第32話

 倒れた男が運ばれていく。刀は意外にもかなりもってくれたが、流石にもう限界だった。というか、既に折れていた。


「これ、借りてもいいか」


「…どうぞ」


 壁に立てかけてあった飾り用の木刀を手に取る。そも、彼の場合は神秘が使えないのだから真剣じゃなくこういった武器でも構わないのだ。むしろこちらの方が…ある意味”やりやすい”。


 24人目。雪色の髪の凛とした少女。


「っ…」


 鋭い目つきは何も言わない。ただ刀を抜き、ジッと敵を見据える。


『…似てる』

 初めて会った時の夕空の瞳と同じだ。


 縦に一振りすると水の刃が飛ぶ。

 横に跳んだ彼の元へ少女が飛び込み、勢いそのままの渾身の突き。

 刀を木刀で殴り、左へ逸らす。通り抜けた少女がすぐさま足でブレーキを掛けて向き直り、横一閃の水の刃が彼の元へ飛ぶ。


「ちぃっ…!」


 軌道を合わせ、木刀を振る。刀身の太さが幸いして刃を打ち消す。


 距離を取られ、刃の三重奏。走り回って避けるが、このままでは不利になる一方だ。


 …辺り一帯に水が敷き詰められれば、神秘の条件が達してしまう。


 刃を斬り落としつつ特攻。時に避け、時に撃ち落とし…ついに届く。


「つぅっ…!」


 加速のままに、一直線に突撃。納刀は許さない。


 貫け!!!


