第28話
王都に報告に戻った三人。途中、ついに力尽きた彼は王族御用達の病院に運ばれることになった。それはそうだ。あれほどの負傷…生きている方が不思議なのだ。
「妾は一度里に戻る。コレの研究もしなくてはならんのでな。…明日には使いの者を出して、傷に効く物を届けよう」
白人の依頼を受けたまま報告に来なかった神秘使い達は、全員死亡判定が下された。その数凡そ50名。そして、全滅した村の数は4つ。…たった1匹の小さな怪異に甚大な被害を与えられた。
「貴方達もダメだったらいよいよ団長直々の出番になる所だったのよ。…改めて、本当にお疲れ様。報酬金です」
…結局の所、治療費で報酬の半分近くを持ってかれてしまったのだが…それでも、中々の儲けになった。
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1週間後。
クォーリアの持ってきた薬も効き、3ヶ月は掛かると言われた傷はどういう原理かみるみると収まっていった。
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「うむ、よく来てくれた、澪」
「ああ。薬、助かった。…で」
なんでこの子がいる。という質問は、わざわざ口に出さずとも彼女は察していた。というか、2人の関係性を知っていれば誰でも察する。
「そもそもな、ありえんことなのじゃ」
「?」
意味深にそう語り始めたクォーリアに疑問符を返す。予想通り、というか、何とも言えない、というか…といった感じの微妙な表情のまま、クォーリアは話し始める。
「神秘とは、何だと思う?」
「…”よくわからないもの”?」
「62点じゃな。…神秘、とは、”説明できないもの”じゃ。どうして人間は生きているのか、どこから生まれたのか。無から生まれる怪異とは何なのか。なぜ剣から炎が出るのか。なぜ妾達は考えるのか、どうやって”考える”ということを行なっているのか」
「…成る程?」
「最近、人間達の間では”細胞”という概念が流行っているらしいが…結局、解明出来ずについに、細胞とやらの研究は足を止めた」
「ふむ」
「行き着くところまで行き着き、人間ではどうしようもない謎にぶつかる。…妾はそれこそが、神秘だと定義している」
「…?」
「つまり、「神様の秘密」なわけじゃ。神秘とは。人間には見つけられない、人間には理解できない現象。それらを妾達は「神秘」と呼び、それ以上の詮索を諦めた」
「神様なんていると思ってるのか」
「いるわけなかろう」
「自分が『神様の秘密だ〜』って…」
「語源を言い当ててやっただけじゃ。勘違いするでない」
「…んで、何が言いたいんだ」
若干の苛立ちを苛めようと、本題を促す。
「…時を止める怪異の攻撃が通用しない=お主には神秘が無い、ということはあり得ん、という話じゃ」
「だが実際、夕空の手当てだけが」
「さっき話したじゃろ。そもそも、妾達の”生命”とは”神秘”じゃ。死体に神秘があるかは知らんが、動物も、植物も、風も、神秘を持っている。故に停止した。だから神秘を持っていないお主だけが動けるなんてこと、あるはずがないのじゃ」
「…じゃあ、どう説明する」
「…仮説も仮説じゃが、聞くかの」
「聞かなくてもいいのか」
「いいや、喋りたい。聞け」
正直言って仮説も仮説…と言われようと、専門家の意見は一応聞いておきたいというのが本心だったが…聞かない、と言えばどうなるのかというリアクション目当てだけで彼はNOを言ってみた。
「地水火風の神秘意外にも、神秘の種類があるやもしれぬ」
「…あぁ、成る程。そういうことか」
「うむ。例えば…そうじゃな。氷や雷…もっと言えば無、もあるかもしれん」
「氷と雷は分かるが…無、とは?」
「無機物じゃ。金属とか、木とか、の」
「じゃあ俺は…”無”?」
「かもしれん。刀やダガー、着てる物は時止めの影響を受けなかったのなら”無”は影響を受けない…。…いや、じゃがそうしたら、止まってはいけない地水火風、止まらなければいけない無機物の説明ができん…」
「止まってはいけない?止まらなければいけない?」
