第30話

 白銀の鎧に身を纏った長身の騎士と、和装の侍が、白タイルの試合場で向かい合っている。

 連日続くこの状況は、連日似たような結果で終わる。


 今回も、その通りとなった。


「開始!」

 鞘から抜かれた片手剣。空気に刃が触れた瞬間に炎が、まるで、満杯の容器の蓋を開けたかのように鞘から飛び出し、波のように彼の元へ飛ぶ。

「っ…!」

 横に飛んで避けたが、続けて炎が飛んでくるのを、大剣を盾にして防ぐ。タイルだろうが関係なく地面に突き刺すとダガーを投げ付け、結果を見る前に大剣を抜く。


 珍しく狙い通りに飛んだダガー。しかし騎士は鎧にも関わらずスレスレで伏せて回避した。


 淡い風の軌跡は炎によって簡単に上書きされ、彼の逃げ道を塞ぐように続けて炎が飛んでくる。


『…炎を使わない特訓じゃなかったのかよ』


 とは思ったが、それでも勝てなきゃ剣士として終わりだ。何故って侍は”普通”水を出せるのだから。


 避け続けるだけでも体力を使う。その上で大剣まで背負っていれば、かなりハードなことは言わずもがな。


「ちぃっ…!」


 短剣では炎を消しきることはできない。大剣を盾にしては追い詰められるだけ。なら大剣を投げればいい、というのはある意味では当然浮かんでくる解決方法だろう。

 投げられた大剣。その後を追うように一直線に走り出した彼。一気に間合いを詰め、大剣を躱した騎士に向けて居合を一閃。が、


「読め読めだ」


 決死の突撃は、あっけなく剣で防がれ…刀身を滑らせ追撃を加えようとするもそれも片手剣に邪魔をされる。

 気付いた時には既に遅く、炎が…彼を包み込んだ。


 …あの時、大剣を投げてすぐにダガーを投げていれば。或いは、一閃の向きを横ではなく縦にしていれば。…考えればキリがないようなifが、落ち行く意識の中で映し出される。が…結局の所、彼は負けたのだ。事実は、それだけ。


 ―――――――――――――――――


「…しばらく修行してきます」


「期待している」


 本日の修練終了後、顔を出しに来た騎士団長にそう切り出すと、瞬時にそう返された。


 え、いいの?なんて聞くまでもない。何故なら役立たずだからだ。


 夕空は何も言わず、彼の後ろについていてくれている。掛ける言葉も思い浮かばず、彼は失意のまま、修練場を後にした。


 ―――――――――――――――――


「…さて!何処へ行こうかのぅ」


 努めて陽気に振る舞ってくれるクォーリアに、いつも通りの素面で振り返る。


「東か、西か」


「紅葉か落葉か、か」


 クォーリアの言わんとしていることは解っている。紅葉の街、シスイと、落葉の廃都、ゴルノー。対照的な街だ。シスイは侍の本拠地で、特有の文化を持った異郷都市。ゴルノーは風使い達の本拠地で、枯れた土地に住む屈強な怪異達との死闘が日夜行われる黄土色の世界。


「…どうしたもんか」


「はいっ!ゴルノーに一票!」


「まじでか」


 ピンっ!と垂直に手を挙げて勝手に投票した夕空。予想外の一票が投じられ、反射的に声が出た。


「ふぅむ…妾もてっきり、夕空は東を選ぶと思っておった」


「確かに東に行きたいけど、結局どっちも行くんだったら………デザートは最後まで取っておく派だからっ」


「それは俺もだが」


「ふむ…いいや、妾は東を推すぞ」


「その理由は」


「怪異にぼこぼこにされるのと侍にぼこぼこにされるのだったら、お主…侍にぼこぼこにされる方が痛いじゃろ」


「「―――」」


 どストレートにそう言われてしまい、ぽかんと顔を見合わせる。その様子に疑問符を浮かべて首を傾げた可愛らしい少女は…どうあっても可愛いが。


「東にしよう」


 言葉として出さずとも「うわぁ…」という声が聞こえてくるような表情の夕空と、「じゃろうじゃろう!」とうんうんとドヤ顔で頷くクォーリアに挟まれて……キツイ目つきの侍もどきは、太陽の通り過ぎた跡を歩き始めた。


 ――――――――――――――――――


 まるで時間を半年進めたかのような、景色の変化。山に沿って作られた、紅葉と木造の紅門。石造りのよくわからない小さなオブジェが沢山ある、漢字一文字なら”和”を思わせる風変わりな目の前の都市へ続く街道を歩く。道中はこれといった出来事もなく、平和な三人旅で3日ほど歩いた。(馬車という手もあったが、タイミング悪く逃した)


「おおお〜〜っ!すっごい街っ!」

「ほぅ…」

「へぇ…」


 キラキラと目を光らせる夕空と、思わず息を飲みぽかんと口を開けて街を見上げるクォーリア。彼も珍しく、その街の姿に胸を高鳴らせた。


 それぐらい、異色な世界だった。そも、太刀とか着物とか、それ自体も他の地方では見られないものだ。この街の文化的な風情はきっと、街に住む人々が強く願って保とうとしているのだろう。衛士による神秘ではとても制作不可能な建物ばかりで、機能性にも欠ける。それでもこれが残っているのは…一重に皆が美しいと感じているから、なのだろう。


「入ろうぞ!」


 2人を置いて走って階段を上っていくクォーリア。その声にハッとして、ついて行こうとして…呼吸が止まった。


「…緊張、してる?」


「…ああ」


 三歩歩いて気がついた夕空が振り返り、首を傾げて覗き込んでくる。街の景観に息を飲まされようと、今から行うことへの憂鬱な気分が晴れきることはなかった。


「…行こう」


「……うん」


 歩み出した彼の背を茜色の風が押すが…どんどんと階段を登り、同時に落ちていく彼にはその心地など解る筈もなかった。


 ―――――――――――――――――


 街の中程。丁度、右にも左にも上にも下にも階段が伸びている良い位置に、その道場はあった。


 道場の扉を開ける。

 眼前に飛び込んでくる画は、他の協会とは違い木造の床。靴と靴下を脱ぎ、目を凝らす。

 神秘を刀に纏わせて、2人の剣客が斬り合っていた。

「…貴方は…何処所属でしょうか?」


 不審に思ったらしい。視界の端、扉の左手側にある小さな受付に座っていた男が彼の元へ歩んでくる。


「……水月菜葉が最後の弟子にして、非神秘。北本澪。道場破りに来た」


 ―――――――――――――――――

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