第33話
「孤高の侍、野盗集団を追い返す」
次の日の一面はこのように飾られた。
あの出来事のまさに直後、神秘剣使い達が街に攻め込んできた。が、彼が既に侍を全て斬り伏せてしまっていた。
道場の前で1vs20の殺し合いが行われ、彼は悉く斬り伏せた。数名に逃げられはしたが、彼の働きによって、侍の神秘が奪われることは無かった。
彼が殺した侍の数は4。そも、合意の上で行われた殺試合だ。批難される謂れもないが、世間様はそうはいかない。…が、野盗集団に襲われて侍は全滅していたところを流れの侍が…というように解釈されたらしい。或いは生き残りの侍か医者が取り計らってくれたのかもしれないが…そこは彼の知る由ではない。
…もっとも、それは未来の話で、今まさに彼は神秘剣使いをことごとく撃退した所だった。
そして現状の問題は…
「…これは、また…」
「…澪…?」
神秘剣を追い返したまさにその時…2人の少女と鉢合わせたことだった。
「…お主、それは…」
「……」
「澪…」
白い髪と、帰り血塗れの全身。特別強い神秘剣4種を携えた彼は2人を見ても顔色1つ変えずに立ち止まり、順に目を合わせる。
「一緒に行くのはここまでだ。俺は俺のやりたいことをやる」
「なっ…」
それだけ言って歩き出す彼。頬を伝う汗をそのままに彼の手を掴もうとしたクォーリア。しかし、
「澪のやりたいことって、何?」
夕空の言葉が背中に刺さる。
胸の真ん中が冷たく、痒くなって、喉仏に違和感を覚え…彼は立ち止まる。
「さぁ?だが今やりたい事は、この場から消えることだ」
「っ…」
「今からか?野宿になるぞ」
「別に良いさ。眠くなれば寝る。眠くなけりゃずっと歩く。…そっちこそ良いのか?大量の神秘剣、さっさと拾わないと誰かに取られるぞ。夕空も…道場の中も外も、出血多量で死にそうな奴ばっかだ」
「ッーー!」
夕空の目の色が変わる。そう、彼女がやるべき事は、今この場で馬鹿と話をする事ではない。死の淵でもがく勇士を1人でも多く救う事だ。
「…行けよ」
それだけ言うと、今度は意地悪く正面を向いてジッと待つ姿勢になった彼。要するに、行かないなら話を聞くが、背を向けるならもう話し掛けるな、という意思表示だ。
「夕空。澪には妾がついていく。治しに行くのじゃ」
「……ごめん」
掛ける言葉を探すも見つからず…ついに彼女はただ謝って、彼に背を向け走り出した。
――――――――――――――――――――
無言で歩き出した彼と、同じくそれに無言でついていくクォーリア。
少しずつ息の上がっているクォーリアをスルーして2時間ほどひたすら早歩きし続けた。
「ぬー!疲れたのじゃ澪!妾もう歩きとうない!」
「瞬間移動で帰れよ」
「あれはほんっっっとーーに疲れるのじゃ!澪っ!おぶるか野宿か選ぶのじゃ!」
ピタリと止まった彼。急に止まったことに気づかずに彼の背中にクォーリアが激突する。
無言で振り返った彼と、恨めしげなクォーリア。
「ん!」とクォーリアが指差した方へ視線を移すと丁度良く森があり、夜目の効くクォーリアにはその中に大きめな湖があることが見えていた。
「…解った。休もう」
無差別殺人鬼になったわけではない。要するに、彼は…やりたいことをやるようになった、というだけなのだ。
―――――――――――――――――
「はぁ〜全く。…澪、いい加減ちゃんと血を落とすのじゃ。汚いし臭いし、不衛生じゃ。…ベタベタして気持ち悪かろ?」
道中、神秘刀を用いて軽く洗い流したが、面倒だったため完全には落としていなかった。…以前の彼なら、面倒だから、と血を落とすのを後回しになどするはずもない。
「ああ」
湖から水を救い、一通り洗い始める。
「それで?次のやりたい事は何なんじゃ」
「ああーー」
――――――――――ーーーー
そもそもの、妾とこやつとの関係を考えてみる。
里に…妾の神秘に選ばれた勇士。理想を拒み妾を選んだ。
選ばれた以上は止むを得ない。仕方ないから共におる。ただ、それだけ。
勇士の選定は、前の勇士が死んでから行われる。1年も待たずに死ぬ者もおれば、60年程生きた者もおった。
こやつのように、理想を敢えて選ばなかった者もおった。婚約者持ちや、戦場に連れて行きたくないやら、色々。その際にも妾は一応あのズラッと列におった。
…たまたま、初めて…あの列にいない時に、指名されるとはの…。
…今思えば、自分のように…あの列に並んだことは何度もあれど、選ばれたことは一度もない怪異達は…妾と同じように感じていたのだろうか?