む?むむむぅ…?とあーでもないこーでもないと体をウネウネと動かしながら考えを巡らせ結論を急いで立て直すクォーリア。側から見て、その動きは面白いというよりも可愛かった。
「……なら”時”かもしれんな」
「止まった地面を蹴ることがなぜ出来るのか、世界…この地面の底にある”何か”が有機物と無機物のごちゃ混ぜで成り立っているなら、片方が止まることは絶対に良くない。…まぁ、この辺はいいじゃろ。お主の神秘の属性は”時”。だから水が使えない、そう思っていれば良い」
「…」
時、と言われても…いまいちそんな実感はない。体内時計が優れているとか、苦痛な時間も楽しい時間も同じ時間に感じるかとか…何の証拠もなければ、何の実用性もない。
ただ…あわや全滅の危機を乗り越えられたことだけは、喜ぶべきだろう。あの瞬間のために今まで生きてきた…と思うのは、なんとなく気が乗らないが。
「…んで、なんでネアが」
「…実は…神秘剣の原理の半分は、既に妾が実用可しているのじゃ」
「は…?」
「怪異の死体から、そやつの能力を奪い取り、妾の『空の怪異』に移し入れる。…ということは、既に何度か行っておる」
「空の怪異…?」
「ネア達は、いわば空の入れ物じゃ。外見と内面のステータス情報だけを持って生まれただけの、最低限の”生命”という神秘しか持たない存在。それに属性の神秘を加えることは、割と簡単じゃ」
「…それは…」
なんというか…なんとも言えない。彼の悪い頭では、論理的に良いことなのか悪いことなのか、それすらも判断がつかない。
「剣の形に…意思を持たない入れ物への神秘の入れ方、そしてその神秘をどう起動しているのか…それは、全くわからんが……まぁつまるところ、今回の”時間停止”の神秘はネアに入れようかと思っている」
「「……」」
無言のまま、なんとなくこちらを向いてきたネアと彼は目が合い…これまたなんとも言えない表情で、彼はクォーリアに向き直った。
「…力を持つということは、命を狙われるということだ。…言っておくが、ネアがこの里の外に出ることは、あらかじめ反対しておく」
「分かっておる。この話をネアに持ちかけた時、お主がそう言うであろうと言われたわ」
「何か…そう、そこらへんの不可思議と同じような形にするとか。若しくは、俺に入れるとか」
「不可思議の形にするのは無理じゃ。神秘剣にするのも。能力の制約が分からなければどんな形の不可思議にすればいいのか分からん。時計型にしたとして、時が止まっている間だけ動くのか、時を止める間だけ時計を止めるのか、それだけで設計は随分と異なる。剣の形にするのも、適した形が分からん。水なら太刀、風ならダガー、のような、の。例え形がわかっても、1つしかない時間停止の素材を、妾の不完全な技術で道具に使うことは、オススメせん」
形なら分かっている。恐らく、時計の針の形だ。…だが、確かに。勝手の知らない神秘を剣の形に収める、というのは…専門職じゃなくとも、難易度が高いことは想像に難くない。
「…ネア、お前は…」
「欲しい。強いし。…捨てるわけにもいかないし。なら、私が持ってるのが一番安全…でしょ」
…否定する所が無いその答え。頭を掻きつつ溜息を漏らす。
……ついに観念し、彼はクォーリアに許可の意味で頷いてみせた。
「…ふむ、よし。なら、実体を与えよう」
「…は?どういうこと?」
どゆこと?と数分前の疑問符を繰り返す彼に、やれやれと頭を掻きながら笑いながら説明を始めるクォーリア。生徒ができたことが嬉しいのかもしれない。
「妾は”夢”を司る力を持つ。ここに来た瞬間にお主の夢を具現化した。ただし、今の此奴は、ただの霧。幻のようなものに過ぎん。この里の中でしか存在できないのじゃ」
「…??」
「あー、つまり…頭の中にあるイメージを、しっかりと形にする必要がある、という話じゃ」
「今も形になってるだろ」
「…まぁ、細かいことを言ってもしようもあるまい。10日もあれば準備は完了じゃ。その時に来るのじゃ」
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