第31話
木造のくせにまるで鏡かのように景観を反射する床。神秘によって濡れても木材が悪くならないように何かしら施しているのだろう。
天井はそこまで高くないが、5メートルはある。壁と天井の境の窓から漏れる光が、道場を明るく照らすが…その場にいる者達の面持ちは、暗い。
「「…よろしくお願いします」」
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道場破りに対しては、原則的に不殺宣言は使用されない。そして、破られる側は戦うことを拒否することもできる。かわいそうなことに、1人目、というのは必然的に一番弱い者になる。相手の風格を見て、勝てなさそう、危険そう、と思えば拒否されるわけだから、実際に道場での最下位と戦うかは微妙なところだが…今回はまさに、最下位からとなった。
剣を抜き、開幕で流撃を使用する男と、鞘から刀を抜かない彼。大剣もダガーも、今回は夕空に託してある。
我慢大会に勝利したのは彼だった。飛び出してきた男の縦振りを、横に跳んで躱し、同時に男の右手を掴む。足を絡ませ軽く踊るように振り回せば、地面に転倒…まではいかなくとも、バランスを崩し、こける。瞬時に刀を抜き首にあてがうと、男はゆっくりと刀を手放した。
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…17人目。丁度半分。所々擦り傷があり、息も若干漏れてきたが…まだ、やれる。
僅かに右足を前に出して立つ彼と、垂直不動な男。向き合い、どちらから剣を抜くかの停滞時間がこれでもかと続き…今回、折れたのは彼の方だ。
少しずつ伸びていた手が柄に届き、音速の一撃を。
「―――っ」
叩き込もうとして、一瞬足が止まったのは、運か、本能か。後ろへ跳んだ彼の手首には一筋の赤い線が伸びていた。…目では追いきれない、神速の太刀。それが神秘”太刀影”の真の姿。
男はその場を動かずに、ただ鞘に太刀をしまい、まるで逆再生かのようにまたジッと、その場を動かなくなった。
「……」
ふざけやがって。どうすればいい?ダガーがあれば間違いなくぶん投げているところだろう。
だが…今、どう殺すか、は既に彼の中にあった。
『へし折ってやる』
抜刀。彼は…ゆっくりと、まるで散歩中かのようにのんびりと、一直線に、男へ向けて歩く。
刀を前に突き出し…刀身はすでに居合のリーチ圏内へ。惜しむらくは、男の背が高く、刀身もそれに見合う長さの為、そのまま突き刺す、ということができないことだ。投げるという手もあるが…撃ち落とされでもすれば、それこそ終わりだ。
だから…彼もまた、待つことにした。
ただ突っ立って待つのではない。そんな卑怯な真似はしない。いや、待つのも立派な戦術ではあるが。
刀身は完全に危険領域の中へ。そして…指先も。そこから手首も、関節も、足の先も…。
第七神秘『太刀影』、は…この世界には存在しないが”銃”とよく似た兵器だ。
『撃つ』と思ってから引き金を引き、そして弾が出る。その間は本当に極僅かな数秒だけで、『撃つ』と思われてからそれを防ぐことは実質不可能だ。
ならばどうするか。
1.軌道を予測して盾を張る。
2.そもそも撃たせない。
3.撃つタイミングを誘導した上で何かする。
今回のケースでは、3だけが唯一彼にできる方法だ。
一歩、大きく前に出る。先程までの歩幅の5倍は一気に前へ。そして、足が最も上がり切った時。つまり彼が一番避けづらい位置に来た時に、ソレは来る。
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突然現れた哀れな男に敗北していった仲間達。哀愁なんて可愛いものじゃない、憎しみと号哭だけで生きているようなその男を”殺す”ために。
少しずつ射程に入ってくる北本。もう少し、あと10センチも無い距離で男の胸に刀が刺さる。
…一歩、大きく前に出た瞬間に、体が強張り、瞬時にスイッチを押す。
…太刀影の速度はまさに”光速”。だが果たして、人間の反射神経が、腕の振りが、光に勝ることができるか、と言えばそれは否だ。
だがその”何故”が解らなくとも行える剣技…それこそが神秘”太刀影”だ。
『死ね!』
斜めに一閃。先程は避けられてしまったため、今度はもう少し引きつけて、もうすこし避けにくいタイミングで、
「もうすこ、し…」
味わったことのない感覚に汗が止まらない。
光速の剣の手応えの無さは今に始まったことではないが、今回は違う。体が冷たい。視界が赤く、暗い。壁に刀が刺さっている刺さった刀の柄に右手が付いている赤い足跡がわたしから続いている私の手から血が溢れているワタシの手は其処には無い私の手はワタシから離れている切られたのだ斬られたのだkilあれtaのだ.
ぐるぐる、ぐるぐると回る思考、廻る視界、周る世界。
男はついに、意識を手放した。
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「…」
銃弾ならば良かったのだが、太刀影はあくまで居合だ。放つのは銃弾ではなく刀で、銃口は自身の腕となる。
ならば後は、腕が来る位置に刀を置いておくだけでいい。後は勝手に切れてくれる。咄嗟に光の軌道をずらす事なんて、人間にできやしない。
血を見るであろうことは明らかであったため、入り口付近に待機していた医師達が駆け込んできた。
上がった悲鳴は僅か4つ。他は皆、静かに息を呑むか、ただ流れる川の様に…静かだった。
軌道がずれておかしな所に飛んでいった刀だったが、それでも僅かに彼の腕に傷を刻んでいた。手首と、腕。どちらも僅かな赤い線が流れるが…そんなこと、彼が止まる理由にはならない。
運ばれていく男を横目で眺める。ちぎれた右腕は、運が良ければ繋がるだろう。
刀の具合を確認。酷使してきたが、あと2人ぐらいならいけるだろう。それ以降は…その時に考えればいい。
また1人、彼の前に立ちふさがる者が現れる。
「…」
小さく息を吐き、心臓を抑える。
開始の合図なんて無い、殺試合。彼の心なんて知らずに、開幕突っ込んできたその新たな獲物を…深く、深く、暗い瞳で飲み込んだ。
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