戸惑う1人の騎士と、殺意の篭った目で彼を睨むそれ以外の騎士の姿。
「あいつは!!騎士を3人も殺した!!許しておけるわけがないだろう!!!」
先日の道場破りにて、彼は騎士全員と戦い、そして勝った。
先日の侍との戦いで学び、刃を落とした武器を使ったことで、致命傷を避けたつもりだったが…3/30人ほど、殺してしまっていた。
「そうだ!!殺せ!!」「そうだ!!裁きを受けさせろ!!」
騎士達が賛同の声を上げ、今にも襲いかからんとするが…1人、冷静な騎士だけは、その声に異議を唱えた。
「待て!!!…確かに、彼は仲間を何人も殺した。だが…道場破りだぞ?そして俺たちは、それを受けた。認めたんだよ、殺試合を。復讐は止めない。だが…戦闘中に、しかも背後から剣を投げつけるなんて。……そんな剣士を、騎士とは認めるわけにはいかない!」
男は自称騎士達の前に出て剣を抜き、彼を庇うように立ちはだかるが……殺意は止まらない。
騎士達の中には、確かに男の言葉は届いた。だが…それでも…彼は殺さなくてはならない。生きているだけで災厄なのだ。大事な仲間を殺した。大事な。大事な。
どうあっても許してはいけない。
彼がもし、名前すら知らない存在にクォーリアを殺されたら、夕空を殺されたら…彼はどうあっても、その存在を殺そうとするだろう。
それと同じだ。
騎士が1人目の自称騎士を退ける。吹き飛ばし膝をつかせ、剣を首元に添えると『次!』と次の自称騎士を睨みつける。
彼を守る為ではない。男の中での騎士像を守る為だ。
次々に自称騎士を打ち倒していく男。かつての仲間に本気で剣を向けていることに、躊躇いがないわけではないが…男は精一杯戦った。
…しかし。
デジャブを感じる光景に、男も彼も、目を見開いた。
自称騎士は、またやったのだ。やってのけたのだ。
戦闘中、炎を避ける為に後退した騎士が、最初に騎士に敗北した男の元へ着地してしまった。男はこれ幸いと…背後から騎士の首に剣を突き立てた。
ほとんど無意識だった。ただ、邪魔者は殺さなければならないと、そう思ったから。
「ぁ…あ、…」
遺言すら残せずに、騎士は死んだ。
そして自称騎士達もついに…本当にタカが外れ、彼の元へジリジリとにじり寄ってくる。
…傷が大きすぎる。剣を抜けば出血多量で死ぬ。逃げても馬で追いつかれる。
詰んでいた。”理不尽”によって。元々は彼が騎士を殺したのが悪い。それはそうだ。だが…だが…。殺したくて殺したわけでもない。真正面から復讐されたわけでもない。
こんな結末は…認められない。
振り下ろされた炎の剣。命を燃やそうと睨みつける彼の視界を…少女の影が遮った。
――――――――――――――――――――
殺戮、というのはこういう光景を表す為にある言葉なんじゃないか。
そう思うぐらいには…圧倒的な世界が、草原に染め上げられていた。
「はぁ…はぁ…」
その間に彼は剣を少しずつ引き抜き、傷口を塞いで行った。
「…きた、もと…さん」
「…正気に戻ったのか」
「……」
会話を試みようとするが…少女はそれ以上、何も言わなかった。ただ、衝動を抑えるかのように自分の右手を強く握りしめ、口の中を噛み、血をこぼす。
なぜ、彼を助けたのか。もはや理由は聞けないが…彼は、命の淵にあって、1つ…悟りを得ていた。
“死なない”ということは、同時に…”生きていない”と言うことではないのか。
クォーリアのあの虚無感も、寂しさも、少女の、諦めたあの目も…”死んでいる”。
死なない。というのは……ゴールが無い、というのは………その人の中の時計が、止まっているとも言い得るんじゃないか。
当てのない暗闇の旅。歩いても、歩いても…辿り着けない最果て。
柄に手を置く。
風が吹く音。
静まり返った心臓の声。
戻る事も、止まる事も許されない時計の針。
終わりを望む人に、手を。
止まない雨を絶つ、空に至る一閃。
「――『絶雨』」
1秒。秒針が1つ進むように。自然の中、風が吹くように…そこに『在る』一撃。
少女を一閃したその刹那に…赤い目、白い髪は元に戻る。
暗い闇の中、狂騒を奏でる止まない雨が晴れ…少女はようやく、籠の中から飛び出した小鳥のように…晴れた空の下に歩みを進めた。
「…ありがとう、北本さん」
幻想は不死という呪いを解き、最期に少女に蒼い空を見せた。
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