…あの制度はもう廃止すべきじゃろうなぁ。…もうアレを始めて何百年も経って、今更じゃが…。
過去50程の人間が妾を見て、そして選ばなかった。
それはそうだ。この姿は、妾の生まれもっての姿であって、誰かの理想というわけではない。
北本澪との記憶を振り返る。
――妾にとってこやつは、どんな奴だ?
愚かで、弱く、哀れで、その上馬鹿だ。
だが、優しく、格好良く、可愛く、どうしようもない存在でもある。
男女間においての関係性の指標はやはり、好きか、嫌いか、なのだろう。
…『好き』ではない。
しかし、『嫌い』でもない。
好ましくは思う。人間の中でもどうしようもない矮小な存在。醜く泥の中で溺れるその姿。
彼の目を見る。
「――ー」
理性の消えた、灯火無き瞳。悪くなった目付き顔付きが、焚き火の炎をただ見つめていた。
視線に気づいた澪と目が合うと、ふと小さくだが顔の緊張が収まったような気がする。
「んっ……」
頭を撫でられる感覚はまだ慣れない。だが、くすぐったくも気持ちの良いソレは嫌いではなかった。
「お主は…」
「うん」
「妾のことをどう思っておるのじゃ。ただの同行者か?仲間の1人か?それとも、理想を叶えた恩人か?」
なぜそんな事を、と自身に問いかける。これではまるで告白の前座。そんな事を聞きたいわけじゃないし言いたいわけでもない。ただ…破滅へ向かわんとしている此奴に、どう接していけばいいのか…、その道標が欲しかった。
「…夕空が他人を救うのと同じさ」
「……正義感?」
「いいや」
「…施しの対象?」
「違う」
「……まさか、子供だと思っとるんじゃなかろうな」
「全部外れ」
むぅう…と頬を膨らませて疑いの目。
彼は苦笑いして立ち上がると、近くの木から赤い果実を2つ取り、片方をクォーリアに差し出した。
「…それで、結局何なんじゃ」
差し出された果実を腕を伸ばして受け取ると、白い歯で思いっきり噛み付き喰らう。
もぐもぐとのんびり噛み締める少女を横目に、自分も一口噛もうとして…果実を置いた。
一つ、大きな風が吹き、木の実は草原を転がり落ちて行く。
夜空を映す湖に落ち、ぷかぷかと浮かびながら…やがて手の届かない所まで辿り着いてしまう。
「……」
最後の一口を味わいながら、綺麗に残した芯を置く。
ジッと見つめると、苦笑いとも愛想笑いともつかない顔をされ…その想いを拒絶できなくなってしまう。
力になりたい。施したい。笑顔が見たい。
そばにいてほしい。聞いてほしい。受け入れてほしい。
許したい。許してほしい。
「ただの…欲望の捌け口だ」
抱きしめられた少女はそれから…男の背に手を回し、眠るように瞳を閉じた。
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