 ―――――――――――――――――


 受け流しに特化した侍に、そんな一直線の攻撃は効かない。が…神秘より鋭く、神秘より速くやればその限りでは無い。


 刀が水流を纏い、木刀を受け流す。瞬間彼は木刀を手放し、左ストレート。

 水が弾ける。

 刀を逆手に持ち替えた少女は、彼の方を見もせずにストレートを避け、彼の胸に刀を突き刺した。


――――――――――――――――――


 第六神秘、波音…他者の鼓動、リズムを読み取る神秘。使い道としてはカウンターや気配察知。使ったことのない彼には、この神秘の存在意義がよくわからない。


「ッ…あ…」


 目と目は合わない。

 睨み付ける彼には御構い無しに、少女は刀を引き抜いた。

 決着はついた、と数歩歩き振り返った少女。

 氷の様な瞳は決して彼を映さない。


「俺は、まだ…」


 死ねない。


 俺の時間はまだ、終わっちゃいない。


『生きたい?』


 理性がそう問う。


「違う」


 生きたいわけではない。幸せになりたいわけではない。


「…殺したい」


 報われたい。


「…殺したい」


 負債を取り消したい。


「…殺したい」


 それがダメなら、俺が…報いを与えたい。


『そんなの駄目だよ』


 理性が見知った形を成す。桜色の髪の少女。彼にとっての、理性の象徴。



 今となっては邪魔なだけの"首輪"。



「駄目じゃない。誰かを殺すことで俺が救われる」


『駄目だよ。その誰かは、誰かにとって大切な人かもしれない』


「そんなの知るか。俺がそいつを嫌いなら、それはそいつが悪いんだ」


『……』


 理性が黙る。胸が痛い。違う。目が痛い。喉が乾く。頭が痛い。首が痒い。

 冷たい。冷たい。胸に開いた穴が、温かさを欲して過呼吸になる。


『…もう、手遅れみたいだね』


 突き放すような視線。理性は小さな粒の様に霧散し…彼はようやく”目を覚ます”。


「っ…は、ははっ…」


 思わず漏れた笑い声。少女は目つきを鋭くすると、瞬時に駆け出し、影も残さぬ居合斬り。


 上から刀を叩き落とし、木刀を喉元に突きつける。


 すぐさま後ろへ飛び退いた少女に、落とした刀を蹴って返す。


 斜め32度。


 丁度少女の胸の下を貫き…少女は気を失った。


「……次はどいつだ」


 胸の穴に手を当てる。…空洞の感じはするが、思ったよりも血が吹き出していない。というよりも、数十秒しか経っていないのに、既にかさぶたになっていた。


『…”時”属性って、そういうことかよ』


 ――――――――――――――――――


 後日クォーリアが纏めた彼に関するレポートより…


 北本澪のこの覚醒状態の再現性については、理論上は可能であると思われる。

 新たな神秘の一種かとも考えられるが、出現条件から察するに、その可能性は低い。

 北本澪の人間性について、以下に示す。

 性格の構成要素は

 ・不器用

 ・我慢強い

 ・心配性

 の3つが顕著である。

 彼は例えば「『漢』という字を覚えてください。1週間後に、覚えてるかテストします」と言われた際に

 ・『漢』がどういう意味か、どういう使われ方をするのか、似た漢字は他にあるのか、既存の知識と関連づけられるか、なんてことを思いつかない。ただ書いて覚えて、頭の中でも書いて、書いて、書いて…ひたすら書き続けることで覚えようとする。

 ・ひたすら書き続けることを勿論苦痛だと感じているが、それでもやり続ける。我慢できない、やめよう。なんて逃げ方は選択できない。

 ・心配性が、全ての原因になっている。そもそも「覚えられなくてもいいや」という発想はありえない。心配だから100回書いて覚えよう、となるのは50回書いて失敗した経験があるから。50回書いても覚えられないのは不器用だから。50回書いても覚えられなかった時に諦める選択ができない愚かさは我慢強さと心配性から。


「はっきり言って…今すぐ死ぬべき愚か者じゃな」


 どうしようもない、救いようのない属性のニンゲン。

 不器用さが無ければ大成できただろう。

 我慢強さが無ければもっと早く死ねただろう。

 心配性が無ければ適当に見切りをつけて相応しく生きられただろう。


 じゃあ、今の、彼は?


「単純な話、狂っただけじゃ。

 我慢強さは限界を迎えて、ついに壊れた。

 心配性は吹っ切れて、理性を捨てた。

 不器用さは終に、獣としての生き方を提案した。」


 理性の首輪を外し、獣の強さを手に入れ、怒りという名の永久機関すらも持っている。


「他の人間との差は、生きる為に戦うのか、死ぬ為に戦うのか、という差じゃろう。そうじゃな…恐怖とか、焦りとか、躊躇いといった機能は、生きる為の機能じゃ。勝てない相手には挑まない。隠れる。逃げる。その為の機能。今のあやつにはそれがない。隠れる逃げる、の選択肢を持った相手と、「たたかう」しか持っていない相手。遭遇戦や集団戦なら兎も角、一対一、正々堂々の真っ向勝負なら、あやつに勝てる者はおらん」


「…なんというか……いよいよ、怪異と人間の区別がつけられなくなってきたのぅ」


 ――――――――――――――――


 人の呼吸は、1つだけ。その戦場に、北本澪以外に立っている者はもういない。

 心地良い血の匂い。涼しくも安心させる、胸に空いた穴。鼓動の声はいつも通り。止まない。止めない。


「あっは…」


 溜まった物を吐き出すように、漏れた声。


 その瞬間に、ふと、目元に熱が集まってきた。


「あれ、なんで…」


 思いも寄らないことが起こった自分の体に、誰に聞くでもなく疑問符を投げる。


 もう理性は帰ってこない。彼はもう、ブレーキを掛けられない。


「ぅ、ぁああああああああああああああああ!!!」


 こんなことがやりたかったわけじゃない。


 いいや、ずっとこうしたかったんだっけ?


 もう解らない。もうしらない。


 なんでもいいや。どうでもいいや。


「…あはっ、ははっ……」


目を閉じ、微かに思い出す。"理性"と出会った日のことを。首輪を付けられたあの日なことを。


 あの日と同じ、夕焼けの光が差し込む血溜まりで…ただ呆然と、赤黒い影が立ち尽くしていた。

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